シンガポール起業家を育成する「NUS Enterprise」のエコシステム--最初から世界展開を視野に

 この連載では、シンガポール在住のライターが東南アジア域内で注目を集めるスタートアップ企業を現地で取材。企業の姿を通して、東南アジアにおけるIT市場の今を伝える。

 今回は、これまで取り上げてきたスタートアップ企業を支援する、シンガポール国立大学(NUS)が運営するインキュベーション事業「NUS Enterprise」を紹介する。

シリコンバレーなど8都市、世界中でインターンシップの機会

  • NUS EnterpriseのCEO Dr. Lily Chan.氏

 NUS Enterpriseは2002年に設立され、これまで100~150社のスタートアップ企業を輩出してきた。この事業はいわゆる“学部”ではない。そのため、同事業が提供するプログラムを修了したからといって学位を取得できるわけではないが、同校とは密に連携し、さまざまなリソースを活用して起業家を目指す学生を支援している。必ずしもNUSの学生や出身者である必要はない。NUSと所縁のない人でも、審査を通過すれば参加することができる。

 NUS Enterpriseのビジョンは、シンガポールの若い起業家を育成するエコシステムを構築すること。グローバル規模で競争力のあるビジネスに挑戦したいというカルチャーを持った若い才能が、政府による支援ポリシーや、ファイナンス、テクノロジに関するスキル、そしてビジネスを成功に導くために必要なマーケットとのパイプを獲得できるように、すでに成功している起業家やメンター、投資家などと出会える機会を提供している。

 NUS Enterpriseのフラッグシップ的なプログラムが「NUS Overseas Colleges Programme(NOC)」だ。卒業前のNUSの学生は、希望すれば審査を経て、同校が提携する海外の企業でインターンシップを経験できる。行き先は、シリコンバレー、フィラデルフィア、北京、上海、ストックホルム、インド、イスラエル、そしてシンガポール国内。特にITビジネスに挑戦したい起業家の卵たちにとってはこれ以上ない機会だろう。

  • シリコンバレーでのインターンシップ参加者

  • インドでのインターンシップ参加者

  • スタンフォード大学でパートタイム制の授業を受講するプログラム参加者

 さらに、インターンシップに参加しながら、行き先にある提携大学でパートタイム制の授業を受講することができる。NUS EnterpriseはこのNOCプログラムを通じて、毎年150~200人ほどの学生を海外に派遣。戻ってきた学生の中には、そこで知り合った仲間とビジネスを始める場合もあり、参加者の約20%が起業をするのだという。前回紹介した食のクチコミサービス「Burpple」のCo-founderもそんな一人だ。逆に言えば、残りの80%はなんらかの理由で起業家以外の道を選択しているということになる。

 今のところ、日本でこのプログラムに参加している企業はないようだ。シンガポールの優秀かつ起業家精神を持った若者を受け入れたい企業は、NUS Enterpriseにコンタクトを取ってみるのもいいだろう。

オフィス、住居、資金--修了までの手厚い育成プロセス

 スタートアップ企業の資産に関わるより直接的な支援としては、「Plug-In@Blk71」と呼ばれるオフィススペースの提供と、資金調達のためのプログラムがある。

 Plug-In@Blk71はNUSからもほど近い場所にある、一棟まるごとスタートアップ企業が集まるオフィスビルだ。アジア最大の携帯電話事業者であるシンガポール・テレコム(SingTel)と共同で運営しており、ホットデスクと呼ばれる2~3人規模の企業向けのコワーキングスペース、10人規模の企業向けのシェアオフィス、一企業専有のオフィスなどで構成される。最大1年間の期限、また契約途中の審査付きで、無償で利用している企業もいる。

 Plug-In@Blk71以外にも、NUS周辺にはさまざまな形態のスペースが起業家に提供されている。「NEI@FOE」は主にテクノロジ関連の企業に貸し与えられる一戸建てのバンガロー。シェアハウスのように、部屋ごとに企業が借りて仕事をしている。「N-House」は起業家向けの居住スペースマンション。ここには現在、約90人が入居しているという。Plug-In@Blk71やNEI@FOEは徒歩圏だ。

  • 「Plug-In@Blk71」の外観

  • ホットデスクと呼ばれるコワーキングスペース

  • 「N-House」は共有スペースが設けられており、入居する起業家同士が交流を深めている

 資金調達のためのプログラムは適宜、3段階で行われている。1段階目は事業開始前。起業家が持つアイデアの事業価値を判断し、最大で5万5000シンガポールドルの支援を受けられる。2段階目は事業開始後。メンターによる戦略や事業運営に関する指導を受けながら事業を育成し、さらなる推進のために最大で5万シンガポールドルの支援を受けられる。3段階目はNUS Enterpriseプログラムの修了時。最大で50万シンガポールドルの支援を受けられる。

 このようにNUSを中心とした、起業家、メンター、投資家という3者がそろったコミュニティによる支援を通じて、スタートアップ企業は約1~2年間のプログラムを修了。その期間も含め、2~5年でイグジットを目指す企業が多いという。

  • 起業家が支援するメンターにプレゼンテーションする様子。写真左に写っているのは「Burpple」のco-founderの1人であるDixon Chan氏

 Global University Entrepreneurial Spirit Students’ Survey(GUESS)が2012年に実施した調査によると、79.8%のシンガポールの学生が起業に関心を持っており、さらに37.5%の学生が国際的に展開するビジネスの運営にも関心があるという。

 シンガポール人起業家の特徴について、取材を受けてくれたNUS EnterpriseのCEO Dr. Lily Chan.氏は「シンガポールは国土が小さいため、初めから東南アジア全域、もしくはグローバル規模を見据える起業家が多い。また、ほとんどのシンガポール人が英語、マンダリン語(中国語)を話せるため、海外展開を行う際のアドバンテージになる」という。

 さらに、「今は、ウェブ、インタラクティブの分野がこちらでは盛り上がっているが、今後はエンジニアリング、マテリアル、医療の分野が注目されるだろう。東南アジアでビジネスを展開したい日系企業は、まずはシンガポールに拠点を置き、この地域について理解を深めることを強く薦めたい。パートナーシップを組むことも、もちろんウェルカムだ」(同氏)とメッセージをくれた。

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