こんにちは、林です。なんか図書館まわりが騒がしい昨今ですが、新たな燃料が、新潮社方面から投下されたようで。
“11月10日、パシフィコ横浜(横浜市・西区)で開かれた第17回「図書館総合展」のフォーラムで、新潮社・佐藤社長が複本や新刊の貸出猶予について「著者からの声が強く、放置できないほどになっている」と現状を説明した。年内をめどに、作家とともに図書館にむけて貸出猶予を求める要望書を発表する予定。猶予期間は1年間。”
「複本」というのは、1つの図書館が同じ本を何冊も所蔵して貸し出す、という意味です。図書館は利用者からのリクエストの多い本、つまりベストセラー本を複本所蔵することが多いので、その貸し出しは、「売れるはずだった本が売れなくなる」「他の本の購入に使われるべき予算が使われてしまう」という2つの点で、出版社の利益の源泉を直撃することになります。そのため、10年以上前から、出版界と図書館界の軋轢の元になっていました。
「図書館総合展」での佐藤社長の発言は、YouTubeで見られます。
ただし、残念ながら、画質が低すぎて、図表の数値などがほとんど見えませんね……。
とはいえ、音声を聞く限りでは、その内容は、10月の「全国図書館大会」で発表された内容と、大きくは違わないようです。
第101回 全国図書館大会 東京大会 第13分科会(出版と図書館)
※ここでの佐藤氏の発言内容はPDFにまとめられています。
佐藤氏は、和田竜さんのベストセラー『村上海賊の娘』(上下巻)を例にとり、全国の公共図書館における所蔵数を調べた結果を示して、次のように述べています。
“私見ですが、図書館を「読書のための施設」と見なす一般認識、この「読書」という言葉が公の機関である公立図書館と民業である書店の役割分担において混乱を招いているように思えてなりません。(中略)「楽しみとしての小説等の読書」、「教養の習得」、「学習」、「調べもの」、「研究」というような順になるのではないか。図書館の役割分担で言えば、(中略)市区町村立図書館は、「調べもの」から「教養」・「楽しみとして読書」の中間あたりまでが受け持ちではないでしょうか。”
要するに公共図書館(特に、市町村立図書館)は、もっと「調べもの」「教養」の機能に力を注ぎ、「楽しみとしての小説等の読書」の提供は、書店に任せるべきだ、というわけです。
新潮社との連携プレー、というわけでもないでしょうが、同じ時期、「週刊ダイヤモンド」の特集「『読書』を極める!」でも、芥川賞受賞作の『火花』について、公共図書館の複本所蔵数ランキングを調査しています。
上記サイトにある同誌の中吊りを見ると、「『火花』94冊所有3600人予約待ちで無料貸本屋化!?」と、なかなか刺激的な言葉が並んでおり、この「『火花』複本問題」は、ネット上でもけっこう話題になっております。
果たして公共図書館は、ベストセラーを買いすぎなのでしょうか?
今回、筆者は、全国の図書館の蔵書を検索できる「カーリル」(※)のデータを元に、『村上海賊の娘(上)』(新潮社)の、全国の公共図書館における所蔵数を調べてみました。
なお、新潮社の発表によると、『村上海賊の娘』の販売部数は上下巻で100万部を突破したそうです。
※カーリル:全国6000以上の図書館から、書籍とその貸し出し状況を簡単に横断検索できるサービス。
※調査対象図書館:カーリルには5097の公共図書館、1377の大学図書館が登録されています(説明)が、今回はデータ仕様の都合から、4612の公共図書館、304の移動図書館(以上をまとめる)を対象としました。
日本図書館協会のまとめでは、日本の公共図書館は3226、移動図書館は548となっていますが(日本の図書館統計)、カーリルとの差は「分館」や「公民館などの中にある図書室」の扱いの違いによるものと考えられます。カーリルは「公民館などの中にある図書室」も「1図書館」と数えています。なお、データは、2015年11月17日現在のものです。
本論に入る前に、前回の振り返りをしておきますね。
筆者は前回、「公共図書館が出版不況の原因である」という説に対して、マクロの視点から取り上げました。
この記事での結論は、以下のようなものでした。図書館の活動と書籍の売上金額推移の相関をとったところ、
・「書籍の売上」と「図書館数」「個人登録者数」「個人貸出数」の相関は低い
・「書籍の売上」と「生産年齢人口」「資料費」の相関は高い
つまり、全国の図書館と出版全体を見たところ、図書館の貸し出しが書籍の売上に悪影響を受けている証拠は見つからず、むしろ「人口」が大きな影響を与えている可能性がわかったわけです。
しかし、マクロとミクロとで違った結論が出ることはありえます。ベストセラーかロングセラーか、本のジャンルは何か、など、さまざまな要素を加味すると、特定の本については、別の結論が下せるかもしれません。
図書館の貸し出しと出版物売上の因果関係について、決定的な結論を導き出した調査は、筆者の調べた限り存在しません(たとえば、中瀬大樹氏は「公立図書館における書籍の貸出が売上に与える影響について」という論文で、図書館の貸出数と地域の書店の売上の相関を調べるなどして、貸出がむしろ売上を伸ばす、という結論を導き出していますが、ジャンルや内容によって異なる結論が出る可能性を排除していません)。
今回の調査も、一部の本を取り上げた、あくまでも限定的なものであることにご注意いただければと思います。
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