絵文字が開いてしまった「パンドラの箱」第7回--そして舞台はダブリンから東京へ - (page 2)

商用ロゴを含んでいたGoogle・Apple提案

 次は「絵文字互換用文字」(66文字)。これがどのような文字なのか、実際にGoogle・Apple提案を見てみましょう。

 四角い点線の中に「EC」の文字と数字があるだけで、何を意味するのかさっぱり分かりません。この点線は「Dashed Box」(点線の箱)といって、スペース(空白)など不可視の文字や、一部の特殊な振る舞いをする文字など、性質上その形を正確に表せない文字に使われる便宜的な表示法です(Unicode 5.2.0, p.527(PDF)。これを拡大解釈して、形を明らかにすると問題が出る文字の「覆面」にしたわけです。その正体は『Emoji Symbols: Background Data)』(図2〜7で使ったのと同名の別資料)という資料を見ると分かります。

  • 図4 絵文字互換用文字(一部)。水色とはNTTドコモ、ピンクはKDDI、緑はソフトバンクモバイルを原規格とする文字。(出典:『Emoji Symbols: Background Data』)

 つまり、キャリア3社が作ってきたサービスロゴの類なのです。しかし、それだけではありません。なぜかこの資料にある「Emoji compatibility symbols」の中には、文字の形が空白になっているものがあります。それを独自に調べて追加したのが以下の表です。といっても、この資料にある符号位置をGmailで送信し取得しただけ。興味深いことに、Gmailではこれらの文字が使えるのですね。

図5 絵文字互換用文字(詳細)。 図5 絵文字互換用文字(詳細)。(※画像をクリックすると拡大します)

 内容を見ると、キャリア3社以外が作ったチケットぴあ関連や、ソフトバンクモバイルの前身であるJフォン関連のロゴなどがあります。これら商用ロゴは、企業が商標登録していたり、企業の著作物だったりするので、ロゴそのものの掲載は避けざるを得ません。そこで「Dashed Box」を使い、「Emoji Compatibility Symbols」という文字の名前にしたのです。

 しかしどのような形であれ、商用ロゴが文字コードに収録された例を知りません。規格化が終わり、実装が始まってから権利が主張されたりすれば、大変な混乱がおきます。かつて広く使われていた画像フォーマットGIF形式について、UNISYS社が1990年代中盤にそこで使われていた圧縮技術の特許権を主張したことがあります。その結果GIFファイルそのものが使われなくなりました。Google・Apple提案にある商用ロゴを収録して、同じ事態がおこらない保証はあるのでしょうか?

 もちろん元々の提案者であるGoogleも、これらの文字が無理筋であることは十分自覚していたはずです。たとえばWG 2のサイトで公開されている『Support Statements from KDDI/AU, SoftBank, and NTT docomo(PDF)』(N3619)を見てください。これはダブリン会議直前に公表された日本のキャリア3社の声明書。Googleはキャリアに依頼して、絵文字収録を歓迎していること、そして今後絵文字を拡張する予定はないので、これが安定したレパートリであることを表明してもらったのです。そのなかで、NTTドコモは商用ロゴに関して以下のようなコメントをしています。これはGoogleによる英訳が絶妙なので、そちらも引用しておきましょう。

権利物の取り扱いは、COMPATIBILITY SYMBOLを定義することで回避とのことも承知しました。

We also acknowledge that service logos and trademarked items are handled as COMPATIBILITY SYMBOLs to avoid issues.(引用者訳:我々はまた、サービス・ロゴ及び商標登録されたものが、問題を回避するため互換用記号として取り扱われることを承認します)(同文書 pp.5-6)

 つまりGoogle・Appleは、日本のキャリアがこれだけ絵文字収録を歓迎している。だから商用ロゴを収録しても問題は起きないと言いたかったのでしょう。

 一方で、この難物をアイルランド・ドイツはどのように変更したのかというと、文字の形も名前も変更していません。Google・Apple提案では「追加多言語面」という場所に配置されていたのを「追加特殊用途面」という非常に特殊な文字ばかりを集めた場所に移動させたぐらいです。おそらくこれらの文字はあまりに不適切で、デザインや文字名を変えた程度ではどうにもならないということなのでしょう。その代わり提案書の本文で「これらは符号化を許されない文字の“密かな符号化”だ」と強く非難しています(Towards an encoding of symbol characters used as emoji(PDF) p.4)。一応は提案書に盛り込んだけれど、できれば否認に持ち込みたい意図が透けます。

 それでは、Emojiアドホック会議ではどのような判断が下ったのでしょうか。じつは何も判断は下されませんでした。というのも、アメリカNBが、審議の途中でこれらの文字の提案を取り下げてしまったからです。いったい何があったのか? 手がかりが1つあります。この連載の第2回で、関係各社へのアンケート結果を掲載したのを覚えているでしょうか。その中で「絵文字符号化の最大の障壁は?」という問いに対し、Googleは以下のように回答しています。

ごく少数の商用のロゴなどを除いて、現在文字コードでデータ交換をしている絵文字の全てを符号化して、実際に使えるセットを作り上げることが最も大きな障壁です。(以下略。下線は引用者)

 回答の日付はダブリン会議に先立つこと3カ月前の2009年1月22日。つまり、この時点でGoogleは商用ロゴを提案するつもりはなかったと読めます。もしかしたらGoogle・Apple以外のアメリカNBメンバーが、なんらかの理由で商用ロゴの収録を後押ししたのではないでしょうか。しかし実際の審議に入るとやはり旗色は悪そうだ。そこで自分から取り下げたということなのかもしれません。

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