この連載では、シンガポール在住のライターが東南アジア域内で注目を集めるスタートアップ企業を現地で取材。企業の姿を通して、東南アジアにおけるIT市場の今を伝える。
今回紹介するのは、iOS向けの株式投資シミュレーションアプリ「TradeHero」だ。同アプリを運営するMyHero Limitedは、コンシューマ向けのネット事業を手掛けるシンガポールの新興企業が行ったシリーズAラウンド資金調達としては過去最大級である、1000万ドルの資金調達を9月に実施したばかりである。
TradeHeroは、ニューヨーク証券取引所やNASDAQなど、世界の主要な株式市場の情報をリアルタイムに取り込む。その情報をもとにユーザーが投資のシミュレーションをして、初心者と経験者のトレーダーがノウハウを共有する場になっている。アプリは75カ国のApp Store ファイナンス部門で1位になり、114カ国で10位入りを果たした。2012年12月のサービス開始以来、獲得したユーザーは200以上の国・地域で28万人にのぼる。
TradeHeroの革新性は、投資シミュレーションに「ゲーム性」と「ソーシャル性」を織り交ぜたことだ。資金を提供したIPV Capitalのアレックス・バン氏は、これらの要素が金融界からゲーマーまで垣根を越えて人気を得た理由と評する。
アプリをダウンロードすると、ユーザーには10万ドルの仮想通貨が与えられる。それを原資として、アプリで公開されている各銘柄の株価情報や、金融ニュースなどを材料に投資判断をする。アプリ上では収益に応じたユーザーランキングが公開され、凌ぎを削り合う。もし原資が割れてしまった場合には、仮想通貨を補充するか、それまでの行動履歴を削除するために課金する。これが、TradeHeroが提供する「ゲーム性」であり、同社にとっての収益源である。
ユーザーは自分のシミュレーションから投資のノウハウを学ぶことができる。アプリでは、自分が過去に完了させた取引(Closed Positions)と、現在進行中の取引(Open Positions)の情報、株式を購入した銘柄の株価推移が可視化される。ノウハウを学ぶ方法はこれだけではない。TradeHeroにはSNSにある「フォロー」という概念があり、ほかの優秀なトレーダー(ユーザー)の投資活動を追うことができる。フォローするには1人につき、月額1.99ドルを支払わなければならない。
通常、現実世界で投資活動が行われる場合にはOpen Positionsが明らかになることはない。株式市場における競争の中で、それは投資家にとって戦略そのものであり、手の内を明かすことになるからだ。しかしフォローすれば、これをリアルタイムで知ることができる。フォローしていたトレーダーが新たに株式を売買すると瞬時にプッシュ通知が飛び、その内容を知ることができる。Closed Positions、つまり投資活動の結果を知るだけでなく、なぜそのタイミングで、その銘柄を買ったのかという意図を考え、ノウハウを盗むことがスキルの上達につながるのだ。
フォローされているユーザーには、月額1.99ドルのうち半額が支払われる。最も多いときには3000人にフォローされているユーザーもいたそうだ。優秀なトレーダーからノウハウを学び、自分がフォローされ収益を得る側になる。そうした好循環も生まれる仕組みなのだ。
TradeHeroのCo-Founder 兼 CEOのDinesh Bhatia氏は、自身も株取引で失敗した経験があるという。この経験とCGMやクラウドというトレンドを掛け合わせアイデアが生まれたそうだ。現在はタイ(ユーザー比率13~16%)、シンガポール(10~12%)、インド(6%程度)のユーザーが多いという。資金調達後の計画としては、まずはAndroid OS向けのアプリ開発が進行中。次に、アジア各国でのアプリのローカライズ、マーケティングを予定しているという。
Dinesh氏は「中国では1億7000万の証券口座の半分でオンライン取引が行われている。TradeHeroはアジアの投資家に大いに貢献できる」と、今後のさらなる事業拡大に向けて意気込んだ。
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