電子書籍ビジネスの真相

電子書籍のスキャンダル--経産省「緊デジゲート」がはじけたようです - (page 3)

林 智彦(朝日新聞社デジタル本部)2015年10月05日 15時25分

電子化リストが炎上

 2013年6月2日、プロジェクトの完了を受けて、電子化された書籍(6万4833点)のリストが公開されると、電子書籍界隈は大騒ぎとなりました。

 まず、公開の仕方が問題でした。先述の説明会では、永井氏によって、次のような約束がされていました。

  • 「電子化した本はリストは公開して、業界全体でチェックする」
  • 「これ(適切な電子化がなされるかどうか)は出版界の品位の問題」
  • 「すでに電子化されている本は、事業の対象とならない」

 緊デジのサイトにも、

「本事業で選定した書籍名および出版社名は、すべてネット上でも公開されます」

 と明言されてしました。しかし、実際に公開されたのは、書籍のタイトルを、取り扱いにくいPDFでまとめた資料だけでした(図表3)。


 (公開資料を、取り扱いにくい形でアップロードするのは、不祥事企業の常套手段ですが、緊デジの関係者にもそのような狙いがあったのでしょうか?)

 「業界全体でチェックする」といいつつ、「PDF」で、しかも「タイトルだけ」の公開で、事実上「チェックが不可能」になっていること、これが第一の問題。

 次にリストの中身を見てみると、「適切」な本とは到底思われない本や、どうみても、すでに電子化されている本が大量に入っている。これが第二の問題でした。

 これを受けて、ネット上では、さまざまな批判が沸き起こりました。下記はその一例。

“疑念1:当初の目標をまったく果たせてないのでは?”

“疑念2:最大手である外資のKindleが一人で得してね?”

“疑念3:出版デジタル機構の立ち位置が不明すぎ”

……“電子書籍ストアの品揃えが10万冊前後で競い合ってる中で、出版大手と経産省が中心となって6万冊を電子データ化するというのは、電子書籍市場の未来を担う上で非常に大きな礎になるはずだった。それが、空中分解起こしていることもだが、それ以上に空中分解を起こしていることすらよくわからない結末を迎えようとしていることに、不信感が募る。”

 マスメディアでは、6月28日、東京新聞が詳細に報道しました。一般には、この報道で緊デジ問題を知った人が多かったようです。

“経済産業省が中小出版社や東北の被災地への支援を掲げ、復興予算を投じた書籍の緊急電子化事業で、電子化された書籍の六割近くが出版大手五社の作品だったことが本紙の調べで分かった。中小からの申請が少ないため、大手に頼んで予算を消化していた。25%は東北と関係なく使われており、復興予算のずさんな使い方に疑問の声が上がっている。”

 これを受けて、ネット上ではさらに「炎上」が続きました。

“電子ブック普及のひとつとして経済産業省が進めていた「コンテンツ緊急電子化事業」、通称「緊デジ」がお粗末な結果に終わっているという。”

 かくいう筆者も、2013年7月に実施したセミナー(日本電子出版協会主催「電子書籍をめぐる10の神話」 詳細なレポートはこちら)で、問題提起させていただきました。


 詳しくは上記資料を見ていただけるとわかると思いますが、有志によって表計算形式に直されたデータをこちらに置きましたので、興味ある方はそちらも御覧ください。ちょっとスクロールしてみればわかるように、ボーイズラブ、ティーンズラブ、オカルトと見紛う本、アイドル写真集などが大量に見つかります。

 中でも、当時、筆者がもっとも問題だと思ったのは、「ドラゴンボール」など、とうの昔に電子書籍として販売中のコンテンツがリストに挙がっていたこと(東京新聞の記事によると、約2万点)。

 おそらく、「XMDF」などの既存のフォーマットから、「EPUB」という現在、標準となっているフォーマットへの変換のために、「緊デジ」のお金を使ったもの(つまり「水増し」)と考えられますが、「電子書籍のフォーマット変換」は、事業説明会の永井氏の発言、「すでに電子化されている本は、事業の対象とならない」に明確に反しています。

 これと相前後して、意外な方向からの批判も始まりました。「緊デジ」の申請条件が厳しすぎるせいで、参加できなかった出版社など、被災地の声が上がり始めました。

“素晴らしい事業だと思ったのですが、うちは参加しませんでした。なぜなら参加できる出版社の条件が、「出版社で作る業界団体に属していること」「日本出版取次協会などに所属する流通業者と取引がある」などという、まるっきりの東京目線。多種多様な出版・流通形態がある中で、この条件は地方の版元には初めから参加するなと言っているようなものでしょう。(中略)結局、被災地の復興にこじつけ、黒船アマゾンに対抗するために、「復興のため」という名目で、電子化しようとしたのは明白で、被災三県で頑張っている地方出版社の本は初めから眼中になかったわけです。”

 この間、東北の有力ブロック紙「河北新報」も、2012年12月、「2012衆院選 政どこへ 被災地は問う(1)/復興予算/逆境耐え、便乗」という記事で批判的に取り上げたのを手始めに、精力的に記事を出し続けています。河北新報が特に問題視したのが、アダルト本が多いこと。被災地の新聞としては、当然な問題意識でしょう。

