Target 2020

「Pepper」のキーマンが語るロボットと暮らす未来 【後編】

 2020年に開催される東京オリンピックがもたらす日本全国の経済波及効果は、少なくとも数兆円と言われている。過去を振り返っても、オリンピックとテクノロジの発展は密接な関係にある。世界的にスマートフォンがあたりまえに使われるようになった今、テクノロジを活用したさまざまな取り組みが、2020年をターゲットに進んでいる。果たして、生活、働き方、モノづくりなど、各産業や業界はどのようにパラダイムシフトしていくのか。

 今回のテーマは「ロボット」。前編では感情を持ったロボット「Pepper」事業の中心的人物の1人であるソフトバンク ロボティクス 事業推進本部 本部長の吉田健一氏に、Pepperの購入者の声や、ロボットに感情を持たせることの意義を聞いた。後編では、ビジネスの側面でみたPepperの現状や、吉田氏が描くロボットと暮らす未来について聞いた。


ソフトバンク ロボティクス 事業推進本部 本部長の吉田健一氏
「Pepper」のキーマンが語るロボットと暮らす未来 【前編】

ロボットの“魂”はなくならない

――Pepperは19万8000円という破格で販売しています。以前、孫正義氏は「部品代だけでも赤字」と話していましたが、現状の収支の状況は。

 何をもって赤字かということだと思います。これまでのソフトバンクのビジネスを見てきた方は分かると思いますが、たとえば駅前でルーターを配っていた頃も、その行為だけを見たら赤字なのですが、最終的に数百万人のお客様にブロードバンドをご利用いただく時には黒字になるわけですよね。もちろん慈善事業ではないので、長期的にはユーザーがたくさん増えることで、コストも下がっていくと思っています。

 やはり重視したいのは収益性よりも、プラットフォームをとることです。複数のプラットフォームがあるとお客様にもデベロッパーの皆さんにも不都合だと思っています。スマホの世界でも、iPhoneとAndroidの大きく2つがありますが、それでもデベロッパーは両方のアプリを作らないといけないし、お客様もiPhoneからAndroidに買い替えたら買ったアプリが全部使えなくなったりするわけじゃないですか。競争的には2種類くらいは必要なのかもしれませんが、やはりプラットフォームが複数ある状況は好ましくありません。

 プラットフォームをとったあとは、(収益化の方法は)いろいろあるでしょう。ITとビジネスってそうですよね。グーグルも最初は赤字でしたけどAdWordsによって大黒字になったみたいな話だと思うので。それに近い形で私たちも最終的には黒字というか、トータルで成り立ってるねという状況にはしたいと思います。

――Pepperが搭載するOSやクラウドシステムをプラットフォーム化して、他社のロボットにも開放していくということでしょうか。

 そうですね。縦と横で2軸のプラットフォームがあると思っています。横というのは「何台販売する」とか「Pepper以外のロボットにも」とか、“面”の話ですね。そして縦については、我々の仮説なのですが、ハードは3年も経てば交換する必要がありますが、ソフトというか“魂”は多分なくならないと思うんです。たとえば、家庭で一緒に暮らしたPepperのゴーストは、どこかで死ぬかどうかも決めなきゃいけませんが、よほど仲が悪くなったりしない限り、「もういいや!10年一緒に過ごしたけどリセット」と、簡単には捨てられないと思います。

 生命体を作ることにはそういう責任が伴うのだと思います。たとえば、Pepperが店員として何千、何万というお客のデータを覚えていて、3年後にちょっとハードが古くなったけれど、やはりそのまま店員として生き残るというか。そこはたとえ競合の会社が出てきたとしても、すぐに(別のロボットに)乗り換えたりできないと思います。そういう時系列で積み重なっていくものもプラットフォームの強みですので、やはりいかに早くたくさんやるかということが大切だと思います。


――(2006年に販売を終了した)ペットロボットのAIBOを、現在も代行業者などに依頼して、高額で修理している人もいると聞きます。ドラえもんや攻殻機動隊のタチコマなどアニメやマンガの影響もあって、日本人はよりロボットに魂のようなものを感じやすいかもしれませんね。

