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ウォズニアック氏が語る「発見」の瞬間--アップル40年の歴史の幕開け - (page 2)

Jessica Dolcourt (CNET News) 翻訳校正: 川村インターナショナル2016年08月31日 07時15分
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 Wozは、もっと技術的なことに関心を持っていたかどうかはともかく、パーソナルコンピュータという概念に世界を変える可能性があることは十分に認識していた。

 Wozは米CNETへの電子メールにこう書いている。「ほんの少しの安価なチップでコンピュータが作れるのを見せて、(クラブのメンバーを)あっと言わせようと思っていた。社会を(コミュニケーションと教育によって)変革すると語る人たちが、300ドルで自分のコンピュータを作れるようになると私は考えていた」

 Wozniak氏は自身の最初のマシン、クラブに参加したきっかけ、最初の会合を決して忘れられない理由について、熱く語ってくれた。

--クラブの第1回の会合は、1975年3月5日でした。どんな理由で参加したのでしょうか。

 率直に言うと、思いがけない幸運でした。どんな集まりなのか、よく知りませんでした。「Altair 8800」(世界初のパーソナルコンピュータで、ホビイスト向けにキットの形で売られていた)のことも知らなかったし、そういうマシンを成立させているマイクロプロセッサ全般にも興味がありませんでした。初期のマイクロプロセッサ(Intelの4004)のデータシートはいじったことがあったけど、使えるコンピュータにするにはほど遠く、それ以来マイクロプロセッサのことは追いかけていませんでした。私はキーボード付きの家庭用ターミナルを作って自分のテレビにつなぎ、まだ6つの大学しか接続していなかったARPAnetにダイヤルアップでアクセスしたりしていました。そのことを知っていたのが、友人のAllen Baumです。

 Allenが電話で、ホームブリュー・コンピュータ・クラブのことを教えてくれました。ビデオターミナルとかその辺に関心のある人たちの集まりだ、と。自分のターミナルを持っていけば、ちょっといい格好ができるんじゃないかと思いました。そのホビイストコミュニティーに別のテレビターミナルのプロジェクトがあることも知りませんでした。Don Lancasterのプロジェクトで、Popular Electronicsでも紹介されていましたが、私の設計は非常に良い出来でした。

 クラブは、8800マイクロプロセッサを使ったAltair 8800の話で持ちきりでした。ここのホビイストたちの一番の関心がそこにあることも知らなかった、と気付いて恥ずかしくなり、場違いな感じがしました。それでも、生涯で一番、好奇心をわしづかみにされた会合でした。私にとって「発見」の瞬間です。

 大学に入った頃から自分のコンピュータが欲しいと思っていました。でも、それにはプログラミング言語を載せなければなりません。ということは、少なくとも4Kバイトのメモリと、パンチカード上にでもいいからプログラムを入力したり出力したりできる装置が必要でした。私はこの5年前に、自分で設計したプロセッサを作ったことがあって、0と1を個々に入力するスイッチを付けました。Altairは、ちょうどそれと同じだったのです。

 私のマシンは256バイトのソリッドステートRAM(チップ)を搭載していました。これがコンピュータの心臓部でしたが、あまり実用的ではなく使用に適していませんでした。Altairはそんな段階のプロセッサで、基本的にはIntelのデータシートのとおりでした。スタティックRAMを使ったのはそのためです。4Kバイト分も搭載しようとしたら、法外な費用がかかりますが、普通のコンピュータと同じように、拡張は可能でした。チップのカードを追加すれば、テレタイプ(価格は自動車1台分か2台分)と通信して、入出力ができます。そういう段階を、私は基本的に高校時代に終えていましたが、クラブのメンバーは、そんな「出発点」のようなマシンに、ものすごく興味を持っていました。

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