不安のその3は、「品ぞろえ」だ。「Kindle Previewer」から見られる「Kindle出版ガイドライン」を読むと、推奨フォーマットとしてEPUB、HTMLなどが挙げられている。HTMLで電子書籍をハンドリングしている出版社は少ないと思われるので、入稿のためのフォーマットは、事実上EPUBということだろう。
しかし、縦書き、ルビ、禁則など日本語独特の組版に対応したEPUB3(2011年10月に策定・発表)で作られた電子書籍は、.book、XMDFなど、それまで標準的に使われていたフォーマットのコンテンツと比べて数が少ない。
7月2日、日本市場に進出したKoboは、アグリゲーションに際して、EPUBファイルのみというポリシーを採用したため、コンテンツの少なさに悩まされている。オープン当初は無料コンテンツを除くと実質1万点弱だった。
その後、親会社である楽天の三木谷浩史社長は、『東洋経済』のインタビューに対して、7月中には3万点、8月中には6万点、年末までに20万点をそろえると明言したが、10月現在で無料の青空文庫1万点、ギターのタブ譜やウィキペディアの著者情報など、本とは呼びにくいもの約2万点を含めて、ようやく6万点に到達したところだ。
ネット上では楽天の「公約違反」を非難する声がよく聞かれる。確かに「約束を違えた」という点ではその通りだが、日本語によるEPUB3書籍の制作は、楽天(Kobo)がアグリゲーションを始めるまで事実上されていなかったこと、またEPUB3の制作ワークフローについては、いまだにベストプラクティスが確立されておらず、手探りで作っている面も大きいことを考えると、「よくここまでこぎつけた」と評することも可能だ。
さて、Kindleが入稿フォーマットとしてEPUBを採用しているということは、KoboによるEPUBアグリゲーションの苦戦が、そのままKindleでも再現される、ということを意味する。既存フォーマットからの一括自動変換など、何らかの特殊な手段を講じない限り、日本版Kindle StoreもKoboと同じく、数万点程度でスタートする可能性が高い。
Amazon Kindleの米国向けサービスは2007年の第一世代Kindleの時でさえ約9万点、その後急速に増えて、現在は137万点を超える品ぞろえとなっている。リアル書店では、一般的な100坪程度の店でも5、6万点を並べて売っていると言われる。だとすると日本版Kindleは、Kobo同様、「市中の中規模本屋さん」レベルでスタートすることになる。
もしそうなった場合、長年待ち望まれてきたサービスの日本上陸のあり方としては、ややさみしい情景となりそうだ。
以上、Kindle日本上陸を間近に控えて、日本の電子書籍市場発展の見地から、懸念される3点をまとめてみた。
もう一度繰り返すと、(1)端末の内部ストレージ容量の少なさ、(2)ビューワの表示品質、(3)品ぞろえ、の3つだ。どれも高品質の電子書籍サービスにとっては重要な要素であり、Amazonは米国でのサービスにおいてはすべてクリアした状態でサービスを展開している。
(1)についていえば、テキストが主体の米国の電子書籍は、Kindle内蔵ストレージだけでも、十分多数の本を持って歩ける。Kindleには「アーカイブ」機能があることも大きい。「アーカイブ」機能により、しばらく読まなかった本はKindle本体からは削除され、書名だけが「アーカイブ」フォルダ内で確認できる状態になる。
読みたいときに「アーカイブ」フォルダ内の書名をクリックすればダウンロードされ、再度読書できる仕組みだ。つまり「書棚の整理整頓」が自動的に実行されるので、「書棚がいっぱいで本が入らない」という状態は事実上ない。「アーカイブ」機能はテキスト主体でデータ量の少ない英語の書籍では極めてうまくワークしている。しかしこの機能が、データ量の大きいコミックでうまく働くかは今のところ不明だ。
(2)についていえば、ビューワの表示がエミュレーターと同じと仮定すると、かなり手を入れないと水準に達することができない、と思われる。
ましてや米国でKindleの熱烈なファンとなっている「熱心な読者(avid readers)」に相当する、日本の本好きの支持を得ることはできないだろう。
日本の出版物の品質は、世界的に見ても非常に高い。そうした印刷物に慣れた本好きの心をつかめなければ、日本市場での成功の前途に暗雲が立ち込めることともなろう。
(3)については早期に10万点を超えないと、わざわざ専用端末を買ってまで電子書籍を利用するメリットが出ない。早い時期に点数を増やすためには、出版社との強固な協力体制を構築するとともに、自己出版プラットフォーム「Kindle Digital Publishing」の日本での展開を早めることも一法だろう。実際、Koboも、日本の自己出版プラットフォーム「パブー」のコンテンツを取り込み、提供書籍点数を増やした。
AmazonのKindleは、既存の出版システムへの脅威であり「黒船」とみなす声も聞かれることも多かった。しかしここまで触れてきたように、革新的なアイデアを採用することで、米国においても何度も失敗してきた電子書籍ビジネスを離陸させた功績は大きい。日本への上陸により、Kobo、Sony Readerなどのライバルとの間にサービス競争が起きれば、電子書籍サービスの水準は全体として上がり、それは消費者(読者)の利益になる。
最悪のシナリオは、米国よりはるかに低い水準でのサービスを展開し、「なんだ電子書籍とはこんなものか」というイメージが定着してしまうパターンだ。
そうしたシナリオが実現しないことを望みたい。
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