こんにちは、林です。今回は、海外の電子書籍について取り上げたいと思います。
電子書籍というと、米Amazonのイメージがあまりにも強烈なためか、「米国に比べ、遅れている日本」という点が、やたらと強調される傾向にあります。
どんな題材でもそうですが、きちんと調べてものを書くより、もやっとしたイメージで極論を語る方が、ラクだしかっこ良く見えるのです。むしろデータを調べたり示したりしないほうが、「間違っている」と突っ込まれるリスクは、少なくなります。
「いや、それはちょっと違うんではないの?」という批判があっても、「いや、(事実はどうあれ)『私は』そう思ったんです。文句ありますか?」という「私語り」で押し返せます。
そして、「なんか違う」と思いながら読む読者と、「そうだそうだ、そのとおり」と読む読者を、現在のウェブ技術は区別できず、どちらもPV(UU)にカウントしてしまいます。
いきおい、ネットにも、ネットの世論を無視できなくなった伝統メディアにも、この種の「私語り」のイメージ評論があふれるようになっています。
特に「電子書籍」のような新しいメディアは、専門家が少なく、世の中に出回っている情報も少ないので、「私語り」がしたい書き手の、格好のターゲットとなっているように思います。
どんなに根拠に欠けた「感想文」を書いても、批判がしにくく、対象自体が「動く標的」なので、勘違いや誤りも対象の変化にまぎれて、当否がわかりくくなってしまうからです。
日本の場合、そういった曖昧な主張が、いつの間にか「事実」として一人歩きし、公金を使った一大プロジェクトに化けてしまったりするので、要注意です。
ともあれ、日本の実情は、果たして「遅れている」のでしょうか? 今回は入手できるデータから、この点について調べてみたいと思います。
まずは、「一番進んでいる」と言われる米国の出版市場を見てみましょう。次の図を見てください。
このグラフは、BISGという業界団体がアメリカ出版社協会(APA)と共同で実施した包括調査の結果(「BookStats」)をまとめたものです。
日本の場合、書籍と雑誌を同じ出版社が出しているなど、業界としても書籍と雑誌が一体となっているのですが、海外では基本的に、書籍と雑誌は流通も業界も別になっています。
以後、書籍に話を絞りますが、2013年の段階で、書籍産業は270億ドルの市場規模を持っています。日本円で、約3兆2000億円です。
ただしこの金額は、出版社が書店に対して書籍を販売する際の「卸値」がベースになっています。日本と違って再販制度がないので、書店は本を割り引きして売ることができ、小売価格ベースの統計を取りづらいことが、「卸値」ベースになっている理由かと思われます。
それはともかく、書籍全体の売上270億ドルに対して、電子書籍の売上は2013年の時点で約30億ドルでした。日本円で約3600億円。書籍全体に占めるシェアは10.6%です。
読者の中には、「米国の電子書籍は2割から3割の普及率」という解説を目にしたことがある方もいらっしゃるかと思います。
実はそれは、「一般書市場」と呼ばれる部門に限った話で、「高等教育向け」「幼児・小学校向け」「専門・学術」出版を含めると、1割程度、というのが、少なくとも2013年までの米国市場の実態だったのです。
その後、どうなったかが気になりますが、「BookStats」は2013年を最後に調査を終了。その後は、米国出版社協会(APA)が一部(約1200社)の出版社の統計を発表しています。
米国のISBNを管理しているボーカーの調べでは、米国に出版社は約40万社あるそうです。1200社の調査では、全貌を知るには、やや心もとないですね。
こうした業界統計とは別に、出版社が日常的に使っている販売実績データベースもあります。視聴率調査で有名な米Nielsenが2001年から実施している「BookScan」という調査です。
紙の書籍市場の85%をカバーしているという同調査ですが、図書館向け、専門書店、出版社による直販は対象外となっており、さらに、電子書籍も含まれていないようです。
ただ同社は、各種イベントなどで電子書籍を含んだレポートも発表しています。2014年の「Book Expo America」で示された資料が、以下になります。
左側が「売上(金額)」ベースのシェア、右側が「部数」ベースのシェアです。このデータでは、金額ベースの電子書籍のシェアは12%となっています。
各種報道によると、米国の電子書籍の売り上げは、その後「台地」状態となり、伸び悩んでいるとのこと。つまり、2014年のシェアもほぼ同レベルで推移していると見ることができます。ざっくり1割くらい、ということですね。
他方、日本はどうなっているでしょうか? 次にそちらを見てみましょう。
出版科学研究所が毎年発表している書籍の推定売上金額(小売価格ベース)とインプレス総合研究所発表の電子書籍の推定売上金額(小売価格ベース)を合わせた図が上記になります。
2013年の紙と電子を合わせた書籍(ここでは「総合書籍市場」と呼んでいます)の売上金額は、8787億円。電子書籍の売上金額は936億円なので、書籍全体に占めるシェアは10.7%になります。
あれあれ? ほぼ米国と同じですね? 卸売ベースと小売ベースという違いはありますが、少なくとも「遅れてる!」と目くじら立てるようなレベルではないようです。
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