「日本の出版社は、海外の出版社と比べて電子書籍に後ろ向き」「電子書籍を敵視している」といったような解説を目にすることがあります。
果たして、実際にはどうなのでしょうか? 紀伊國屋書店の売り上げ上位7つの出版社(ここでは、後述の「ビッグ5」にならって、日本の「ビッグ7」と呼びます)について、Kindleストアでの販売タイトル数を調べてみたのが以下です。
これを見ると、特にKADOKAWAの奮闘ぶりが目立ちます。
楽天Koboでも、同様に調べてみました。
「Kindle本」には「電子雑誌」が含まれており、これを除いた検索ができません。そのためKoboでも「電子雑誌」を含んだ数にしています。ただし、「電子雑誌」のタイトル数は、全体から見ればそれほど多くありません。
これに対して、世界のメジャー出版社は、どれくらいの数の電子書籍を出しているのでしょうか? ここでは便宜的に、対象を、米国で売られている英語版電子書籍に絞ります。が、米国では、トップ出版社のことを「ビッグ5」と呼ぶことが通例化しています。
ドイツのコングロマリット、ベルテルスマン傘下の「Penguin Randam House(PRH)」、フランスのコングロマリット、ラガルデールの米国子会社である「Hashette Book Group(HBG)」、News Corpの一員である「HarperCollins」、CBSの支配下にある「Simon & Schuster」、ドイツのホルツブリンクが所有する「Macmillan」の5社です。
この5社のサイト上の書籍検索機能、IR情報などから、各社の電子書籍タイトル数を調べた結果が、次のグラフになります。
PRHは、2014年10月に調査したときは、サイト上に検索機能が用意されていたので、2014年の数値は、その結果を使いました(英語の電子書籍。上記の黄色の部分)。
しかし、現在では検索機能が削除されており、利用することができません。ただ、サイトの会社紹介に、「10万点」と明記されていました。
ただし、他の情報も考慮すると、この「10万点」には、英語以外の電子書籍も含まれているようです。そのため、PRHの電子書籍は、最大10万点(青の部分)ですが、「英語」に限ると、おそらくはそれよりは少ないものと考えられます。
Hachette Book Groupは、サイト上に検索機能があります。この検索結果によると、現在のタイトル数は1万58点。しかし、業界誌「Publishers Weekly」のまとめでは、ラガルデールの英米市場向け電子書籍は2万6000点となっています。それぞれ何を「1点」と数えるかの定義などが違うものと思われますが、概数としては「1万~2万点」を提供していると見ていいでしょう。
HarperCollinsは、親会社News Corpの年次報告書(年次報告書)に、2014年6月30日時点の総タイトル数が出ています。3万5000点です。2014年10月、2015年5月の数値は、筆者が同社サイトの検索機能を使って調べました。数字の違いは、総タイトル数に英語版以外が含まれていることによるものだと思います。
Simon & Schusterは、IR資料などが見つからなかったので、サイトの検索機能を使って調べた数字になります。
Macmillanは、検索機能にどうやら不備があるのか、以前よりも表示されるタイトル数が減ってしまっています。IR資料なども見つからず困ったのですが、Publishers Weeklyの記事によると、2013年第1四半期時点の既刊電子書籍は、1万1000タイトルあったとのこと。これも英語版以外が含まれている可能性が高いと思います。
さて、これらのデータを踏まえると、日本と米国の実情について、どんなことが言えるでしょうか?
世界の「ビッグ5」出版社の刊行点数を合計すると約19万点。日本の「ビッグ7」は約9万点。およそ半分弱ですが、対象(英語話者の人口は最大20億とも30億とも言われるのに対して日本語話者は1億3000万人)を考えれば、かなり健闘しているほうだとも言えるかもしれません(なお、日本の7社のタイトルはKindle本全体の27%を占めている一方、ビッグ5のうちPRHは、1社で英語圏全体の売り上げの4割を超えるガリバー出版社です)。
「英語の電子書籍の数、意外と少ないな」という印象を持たれた方も少なくないのではないでしょうか。「米国では100万~200万点以上の電子書籍が売られている」などという解説を目にすることもあります。
確かに、米国のKindleストアを見ると、膨大な数の電子書籍が表示されます。2014年は240万点くらいでしたが、さきほど改めて検索してみると、348万という数字が返ってきました。
他方、ボーカーが提供している「Books In Print」というデータベースで電子書籍を検索すると、2014年10月時点の結果として約50万点しか表示されませんでした。
Books In Printは電子書籍を含む、全世界の2000万もの本の情報を収録した包括的な書誌データベースで、米国の出版界や図書館の世界では、デファクト的な地位を占めていると言われています。
「240万点」対「50万点」。この差は、いったいなんなのでしょうか? ある時筆者は、ボーカーの担当者に電子メールで尋ねてみたことがあります。それによると、次のようなことがわかりました(なお、米国では、電子書籍にもISBNを付けるのが一般的で、ISBNを付けた書籍は、Books In Printにも自動的に登録される仕組みです)。
これを図にまとめると、次のようになります。
日本のKindleストアの合計タイトル数は、32万点。自己出版も入ってはいますが、米国ほど膨大な数とは思えません。仮に、まったく仮の話ですが、そのうちの5万点が自己出版物と考えて、27万点が伝統的な意味の「本」だとしても、米国の54万点の約半分の規模になります。これも市場の大きさや人口の違いを勘案すれば、ほぼ同等と考えることもできるでしょう。
「日本は遅れている(米国は進んでいる)」「日本の出版界はガラパゴス」などという解説をしたり顔で述べる評論家が多いのですが、出版や電子書籍に関する技術的、経済的条件が、日米でそれほど異なるとも思えません。
「幽霊の正体見たり 枯れ尾花」。ありもしない幻影に怯える必要はなく、ただ必要な手を一つ一つ打っていくことが必要なのではないでしょうか?
林 智彦
朝日新聞社デジタル本部
1968年生まれ。1993年、朝日新聞社入社。
「週刊朝日」「論座」「朝日新書」編集部、書籍編集部などで記者・編集者として活動。この間、日本の出版社では初のウェブサイトの立ち上げや CD-ROMの製作などを経験する。
2009年からデジタル部門へ。2010年7月~2012年6月、電子書籍配信事業会社・ブックリスタ取締役。
現在は、ストリーミング型電子書籍「WEB新書」と、マイクロコンテンツ「朝日新聞デジタルSELECT」の編成・企画に携わる一方、日本電子出版協会(JEPA)、電子出版制作・流通協議会 (AEBS)などで講演活動を行う。
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