Apple Watchは高級時計の夢を見るか?(前編)--iPod時代から続く時計との関係

 Apple Watchとは腕時計型の情報端末なのか、はたまた腕時計なのか。ネットでの議論を見る限り、解釈は大きく分かれている。しかしケース(デジタルの世界でいうところの筐体)の製法とその完成度を見る限り、Apple Watchは、生中な時計以上に「らしく」できている。Appleは、40年前のハイテク企業が犯した轍を、絶対に踏むまいと考えたに違いない。

Apple Watchシリーズ
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1970年代半ば、ハイテク企業が参入したデジタルウォッチ

タグ・ホイヤー、スマートウォッチ開発でインテルおよびグーグルと提携
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 1970年代半ば、LCD計算機などで成功を収めた当時のハイテク企業は、余勢を駆ってデジタルウォッチの製造に参入した。Texas Instruments(TI)、National SemiconductorにIntel。当時のスイス時計産業が感じた脅威は、今のApple Watchの比ではなかっただろう。事実、当時の関係者は、「米国製のハイテクウォッチがスイスの時計産業を駆逐する」とさえ放言した。しかし実際はそうならなかった。腕時計の外装には、計算機よりもはるかに高い耐久性が求められるが、当時の参入者たちはその点をまったく理解していなかったからだ。彼らが作った時計の多くは、液晶を表示するモジュールではなく、ケースを含む外装に問題があったのである。

 Intelの共同創業者でムーアの法則で知られるゴードン・ムーアは後にこう記した。「私たちは時計を150ドルで売り始めた。しかし、それはどんなに長持ちしても1分1ドルの価値しかなかった」。壊れやすい時計を掴まされた市場の反応は冷淡そのものだった。IntelとNational Semiconductorは78年に、TIは1981年に、デジタルウォッチの製造から撤退している。

カシオが時計事業で唯一生き残れた理由

今も動く!歴史的リレー計算機から懐かしの時計までそろうカシオの発明記念館
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 腕時計の製造に乗り出したハイテク企業で、唯一生き残ったのはカシオである。理由は、彼らの作るモジュールが、TIやIntelより安価だったためでも、優秀だったためでもない。ライバルとの決定的な違いは、カシオだけがケースの重要さを理解していた点にある。彼らは当初良質なケースの確保に苦しんだが、やがてセイコーやシチズンに遜色ない、丈夫なケースを持てるようになった。その結果、カシオは時計店以外の販路で、時計を販売できるようになった。カシオがいかにケースを重視したかは、後にケースの頑強さを謳った、「G-SHOCK」を作ったことからも理解できるだろう。

サムスンとLG、新スマートウォッチを発表
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 もっとも「二度とコンシューマープロダクトは作らない」と断言したムーアも、今ならばスマートウォッチを作るかもしれない。現在、中国やタイのケースメーカーは極めて優秀であり、安価なケースにも高い防水性や耐久性を持たせられるようになった。加えて防水性を持たせられなかった四角いケースも、まずまず使えるものに進化した。これが「門外漢」のASUSやSamsungがスマートウォッチの製造に参入できた要因、そして今一度、IntelがTAG HeuerやGoogleと連合を組んで、腕時計作りに復帰した一因だろう。少なくともケースに限っていえば、異業種による時計業界に対する参入障壁はほとんどなくなった、と言える。

付け焼き刃ではない--iPodにさかのぼる外装のベンチマーク

iPod進化の歩み--初代~第5世代のかたち
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 Apple Watchも、やはりケースの進化を前提としたプロダクトのひとつといえる。ただし同業他社とAppleが異なるのは、1970年代のカシオに同じく、Appleもケースに対して時代に先駆けた哲学を持っていた点にある。かつてのカシオが求めたのは、頑強で防水性を持ったケースであった。そして今のスマートウォッチ製作者も、ケースに求める要件はこれから進歩していない。対して今のAppleは、それ以上の+αを、ケースに求めたのである。しかもそれは付け焼き刃ではなく、iPodにまでさかのぼれるものであった。

 時計関係者には周知の事実だが、かつてデジタル端末を作るにあたって、Appleはケースの製造や仕上げの一部を高級時計のケースメーカーに委ねた。つまりAppleの外装におけるベンチマークは、ウォークマンやG-SHOCKではなく、高級時計だったわけだ。そしてAppleは高級時計の仕上げと製法を大量生産に向くよう最適化──別の言い方をすると技術移転を行い、デジタル端末のみならず、あらゆるプロダクトに反映させていった。好例は、今や驚くべき質感を備えたMacBookだろう。

 高級時計の外装をベンチマークとしたApple。時計の世界にいる筆者からすれば、彼らが時計を作ったのは必然としか思えない。ではそのAppleが作る「時計」ケースはどのようなものなのか。

Appleが作る「時計」ケースとは

 現在、時計ケースの製造方法は大きく2つある。1つはプレス、ひとつは切削だ。前者は大量生産向きの手法だが、プレスの回数を重ねたり数が増えたりすると「冷間鍛造」という上品な呼び方になる。素材を硬くできる一方、デメリットとしては、複雑な形状のケース製造には向かず、ケースの角も保ちにくい。頑強で上質なRolexやBreitlingのケースが、意図的に角張ったデザインを廃した理由だ。

 対して切削は、少量生産に向く製法である。現在、スイス、ドイツのいわゆる高級時計は、ほとんどがこの製法で作られたケースを持つ。そのメリットは、ケースの角を立てたり、面を均しやすい上、部品同士の噛み合いを精密にできること。ここ5年でいわゆる高級時計のケースは劇的に良くなったが、理由は、ケース製造に切削が普及したためだ。他方、叩く作業がないため、素材を硬くすることは不可能である。

 そこで最近の高級メーカーは、プレスと切削の「いいとこどり」をするようになった。具体的には、叩いた後に、削るのである。この製法ならば、素材を硬くできるほか、角も残るし、面も整うだろう。最新の時計でこういった例を探すならば、PaneraiPatek PhilippeChopardHublot、日本製の高級時計などがある。これらの時計が卓越したケースを持つ理由は、言ってしまえば製法の差であり、それが価格の違いでもある。

ケースと風防の接合。最新のCNCで切削されたケースと、ワイヤ放電加工機で抜かれた風防は、完全にフィットするようになっている。部品同士のチリ合わせは、生半な高級時計よりもはるかに厳密だ。ケースの鏡面に映った影を見れば、面の歪みは判断できる。この画像を見れば、ケースの面が極めて平滑であることがわかる。これはおそらくCGか、手直しされた写真だが、現物もかなり近いレベルに改善された
ケースと風防の接合。最新のCNCで切削されたケースと、ワイヤ放電加工機で抜かれた風防は、完全にフィットするようになっている。部品同士のチリ合わせは、生半な高級時計よりもはるかに厳密だ。ケースの鏡面に映った影を見れば、面の歪みは判断できる。この画像を見れば、ケースの面が極めて平滑であることがわかる。これはおそらくCGか、手直しされた写真だが、現物もかなり近いレベルに改善された

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