ディスカッションではまず、小売業で盛んになっているオムニチャネルがテーマになった。飯田氏は、日本トイザらスが進めるシームレスリテーリングでは、オムニチャネルという言葉を意識して使わないことにしているという。チャネルの均一化や多角化という側面に注目してしまうと、本質を見失うおそれがあるからだ。
「チャネルという言葉はあくまでプロダクトアウトの発想であり、顧客視点ではない。面を作って統合することで顧客とつながることはできるが、インフラ的な発想でいってしまい、顧客が本当に欲しかったものが提供できなくなることを懸念している。顧客セントリックという小売業の基本を踏まえることが重要だ」と飯田氏。それを受けて山岸氏も「顧客にとっては均一なサービスを提供できていれば、商品をどのチャネルで買うかは重要ではない。その意味ではとても共感できる考え方だ」とした。
飯田氏によると、チャネルではなく、あらゆるところで同じサービスを提供するというアプローチをとったときに重要になるのが、サービスの「世界観」だという。店舗の品揃えには、メーカーや小売業の考え方が現れる。顧客は、実店舗の棚作りなどから得られた期待値を持って、オンライン店舗で商品を購入しようとするため、品揃えが異なっていたり、受け取る印象が異なれば期待外れになる。そこで、共通した世界観を作ることが重要になる。
実際には、実店舗とオンライン店舗で統一性のあるデザインを作ったり、品揃えに差がでない工夫をしたりする。これは、ユーザーに対する壁を取り払う取り組みと言える。
次に、国内企業と海外企業との進捗のギャップがテーマになった。飯田氏は「時間差という意味でいうと1年ほどの遅れがあると思う。同じ企業内であっても、国内は海外から周回遅れになる傾向がある。ただ、キャッチアップできないわけではない」とした。
ギャップが生まれる1つの背景として、山岸氏は、社内体制や考え方の違いを挙げた。「チラシで言えば、チラシを出すタイミングに合わせて、社内のデータを揃えるという体制になっている。いつどのようなタイミングで切ってもデータを提供できるようにする必要があるのではないか。理想を言えば、お客様がチラシにアクセスしたタイミングで社内のデータが揃い、お客様に最適な情報を届けられることが望ましい。いまは、逆の考え方で体制が作られている」(山岸氏)。
国内流通は、小売、卸、メーカーが密接に連携して、すばやい商品提供を可能にしてきた経緯がある。生鮮食品や日用雑貨といった提供サイクルが早い商品こそ、データを活用したマーケティングが生かせるように思えるが、実際には、組織間の壁、組織内の壁がたちはだかり、難易度はかなり高くなるのだという。
飯田氏は特に「組織内の壁をなくすことは、シームレスリテーリングへの取り組みに不可欠な条件だ」と強調。実際、2014年に急ピッチでシームレスリテーリングを進めために、組織内の壁を取り払ってきた。取り組みを進める過程で急速になくなった壁も多いという。
小川氏は、日本企業は組織が分断しやすく、横断的な取り組みがしにくい傾向があるのではないかと指摘。山岸氏も、流通業では近年M&Aが進んでおり、それが組織の壁を生む要因にもなっているとした。また、伝統的な企業が新規事業に取り組む難しさについて、山岸氏は「とても苦労した。いちばんの反対勢力は社内だった」と笑いをとりつつ、諦めずに推進できるような担当者は欠かせないと指摘した。
テクノロジについては、進展の速度がはやく、そこにどう追いつくかが課題だという。飯田氏は「すぐに試してダメだったら止められるようなサービスが次々と登場している。うちも含めて、そうしたサービスをまずは試すというスピート感で取り組めていない。国内が海外に周回遅れになる要因にもなっていて、とても危機感がある」とした。
山岸氏も「サービスを提供して13年になるがはじめは何もできなかった。閲覧履歴を取得してマーケティングに生かすなど、最近になってようやくやりたいことができるようになってきた。ただ、それができると今度は店舗へ送客できたかを知りたいといったニーズもでてくる。すると、ジオフェンスやビーコンといったテクノロジをどう使うかという議論になる」とし、顧客のニーズに合わせてテクノロジを採用していくことの重要性を訴えた。
最後に、これから取り組みを進める企業に向けて、「お客様中心を実現するために、組織全体がどう変わっていけばいいかをスピード感をもって議論することが大切」(飯田氏)、「他社とのつながりのなかで、自社が何に強みを持ち顧客に価値を提供できるかを研ぎ澄ますことがポイント」(山岸氏)とアドバイスを贈った。
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