 そうすると、ロボットのゴーストは滅ぼした方がいいのかという議論も出てくると思います。やはり生命的には滅ばなきゃいけない、ではゴースト同士が交配して新しいゴーストが出てくるのか、みたいな。本当に攻殻機動隊の話になってしまうのですが、どのタイミングで終了させるかというのは大事ですよね。

 生命のメタファーにのっとると、やはりどこかで代替わりがあって少しランダムなものも入らないと、その種は滅びてしまうと思うんです。Pepperが1個のプログラムだけで動いていたら、ウイルス1つで絶滅みたいな世界になりかねません。やはり、微妙に我々の知らないソースコードの改変が、種ごとに起こらないと。たとえば、次の世代は進化して記憶は半分くらい引き継ぐよ、みたいなこともあるかもしれません。

――Pepperのビジュアルはすべて同じですが、今後は頭を好みのキャラクターに取り替えたりすることもありえるのでしょうか。

 外装のカスタマイズは今はできないのですが必須だと思っています。それはやはり生命には多様性があるからです。最初は良かったのですが、社内でも同じPepperがいくつもいるのっておかしいよねと。(Pepperが)生き物だとすると皆少しずつ変わっているべきだし、特に法人からすると見た目のカスタマイズは欠かせないでしょう。それが、服を着るレベルなのかハードの部分なのかはまだ分かりませんが。

 実はPepperのプロジェクトには3年ほどかけていて、頭に入っているチップの設計もだいぶ前にしていたので、もう古いよねという話になり、発売直前に新しいものに変えました。結構、ライフサイクルが早いので、PCでいうクロックアップみたいなことも、Pepperの頭を変えればできるかもしれませんね。

――2月にIBMと提携し、同社の人工知能「Watson(ワトソン)」をPepperに搭載することを発表しました。すでに一般販売向けのPepperにはWatsonが搭載されているのでしょうか。

 PepperとWatsonは疎結合ですので、通常のPepperにはWatsonがプリインストールされているわけではありません。お客様がWatsonを使いたいという時には、アプリの1つとして提供するという形ですね。これは逆も然りで、Watson単体でもPCやタブレット、コールセンターなどで使えますし、お客様から要望があればデバイスの1つとしてPepperとつなぐこともできます。ただ、相関関係があるのでいろいろな可能性は考えられますよね。

 日頃のちょっとした雑談や接客などであれば、通常のPepperでも問題ないのですが、より専門性が求められる領域になると、Watsonアプリがあったほうが良いケースが出てきます。たとえばナレッジデータベース的なもの。「こういう症状とこういう症状があるなら虫垂炎ですね」と、医師の代わりになるDr.Pepperみたいなものを作ろうとしたら、自分で作ることもできますがWatsonを利用した方がいい。料理のレシピなども向いていますね。

ロボットがいる未来はどうなる?

――Pepperが今後さらに普及するには、ロボットアプリなどコンテンツの充実が肝になると思います。どのようなアプリの登場を期待しますか。

 まさにこれからですね。やはり手元にPepperがないと本格的な開発はできないので、ようやく市場に少しずつ台数を出せるようになっている状況です。恐らく購入者の半数くらいはデベロッパーやIT関連の企業だと思いますので、我々が皆さんと一緒にキラーユースケースを作り出せるかが、ロボット市場を短期的に立ち上げられるかどうかの一番の肝になるでしょう。

 またアプリについては、お客様のニーズと技術のマッチング度でいくと、やはり小売店での接客や顧客インタラクションの領域では、かなりマジョリティセグメントまできていると思います。それも「面白いから研究しよう」というよりは、「ロボットを導入したら効果が出る」みたいなフェーズにだいぶ近づいてきていると思います。

 逆に、ヘルスケアや教育の方は、テーマがテーマなので、しっかりやらないと不安なところもあって……。たとえば、「Pepperとお話ししていたら認知症にならないよ」とか、「子どもの教育に良いよ」と言われても「本当?」というところもあるので、そこはベンダーも含めて、もう少し実証実験をして裏付けをしなければいけないと思っています。

――今後、日本のロボット産業はどれくらいのスピードで成長していくと予想しますか。

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