 8月になると、「緊デジ」の審査委員メンバーだった編集者の仲俣暁生氏が、内部事情も含めて「さようなら、電子書籍」という記事を書かれました。

“「コンテンツ緊急電子化事業(通称:緊デジ)」によって電子化された書目のPDFファイルをご覧になったかもしれない。あれを見た方は、自分の目を疑ったのではないだろうか。わたしも思わず叫んでしまった。「なんだこれは!」と。”

 その後も、総額20億円に上る補助金事業「緊デジ」の結果にビックリ!「緊デジ」のひどすぎる顛末を聞いてなど、ネット上の批判はやみません。

 さすがに、黙っていられなかったのか、2014年春には、事業関係者による「反論」がされるようになりました。デジタル機構内で、制作の指揮をとっていた沢辺均氏(ポット出版代表取締役会長)が、次のような記事をブログに発表したのです。

“緊デジの目標は大きくわけて二つに集約されると思う。
・東北の雇用を促進
・電子書籍市場の活性化

「東北の雇用の促進」とは、僕流に言い換えれば、東北の会社と人たちに売上や給料というカタチでお金が流れていくことだと思う。
この、東北にお金が流れていくようにすることは、基本的には成功した、というのが僕の総括だ。僕の概算だけれど、10数億円程度のお金が流れていったと思っている。”

 要するに「お金が東北に流れ、電子書籍も増えたんだからいいだろう」ということですね。しかし、「私的な総括(懐かしい言葉!)」と銘打っていることからわかるように、この記事は、批判者の声にまともに向き合った内容ではありませんでした。

 批判者は「お金が東北に流れ、電子書籍が増えた」ことを否定しているのではなく、その過程と結果に対する透明性や合理性について疑念を呈しているのです。批判対象はWhatでなくHowです。言っていないことに対して「反論」することで、問題をうやむやにする。これは「燻製ニシンの虚偽」とか、「わら人形の虚偽」と呼ばれる詭弁のテクニックです。

 そもそも「公的な総括」が不可能な形でしか情報を公開していない状態で、その非公開の情報を元に「総括」されても、読者はそれを検証することができません。

 この投稿で興味深かったのは、制作を請け負ったと思われる匿名の投稿者が、即座に反応したこと。

“うちにとっての緊デジの結論は
・危うく倒産するところだった。というか話をそのまま鵜呑みにして"法律をしっかり守っていたら"多分倒産しただろう。さらに言えば、それが遠因となって倒産した福島の会社は現にある。
・ようするに、こりごりだ。二度とやりたいとは思わない。 ”

 この投稿者のいうことを信じるならば、「緊デジ」は、東北の、少なくとも一部の制作会社にとっては益どころか害だったことになります。

 そして、2014年5月末には、JPO事務局長の永井氏が、業界誌「出版ニュース」に見解を寄稿しました(このPDF自体が、文字がコピーできない「画像」であるのは、何らかの意図があるのでしょうか……)。

 内容を要約すると、以下のようになります。

  1. 事業は、東北振興に役立った。事業総額18億円のうち、12.2億円は東北地方の製作会社に支払われた。
  2. 成人本批判はあたらない。出版倫理協事務局によれば、河北新報が「成人本」と名指し批判した本は成人本ではない。
  3. フォーマット変換(電子書籍の「電子化」のことか?:筆者注)は、成長する市場への対応と、急成長が間違いない分野へのシフト
  4. 「どのような事業であれ、上手くできたとしても、必ずどこかに課題は残るはずです。それらを検証して次回の政策立案に活かされるように残せば、官僚の人達もきっと考慮してくれると思いました」

 これまた、批判に正面から答えない「回答」ばかりです。

 まず1については、「東北地方の製作会社」の定義が、製作会社の本店所在地でなく、「作業月報」による計算だとしています。緊デジ批判の中には、「結局、東京の大手印刷会社等が東北地域に臨時に設けた作業所で作業をさせただけでは?」というものがありましたが、なぜ簡単にわかる「本店所在地」でなく、「作業月報」を選んだのでしょうか?

 さらにいうなら、事業総額が18億円で支払われた金額が12億円というのは、「目減り」しているわけで、事業をやらずに18億円を被災地に配った方がよかったのではないでしょうか? 公共事業の効果は支払われた額でなく、後世に残る波及効果で測定されるべきですが、その点についての分析はありません。

 2については、失笑するしかありません。河北新報などは、「大人向けの成人本」「アダルト本」の意味で「成人本」という表現を使っただけで、出版倫理協の定義を調べて使ったわけではありません。「仲間である出版倫理協の定義ではこうだった、だから『成人本』ではない」というのは端的に言って意味がない反論です。批判者は「大人向けの成人本」「アダルト本」を復興予算で電子化する必要があったのか、と問うているだけで、出版倫理協の定義などはそもそも問題になっていないからです。これもわら人形です。

 3は事業範囲に書いてありません。どう見ても逸脱です。「すでに電子化されている本は、事業の対象とならない」というご自身の発言とどのように整合するのでしょうか?

 4は要するに主体は官僚なので苦情はそちらにどうぞ、という意味でしょうか? 内部では精緻に「検証」して残してあるのであれば、まずそれを公開していただきたいのですが……。

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