そうした想像は他の文字の審議結果に目を転じると、ますます真実味を帯びてきます。次の図をご覧ください。これはアイルランド・ドイツ提案の「交通標識地図用記号」(Transport and Map Symbols)、ブロック中の「乗り物」(Vehicles)が、元のGoogle・Apple提案をどのように変更したものなのか、そしてEmojiアドホック会議の結果はどうなったのかを一覧したものです。
ここでは赤い背景の文字を除き、全てが受諾されています。しかし、よく見ていくと多くの疑問が出ます。「BUS」や「TAXI」が交通標識や地図用記号に必要なのは分かりますが、なぜ横向きと正面の2つが必要なのでしょう。なぜ「AMBULANCE」(救急車)や「FIRE ENGINE」(消防車)は横向きしかないのでしょう。他にも鉄道と自動車は異様に細分化されていたのに船はたった3種類とか、絵文字の恣意性を槍玉にあげていた人達が作ったとは思えない恣意的なレパートリになっています。
こうした追加提案をそっくり受け入れた寛大な判断の裏に、アメリカNB/Unicodeコンソーシアムの「配慮」を見るのも、あながち間違いではないように思えます。では、なぜそこまでアイルランド・ドイツに配慮しなくてはならなかったのか?
それはEmojiアドホック会議の冒頭に、コンスタブル議長が述べたスケジュールから明らかと思います。Unicodeコンソーシアムは絵文字を一刻も早く標準化して実装できるようにしたいのです。前述したように、Google・Apple提案の至上命題は日本の携帯電話との互換性確保です。その原則に違反しない限り、多少のことには目をつぶっても合意を急ごうとしたのではないでしょうか。
実際の話、Unicodeは16ビット(6万5536文字)などと言っていたのも今は昔、今や全体で25万字に迫ろうかという大規模セットです。これだけ大量に符号化されていれば、少しは怪しい文字も紛れ込むでしょう。なんらかの規格と対応した文字ならともかく、孤立した文字に互換性の問題はおこりません。根拠や用途に多少疑問があっても大したことはない――こう言うと皮肉にすぎるでしょうか?
こうしてEmojiアドホック会議は、議長が後回しにした「議論の余地のあるもの」を残すのみになりました。いよいよ審議は大詰め。ここまで主としてアメリカNBの妥協と配慮によって進められてきた会議は、一転して両者の主張が激突、双方がゆずらない膠着状態に陥るのです。
1959年生まれ、和光大学人文学部中退。
2000年よりJIS X 0213の規格制定とその影響を描いた『文字の海、ビットの舟』を「INTERNET Watch」(インプレス)にて連載、文字とコンピュータのフリーライターとして活動をはじめる。Twitter IDは@ogwata。ブログ「もじのなまえ」も更新中。
主要な著書:
『活字印刷の文化史』(共著、勉誠出版、2009年)
『論集 文字―新常用漢字を問う―』(共著、勉誠出版、2009年)
主要な発表:
2007年『UCSにおける甲骨文字収録の意義と問題点』(東洋学へのコンピュータ利用第18回研究セミナー)
2008年『「正字」における束縛の諸相』(キャラクター・身体・コミュニティ―第2回人文情報学シンポジウム)
2009年『大日本印刷における表外漢字の変遷』(第2回ワークショップ: 文字 ―文字の規範―)。
近況:
絵文字のISO/IEC 10646(Unicode)提案について、以下のシンポジウムにて発表予定。
第4回ワークショップ:文字―言語生活のなかの文字―/第1回研究会
日時 2010年1月30日(土)
場所 国立国語研究所 多目的室
演題 「言語生活から見た絵文字のUnicode提案」(16:00-16:40)
入場無料
参加の事前登録などはありません。直接会場へお越しください。
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