電子書籍ビジネスの真相

図書館はベストセラーをどれだけ買い込んでいるのか?--「村上海賊の娘」のデータを調べたら頭が混乱した話 - (page 4)

林 智彦(朝日新聞社デジタル本部)2015年12月09日 08時30分

意外ともらえない? 英国の補償金

 英国の公貸権制度は、1979年に導入されました。英国だけでなく、EEA(欧州経済領域=EU+アイスランド、リヒテンシュタイン、ノルウェー)の居住者が対象となっており、書籍、音楽、一部の電子書籍の著者、編集者、翻訳者などが、PLR管理機関に申請すると、毎年2月に補償金がもらえます。

 さらに上記サイトを仔細に見ていきますと、補償金の元となる基金は、政府から支給され、その総額は、2014~2015年は660万ポンド、とあります。日本円にして、12億円。

 この基金から、実際に支払われた金額は600万ポンドとのこと。支払いは、最低1ポンドから最高6600ポンド(122万円)までとなっています。

 あれ? さきほど計算した「村上海賊の娘(上)」の推定損失額からすると、けっこう抑えめ、ですね。

 さらに、最新の支払い実績(2015年2月支払い。2013年7月~2014年6月の貸出が対象)の数字をまとめてみますと、以下のようになります。

英国の公貸権 補償金支払い分布(2015年2月)
英国の公貸権 補償金支払い分布(2015年2月)

 99.99ポンド(約1万8000円)ほどの支払いが、全体の7割を占めていますね。999.99(約18万円)までで、全体の93%となっています。

 支払い総件数は、2万2051件。支払額は、実際に貸し出しされた回数に応じて決められます。貸出1回あたりの補償額は毎年変更になるとのこと。

 さきほど挙げたように、総支払額は1年間に600万ポンドということでしたから、これを総件数で割ると、平均が出ますね。平均補償額は、272ポンドです。日本円にして、約5万円。

 「1タイトル」ごとに支払われるものでしょうから、多作の人気作家であれば、けっこうな金額にはなりそうです。

 とはいえ、英国のモデルを見る限りは、『村上海賊の娘』のようなベストセラー作品の推定損害をカバーするほどまでのインパクトはない、ということもいえそうです。

ネット時代の図書館はどうあるべきか?

 図書館をめぐってさまざまな議論が巻き起こっているのは、ユビキタスネットワーク、IoT時代になって、調査や研究の拠点としての図書館の役割が問い直されているという面が大きいと思います。

 インターネット経由でデータベースなどを使えば、単なる事実関係やデータの確認であれば、図書館に行かずとも済ませられる時代です。

 そして電子書籍(図書館)。たとえば国会図書館のような中央のライブラリーが全国民に対して電子図書館サービスを始めれば、そして、紙の本のほとんどかあるいは全部が電子図書館で入手可能であるならば、地域の図書館の役割は、この点においてはなくなるかもしれません。

 このような時代に、ネットがなかった時代と同じような役割を図書館に負わせ続ける、というのは不自然です。人々が図書館に求める役割は、時代とともに変わって当然です。

 米国図書館協会は、2015年10月から、電子ネットワーク時代に図書館が果たすべき(果たすことができる)役割を強調するキャンペーン「Library Transform」を始めました。電子図書館事業者のOverDriveの後援を受けたものです。

 キャンペーン動画を見ると、そのコンセプトは容易に理解できます。


 要するに、図書館は、本を陳列して貸し出すだけの役割から脱皮して、もっと多彩な形のサービスの拠点に進化すべきだ、というものです(日本語による解説はこちら)。

 図書館がそう思っているだけではなくて、利用者の側の意識も変化しています。

 前回の記事でも触れた、Library at CrossroadsというPew Research Centerの調査結果では、「過去1年以内に図書館を訪問した際、その目的はなんでしたか?」という質問に対して「紙の書籍を借りに訪問した」と答えた回答者の割合は、前回調査時の3年前と比べて微減。他方、「読書や勉強、視聴覚資料の閲覧のため」と答えた回答者の割合は微増、という結果になっています(下図)。

[出典:Pew Research Center]
[出典:Pew Research Center]

 さらに、次の設問が衝撃的です。「印刷本や書架の一部を撤去して、その分、テックセンター、読書室、会議室、イベントのためのスペースを増やした方がいいと思いますか?」という問いに対して、30%の回答者が「明白にそうすべき」と答えているのです。

[出典:Pew Research Center]
[出典:Pew Research Center]

 同種の調査が、日本で行われていれば引用したかったのですが、見つけられませんでした。

 米国図書館協会が、全米1万7000の公共図書館(日本の4倍!)を対象に実施したもう1つの調査結果(Digital Inclusion Survey)を見ると、図書館員自身も、ニーズの変化と、それへの対応を重視していることがわかります。

“今日、図書館は利用者との関係において、『何を持っているか』ではなくて『何ができるか』が重要になってきている。医療保険の選択の手伝いなどは、そのよい例の一つだ。無線LANやネット経由での情報提供なども、同様に捉えられる。コミュニティのニーズの変化に応じて、図書館も変わりつつある。(同調査についてのアメリカ図書館協会会長・Sari Feldman氏のコメント)”

 同調査によると、たとえば、全米の公共図書館の98%が、無料の無線LANを提供しており、9割の図書館が、デジタルテクノロジの使い方講座を提供しています。76%の図書館が、電子政府の利用法の支援を、73%の図書館が就職支援をしています。日本の図書館で、同様のサービスを提供しているところがどれくらいあるでしょうか?

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