この問題の核心は、非常に簡単です。沢辺氏や永井氏が「答えていない」ところに着目すれば、わかりやすく整理できます。
ポイントの第一は、ガバナンス。約10億円もの国費(復興予算)を投じた事業である以上、受託者には、適切かつ適正に事業を実施する義務があります。本事業は、「東北被災地域の持続的復興支援」と「電子書籍市場の活性化」を目的としていました。この目的に照らして、事業のやり方が、果たして適当であったかどうかが問われているのです。
「本当に東北地域の支援になったのか」「電子書籍市場の振興に寄与したのか」「電子化された本は、適切に選択されたのか」「対象となる出版社や制作会社の基準が、必要以上に狭すぎたのではないか。本来支援すべき企業や団体が排除されたのではないか」といった疑問に答える必要があります。
ポイントの第二は、アカウンタビリティ(説明責任)です。公金による事業である以上、そこには国民に対する説明責任があります。ところが当初、本事業に関して公開されたのは、電子化された本の、題名と総数、それに補助金をどれだけ使ったかなど、ごくわずかな情報だけでした。これでは上に挙げたような疑問に関して、タックスペイヤーが十分に検証することは不可能です。
当初の約束通り、「電子化した本の書名と出版社」のリストを公開することは最低条件として、「どの書店に、どんな本が配信されたのか」「配信されていない本はどれとどれなのか」「助成金を返金した本はどれなのか」を明確にする必要があります。
JPOは10月5日、今回の報道を受けて記者会見を開催するようです。そこで何が発表されるのか、本稿執筆時点ではわかりませんが、これまでの経緯を見る限り、おそらく、問題の根本的な解決は望めないでしょう。
今回の騒動を見ていて、非常に印象的なのは、「誰も責任をとらない」という点です。「誰も自分が責任者だと認めない」だけでなく、「甲という事情があった、乙という事情があった……」「決定したのは自分でなくて◯◯」という弁明だけが延々と繰り返され、「復興予算を使った公的プロジェクト」であり、それにともなうはずの責任を引き受ける意志が、関係者の誰にも見られません。
「無限のたらいまわし」のような様相は、東京オリンピックにまつわる諸問題と、そっくりな構図を見せています(図表5)。
さかのぼれば、第二次大戦中の日本軍の意味不明で人命を極端に軽んじた諸作戦、「ノモンハン事件」「インパール作戦」などとも共通する病理を感じるのは、筆者だけでしょうか?
電子書籍という、可能性に満ちた最先端の領域で、日本文化の、もっとも後進的で退廃的な部分が露呈してしまった。そんな印象を拭えないこと。それが一番残念です。
緊デジの詳細、事業の進捗状況などは公式サイトで詳しく公開されていたのですが、プロジェクト終了後、サイトは閉鎖になってしまい、普通にはアクセスできません。が、有志の手によって、Wayback Machineにスナップショットが保存されています。さらに詳しく知りたい方は以下の保存先へどうぞ。
緊デジ.jp(保存先)
また、文中にも紹介しましたが、有志の手によって、Excel形式に変換されたデータは、こちらに保存してあります。
(いずれも情報の正確性は担保されていません。)
林 智彦
朝日新聞社デジタル本部
1968年生まれ。1993年、朝日新聞社入社。
「週刊朝日」「論座」「朝日新書」編集部、書籍編集部などで記者・編集者として活動。この間、日本の出版社では初のウェブサイトの立ち上げや CD-ROMの製作などを経験する。
2009年からデジタル部門へ。2010年7月~2012年6月、電子書籍配信事業会社・ブックリスタ取締役。
現在は、ストリーミング型電子書籍「WEB新書」と、マイクロコンテンツ「朝日新聞デジタルSELECT」の編成・企画に携わる一方、日本電子出版協会(JEPA)、電子出版制作・流通協議会 (AEBS)などで講演活動を行う。
CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)
ものづくりの革新と社会課題の解決
ニコンが描く「人と機械が共創する社会」
ZDNET×マイクロソフトが贈る特別企画
今、必要な戦略的セキュリティとガバナンス