「こんな図書館は図書館ではない」「私達の知っていた図書館はそこにはなかった」「図書館を守れ」……昨今、頻発する「図書館問題」に対して、ネットでは、こんな反応をよく目にします。
個々の事象については、筆者もうなずける点も多いのですが(たとえば、どう見ても不要な古いソフトウェアのマニュアル本を買い込んでいた、など)、こうした批判が、「図書館は未来永劫、これまでの姿を変える必要はない」という意見にまでエスカレートしてしまうと、単なる現状維持の主張になってしまいます。
図書館に関して、どのような形にしろ注目が集まるのはいいことです。ただ、その注目を、「図書館 対 書店」「図書館 対 著者」「図書館 対 出版社」という対立の構図に落とし込んでしまっては、前向きなアイデアは生まれてこないように思います。そうではなく、「これからの時代の図書館はどうあるべきか」という論点に絡ませてほしいというのが筆者の意見です。
たとえば、ですが、新潮社は公共図書館に対してベストセラーの1年間の貸出禁止を要請するのと同時に、同じタイトルの電子書籍を、発売時から電子図書館サービスで提供することを確約する、というのはどうでしょうか。
電子図書館サービスであれば、特定のタイトルの貸し出し回数、頻度をモニターし、リミットを設けることもできます。図書館のポリシーや図書館の自由宣言との関係もありますが、許可を得た利用者の属性を取得し、マーケティングに生かす、という道もあるでしょう。
もっといえば、この1年間は、「館内閲覧のみ」の電子書籍を安価に提供する、という手も考えられます。「調査・研究」のためにこうしたベストセラーを見たい、というニーズに対しては、このような形でも問題は少ないでしょう。そのうちの何割かが新刊本を購入してくれれば、この「館内閲覧のみ」の電子本の提供費用は、宣伝費と考えることもできますし、図書館側としても、「館内閲覧」の回数に応じて、永続的な「所蔵」に含めるかどうかの決定ができるので、「リクエストは多かったが、その後読まれなかった」所蔵本が増えることを防げます。
米OverDriveは、電子図書館サービスの本の紹介ページに、「Buy It Now」ボタンを設けています。図書館利用者がその本の紹介ページを閲覧したときに、図書館から借りる代わりに購入するという選択肢を用意しているのです。図書館の利益と出版社の利益をうまくバランスさせた良策だと思います(この場合、図書館の業績評価の基準になっている「利用率」には、こうした購入も含めるべきでしょう)。
「電子」という媒介項を加えることで、ゼロ・サムゲーム(※正確には、コンスタント・サムゲーム)と見られがちな「図書館」と「出版社」あるいは「著者」との関係を、変えることができるかもしれません。実際、最近増えている音楽や映像のストリーミングサービスは、ユーザーが無制限に視聴できるという意味で、一種の「図書館」です。音楽・映像提供事業者(パブリッシャー)から見れば、「都度課金(単品)コンテンツ」の売上阻害要因となります。潜在的には、「逸失利益」が生じているはずです。
しかし、こうした定額制音楽サービスが定着することで、世界最大手の音楽レコード会社であるユニバーサルでは、ストリーミング配信からの売上が、CDと単品コンテンツの売上低下を補って成長を続けている、とのことです。
「図書館はこういうもの」「書籍とはこういうもの」という固定観念にとらわれている限り、議論はいつまでたっても同じところをぐるぐる回るばかりです。実際、この度の「ベストセラー買いすぎ」問題は、十数年前とほぼ同じ論点を繰り返しているだけなのです(公立図書館貸出実態調査2003報告書)。
(公共図書館の場合、無料原則といって利用者から直接利用料を徴収できないのですが、資料費でまかなってしまえばいいわけです。実際、音楽配信については、筆者の自治体の図書館では、手続きをすると、自宅から音楽を無料で聴取できます。)
世の中全体が、ドッグイヤーと言われるネットの進化スピードに追い立てられるように変化している時代に、これではあまりにも悠長すぎます。
図書館、出版社とも、ぜひとも具体的なデータを公開しあって、さらに議論を前に進めてほしいと思います。
林 智彦
朝日新聞社デジタル本部
1968年生まれ。1993年、朝日新聞社入社。
「週刊朝日」「論座」「朝日新書」編集部、書籍編集部などで記者・編集者として活動。この間、日本の出版社では初のウェブサイトの立ち上げや CD-ROMの製作などを経験する。
2009年からデジタル部門へ。2010年7月~2012年6月、電子書籍配信事業会社・ブックリスタ取締役。
現在は、ストリーミング型電子書籍「WEB新書」と、マイクロコンテンツ「朝日新聞デジタルSELECT」の編成・企画に携わる一方、日本電子出版協会(JEPA)、電子出版制作・流通協議会 (AEBS)などで講演活動を行う。
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