以上は、NTTドコモについて書き足した冒頭の部分を除き、第1回の掲載前に書きました。あちこち直した部分はありますが、基本的には第1回に寄せられた大量のトラックバックを見る前に書いたものです。自分の書いた原稿を喜んでくれるのを見るのはよいものですね。改めて読んでくださった皆さんにお礼を言いたいと思います。
ただ、皆さんの反応を読んですこし気になることがありました。それは主要キャリアの行動のみならず、日本という国に対して、いささか自虐的な感想が目立つように思えたことです。同時にこれは、最近よく目にする報道の論調と軌を一にするものでもあります。
個人的には、普段なるべく愛国とか民族という言葉から遠ざかりたいと考えるような人間ですが、それでも自分の生まれた社会や育った文化は、なるべく正確に理解したいと思っています。そうした者からすると、果たして日本という国はそんなに卑下されるようなものなのか、疑問を感じないではありません。
なによりも、やはり自分の書いた原稿を読んで元気をなくすより、前向きになってくれた方が何倍もうれしいものです。そこでオマケとして、文字コードの国際標準化において、日本がどんな役割を果たしているのかを書き足したいと思います。これはたくさんのトラックバックをいただいた、ささやかなお礼でもあります。
本文では「不思議なまでの巨大な権能」をもつ存在としてUTC、およびL2委員会を説明しました。ただし、いくら「魔法の杖」を持っていても限りはあります。どんな世界でもバランス・オブ・パワーというものが働くからです。UnicodeはISO/IEC 10646と同期することで大きなメリットを得たのは前述したとおりですが、同時にそうすることでUnicodeが自分勝手にISO/IEC 10646が呑めないような字を収録するような行動が封じられています。SC2に愛想づかしされるような事態は、Unicode自身の魅力を半減させるからです。世の中うまくできていますね。
さて、そこで日本の役割ですが、日本は1960年代からSC2に加わり、国際的な文字コード規格の審議に積極的に参加してきました。もしかしたら意外に思われるかもしれませんが、文字コードの国際標準では日本の貢献はきわめて大きいのです。
たとえば本文ではISO/IEC 10646の実際の審議を行うのはSC2の下部機関、WG2であり、その幹事国は米国、そして委員長はUnicodeの技術部長が務めていると書きました。つまり実質的な審議の采配をとっているのは米国=Unicodeコンソーシアムなのですが、その上司にあたるSC2議長は以前から日本が議席を握っているのです。国際機関は官僚の世界ですから、組織の上下関係は厳密です。いくらWG2委員長がUnicodeコンソーシアムでは偉くても、SC2議長の意向を無視することはできません。
現在のSC2議長は小林龍生氏(ジャストシステムデジタル文化研究所所長)です。彼は日本ナショナルボディの一員として1990年代からISO/IEC 10646の審議に加わり、2004年から現在の職にあります。しかしそれ以前にジャストシステムがUnicodeコンソーシアムの正式会員になったのにともない、UTCに参加してきたのです。本文でも引用した「Unicode Directors, Officers and Staff」のページをもう一度見てください。「Board of Directors」(役員)の項目に小林氏の名前が見えます。つまり彼はSC2議長と同時に、Unicodeコンソーシアムの上級職にもあるわけです。
ジャストシステムは2008年一杯でUnicodeコンソーシアムを退会したようですが、このページを見ると小林氏はまだ役員の職に留まっているようです。SC2議長がUnicodeコンソーシアムの役員を兼任していることから、結局はこの人も「Unicode帝国」の一員じゃないかと言う人もいるかもしれませんが、それは意地が悪すぎるでしょう。小林氏は国際標準化活動に参加するなかで書いた文章を、自身のウェブページで公開しています。なかでも「国際符号化文字集合多言語環境への試み」などを読むと、むしろこの人は非漢字圏の人々の中にあって、少しでも日本やアジアの立場を反映させようと努力してきたのだとわかります。
オマケのつもりがだいぶ長くなってしまいました。最後に1つだけ。小林氏のSC2議長就任が2004年からということは前述しましたが、議長職は1期3年で2期まで、つまり今年で任期が切れるのです。SC2総会は今年10月に徳島で開催され、そこで新議長が選任されるはずです。日本としては当然次期の議長も獲得するつもりで、きっと経済産業省を中心に後任の選考や各国への根回しは始まっていると思われます。
Unicodeコンソーシアムの力が非常に大きい文字コードの世界にあって、SC2議長が日本人である意味は決して少なくありません。はたして日本は引き続き議長を送り込めることができるのか、これはもう少し注目されても良いことだと思うのですが、皆さんはどのように考えるでしょうか。
1959年生まれ、和光大学人文学部中退。
2000年よりJIS X 0213の規格制定とその影響を描いた『文字の海、ビットの舟』を「INTERNET Watch」(インプレス)にて連載、文字とコンピュータのフリーライターとして活動をはじめる。ブログ「もじのなまえ」も更新中。
主要な著書:
『活字印刷の文化史』(共著、勉誠出版、2009年)
『論集 文字―新常用漢字を問う―』(共著、勉誠出版、2009年)
主要な発表:
2007年『UCSにおける甲骨文字収録の意義と問題点』(東洋学へのコンピュータ利用第18回研究セミナー)
2008年『「正字」における束縛の諸相』(キャラクター・身体・コミュニティ―第2回人文情報学シンポジウム)
2009年『大日本印刷における表外漢字の変遷』(第2回ワークショップ: 文字 ―文字の規範―)。
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