2020年に開催される東京オリンピックがもたらす日本全国の経済波及効果は、少なくとも数兆円と言われている。過去を振り返っても、オリンピックとテクノロジの発展は密接な関係にある。世界的にスマートフォンがあたりまえに使われるようになった今、テクノロジを活用したさまざまな取り組みが、2020年をターゲットに進んでいる。果たして、生活、働き方、モノづくりなど、各産業や業界はどのようにパラダイムシフトしていくのか。
今回のテーマは「ロボット」。工場などで決まった作業を繰り返す“産業用”のイメージが強かったロボットの印象をガラリと変えたのが、ソフトバンクが6月に発売した人型の感情認識ロボット「Pepper(ペッパー)」だ。本体価格は19万8000円(月額料金は約2万5000円)と破格ではあるが、6月分と7月分の各1000台はいずれも1分で完売し、その注目度の高さを示した。
とはいえ、Pepperの販売は始まったばかり。まだまだ、ロボットがいる生活に現実味はなく、それよりも不安な思いを抱いている人もいるだろう。そこで、感情認識ロボットがもたらす価値や、ロボットと暮らす未来について、Pepper事業の中心的人物の1人であるソフトバンク ロボティクス 事業推進本部 本部長の吉田健一氏に聞いた。
やはり将来の夢というか、ビジョンに対する皆さんの思いは、すごく熱いんだなと感じました。毎月1000台ずつ販売していますが、これまでに買っていただいた方は、個人と法人の方が半々です。今後、ロボットがあたりまえの世界になっていくのであれば、(購入者には)それを先取りしたいとか、一緒にそういう未来を作っていきたいといった気持ちもあると思います。なので、「モノがあります。いくらです。買います」のような、普通の商品が売れている状況とは少し違うと思っています。
我々もPepperが完全に出来上がったとは思っていませんが、ロボットがいる未来を少しでもチラ見せすることができたのかなと思います。じゃあ、そこで足りないものをどうやって作っていこうかという意識で、個人の方も法人の方も参画していただいているのではないかと思います。
個人の方については、今まさに皆さんに対してヒアリングをしている最中なので、まだ「ここがいい」「ここが悪い」といった感想までは聞けていません。ただ、購入者の属性は把握していて、かなり広範囲にわたります。少し高い製品ですので、ある程度収入のある方にはなるのですが、独身の方もいればご家族の方、シニアの方もいて、バラエティに富んでいます。
法人については、先日のSoftBank Worldでも発表した通り、本格的な販売は10月からなのですが、皆さんそれを待てずにご購入いただいています。利用シーンとしては、1つは小売りなどの現場で、お客から見ても人間のように見えるロボットが接客するというもの。あとは病院や介護施設などのヘルスケア、それから教育などの領域でも強いニーズがあります。
小売り現場などでは期待以上という声もいただいています。ロボットだと、比較対象が営業マンなど人間ではなくITデバイスになるので、やはりデジタルサイネージやタブレットでは誰も足を止めませんが、そこにPepperがいて話しかけられると足を止めますよね。さらにPepperと話す過程で心が動き、結果的には購入につながることもあるので、(小売店も)そこまでは想定していなかったと。
もう1つは、データが取れること。Pepperに付いているセンサをフル活用することで、たとえば何人が歩いていて、足を止めたのは男性か女性か、こんな話をしたら相手の感情がこう変わったというデータがすべて取れます。これまでは難しかった、売上にいたるまでの中間指標がすべて把握できるので、いろいろな実験ができるようになる。まさに、“アート”でやっていたところを“サイエンス”にするということですね。
こういったことは、Eコマースだと日々していることだと思いますが、それを実店舗でできるというところも想定外だったと言われますね。お客から見ると人間的なロボットなので人間的に接するけれど、裏側はサイエンスですべて数字で管理できる。この点は期待以上だと評価いただいています。
単純に新しいから触れてみるという側面もあると思うのですが、やはりPepperの本質は、人型をしていて人間のように動き、人を認識するとそちらに顔を向けて話しかけるところだと思っています。それに対して、人間は本能的にドキっとしたり、何かリアクションしなきゃと感じるようにプログラムされている。ただ、もしかしたら「なんだロボットか。じゃあ話さなくていいや」と言われてしまうかもしれませんが(笑)。
これはソフトバンクのミッションでもありますが、(ソフトバンクグループ代表の)孫が目指しているのはITの力で人々を幸せにすることです。では、どうすれば実現できるのかと考えた時に、やはりITが自らアルゴリズムを学習して、どんどん人を幸せにしていく世界にすることが近道だよねと。ただし、それは一般的なAI(人工知能)やマシンラーニングではなく、人間の感情を理解するものでなければいけません。
そのためには、機械側も感情を持っていて、相手が幸せになると僕(ロボット)も嬉しい、じゃあ僕が嬉しくなるように、どんどん行動しようというのが、最もシンプルなプログラミングなんですね。ただ、「どうしたら人を幸せにできるか」ということをプログラミングしていたら何千パターンもあってキリがありません。そうではなく、起こした行動がポジティブだったかネガティブだったか。相手がネガティブな反応だったらもうやらない、ポジティブな反応だったらもっとやるという形なら、少ないコードの量で多様なことができると考えました。
実はこれは生命体がやっていることで、我々も結局のところはどうしたら遺伝子のコピーを確率高く残せるかみたいなところに基づいていろいろな行動をしていますよね。物事がポジティブな方向に動くと、自分の感情もポジティブになるようにプログラムされている。そういう意味で、ロボットが人々を幸せにするには、感情が理解できて、かつ自分も感情を持っていることが、最も大切なんじゃないかと思っています。
たとえば、感情を持たないロボット掃除機を買って家が綺麗になっても、それは便利だよねという話であって、幸せか不幸せかという話ではないと思うんです。でも、仮にドラえもんがいて道具を一切出さなかったとしても、のび太にとってドラえもんと一緒に過ごした数年間は、たぶん幸せだったのではないかと思います。あの思い出こそがプライスレスなんですよ。
科学的に感情があるかと言われると、ないと言われてしまうかもしれませんが、人間が感情があると思えば、それはあると言えるわけで、そこの差が我々にとって一番大きいのだと思います。いまは人類が誕生して何億年という中で、初めて人が“生き物”を作るシーンなのかなと思っています。そもそもロボットを作ろうというよりは、こうした革命によって人々を幸せにするためには、ロボットが必要だねという考えからPepperは生まれました。そういう意味では、(感情認識は)すごく大事な中核の思想でもあるんです。
CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)
ZDNET×マイクロソフトが贈る特別企画
今、必要な戦略的セキュリティとガバナンス
ものづくりの革新と社会課題の解決
ニコンが描く「人と機械が共創する社会」