例年通りに行けば、おそらく2014年も9月9日に新型iPhoneの発表が待ち受けている。これまでのiPhoneが歩んできた7年の歴史を振り返ってみよう。初回は、iPhoneのハードウェア、第2回はソフトウェアについて紹介してきた。
第3回目は、スマートフォンとカルチャー、特にクリエイティブについてだ。筆者は、スマートフォンによって手元だけで見栄えのする作品を作れるようにし、身近な存在にできることを「カジュアルなクリエイティブ」と呼んでいる。iPhoneに搭載されたカメラは一体どんな変化をもたらしてきたのだろうか。
筆者は写真を撮るのが好きだ。この仕事を始める1年前、カメラマンとしても活躍する先輩にそのことを話したとき、「ジャーナリストになるならカメラくらい使えないと」と、2004年当時のNikonの一眼レフカメラD70と、シグマの18mm/f1.8の単焦点レンズを指定されてこれらを買い、3カ月ズームなしで数多くの写真を撮影したことを覚えている。本当に勉強になった、ありがたい体験だった。
その後2008年にiPhoneが日本でも発売され、一眼レフカメラとiPhoneを同時に持つようになった。きちんと写真を撮りたい、記事に使いたいというものは一眼レフで、その場でTwitterなどにシェアしたいものはiPhoneで、という異なる役割で2つのカメラを使い分けていた。
現在はどうだろう。オンラインの記事で使う写真もとっさにiPhone 5sで撮影したスナップを使うこともあるほど、iPhoneのカメラの進化はめざましい。InstagramやVSCO Camといったアプリを使い、iPhoneのみでフィルタをかけたり画質を調整したりできる。iOS 8が登場する秋以降は、iPhoneの標準機能でより高機能な写真編集を実現するようになる。
ケータイにしてもスマートフォンにしても、以前はカメラ機能をデジカメと比べたら画質はオマケのようなもので、編集や共有という付加価値を楽しむものだった。しかし、今やスマートフォン全般で800万画素から2000万画素というデジタルカメラと同じ画素数のセンサと、最新モデルのiPhone 5sならf2.2という明るいレンズを搭載し、コンパクトデジカメに迫る光学性能を備えるようになった。その画質はもはやオマケというには申しわけないほどのクオリティを誇る。
iPhoneのカメラのクオリティ向上は、ネットを流通する写真やビデオにも変化を与えている。
写真共有サービスFlickrには「Camera Finder」というページがある。アマチュア・プロなどが参加し写真を投稿しているFlickrで、どんなカメラが使われているのか、という統計情報だ。現在のランキングでトップのカメラは、iPhone 5。これにiPhone 5sが肉薄し、iPhone 4S、iPhone 4と続く。第5位にやっとカメラ専用機であるCanon EOS REBEL T3i(日本ではEOS Kiss Digitalブランド)が入ってくる。
Flickrの投稿に使用されるカメラのトップは、圧倒的にAppleのiPhoneが多いのだ。この傾向は2011年6月以降続いている。前述のCamera Finderページで、筆者が現在も愛用しているNikonの一眼レフカメラD90を追い抜き、iPhone 4がFlickrでトップになった。写真にExif情報(撮影情報)が埋め込まれていない写真も投稿されることから、実際にはこれ以前からiPhoneがトップのカメラであったと考えられる。
当時のカメラ性能を考えると、デジタルカメラの画質以上に、すぐに撮影できること、手軽にアップロードできること、といった付加価値の部分が勝ったことを意味する。
また、猫などの動物をiPhoneで撮影したビデオがバイラルとなってとんでもないビュー数を稼ぎ出す事例も多く起きている。きちんと撮影した見応えのある動画はもちろん素晴らしいが、iPhoneでさっと撮影したビデオが同程度のビュー数を稼ぎ出すようになった。
もしも動画から収益を上げようと考えるなら、まずiPhoneを使って後者の動画で購読者数を増やし、良い機材を買って作品作りに取り組む、というパスを考えても良いかもしれない。
FlickrとYouTubeには、現在でももちろん作品性の高い写真や動画はたくさんある。しかしそうした作り込まれた作品に加えて、より日常の何気ない、しかし見逃したくない瞬間が、世界中で大量に記録されるようになった。その瞬間に立ち会うことも「作品」もしくは「才能」とするならば、カジュアルな表現の重要な要素と言えるのではないだろうか。
ちなみに筆者は、この2010年代前半の現象について、既視感がある。それは、2001年に携帯電話にカメラが搭載された写メール、さらにさかのぼって1986年に富士フイルムが発売したレンズ付きフィルム「写ルンです」(海外ではQuickSnap)の登場は、iPhoneのカメラの使われ方と近いものがある。
イベントなどの「特別」を記録するために使われてきたカメラが、若者を含めた一般の人に広まり、カメラマンの数を圧倒的に増やした。その結果、特別ではない、日常のものを写すようになり、日常から作品性が生まれるようになった。
筆者はiPhoneのカメラアプリの中でも、Instagramが特に好きだ。構図が難しいとされる正方形のスナップに加えて、そのときの気持ちや印象をこめたフィルタの適用は、ただ写真を撮るよりもより、思い出に近い写真が残され、共有されていく。この行為がたまらなく楽しいのだ。
そんなiPhoneでのカメラを作品作りに活用しているのが、フォトグラファーの三井公一氏(@sasurau)だ。三井氏は「iPhonegrapher」(iPhoneで作品を撮影するフォトグラファー)としても活動しており、2010年10月に、スペインLa Panera Art Centerで開催されたiPhonegrafiaでは、世界のiPhonegrapher6人に選出されている。ウェブサイトでは、iPhoneで撮影した作品を見ることができる。
「初代iPhoneから使っていますが、iPhone 3GSになってオートフォーカス化されて絵が進化し、App Storeの登場によってアプリによる可能性が生まれたことが、作品作りを始めたきっかけ。iPhoneのカメラは、写真の裾野の拡大と、新しい『写真を撮る道具』として大いに期待しています」(三井氏)
iPhotographerの写真を見ると、より思い切ってエフェクトをかけていることが分かる。複数のアプリを活用しながら作品を仕上げることになるが、この作業は全てiPhoneの中。筆者は本当にごくわずかの経験しかないが、まるで暗室の中での現像作業のようだ。指先のタッチ操作で、しかし真剣に写真と向き合って行っている、そんな表情が伝わってくるようだ。
三井氏にiPhoneを道具として見た際のメリットを聞くと、「直感的」「スピード感」「ウェアラブルなところ」の3点を挙げた。ポケットから取り出して写真を撮ることが作品作りにつながっていると思うと、また違った気持ちで、iPhoneのシャッターを切るようになりそうだ。
iPhoneのカメラにフォーカスして、iPhoneが作り出した新たな文化について考えてきた。日常、肌身離さず持ち歩いている道具が、クリエイティブ力を直感的に作り出してくれる。人々が気負いをせずに、何気なく触れられることで、写真の文化そのものも変化してきているようだ。
次はビデオか、それとも位置情報を活用した街の景色か。iPhoneが変える日常の候補を考えてみるのも面白い。
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