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絵文字が開いてしまった「パンドラの箱」第2回--Googleの開けてしまった箱の中味 - (page 3)

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UnicodeがWTO加盟国に普及する強制力をもつ理由

 Unicodeは公的な組織が定めるデジュール規格であるISO/IEC 10646と同期することになっています。一方が文字を追加すれば、他方もなるべく早く同じ文字を追加することになっており、2つの規格は互いの足りないところを補い合う一心同体の関係にあります。WTO/TBT協定によれば、WTO加盟国が国内規格を制定する際には、ISOなどの国際規格に基づくことが求められ、それに反した場合は非関税障壁と見なされます。ISO/IEC 10646はこの協定でいう国際規格に当たります。こうしてデファクト規格にすぎないUnicodeは、ISO/IEC 10646と同期することにより、広くWTO加盟国に普及する強制力をもつまでになったのです。まるで手品のような話ですね。

 ISO/IEC 10646は、ISO(国際標準化機構)とIEC(国際電気標準会議)の合同委員会の下に置かれるSC2(Sub Committee 2/第2専門委員会)で審議されます。この委員会には世界中の参加国から代表団(以下、ナショナルボディ)が派遣されます。米国の場合は情報通信分野の標準化団体INCITS(InterNational Committee for Information Technology Standards)の下部組織、L2委員会がその任に当たっているのですが、じつはそのメンバーは委員長・副委員長を含め、ほとんどをUnicodeコンソーシアムの正式会員が占めています。そしてUTCの議事録のどれか1つでも見れば明らかなように、L2委員会はUTCと合同で開催されます(図1)。そして、ウェブ上を検索する限りL2委員会は単独では開催されていません。つまりL2委員会とUTCは一体化しているわけです。

図1 UnicodeのサイトでUTC議事録として公開されている文書のタイトル部分。L2委員会との合同会議であることが示されている 図1 UnicodeのサイトでUTC議事録として公開されている文書のタイトル部分。L2委員会との合同会議であることが示されている(出典: Approved Minutes of the UTC 117 / L2 214 Joint Meeting、2009年)(※画像をクリックすると拡大します)

●政治手腕が問われる文字コードの国際審議

 ここには明白な矛盾があります。なぜならUnicodeコンソーシアムは米国国内の組織ではなく、ドイツのSAP AG、フィンランドのノキア、あるいはインド政府、パキスタン政府が参加していることからもわかるとおり、特定の国家の利益を代表する組織ではないはずだからです。

 通常、SC2の各ナショナルボディは自分の国の利益を背負って審議に臨みます。たとえば2000年に北朝鮮が「金日成」「金正日」を意味するハングルの並びを提案した例を挙げておきましょう(図2)。この時、北朝鮮ナショナルボディは国の利益どころか自らのクビをかけて審議に出席していたはずです。

図2 2000年に北朝鮮ナショナルボディから提案された「金日成」「金正日」を意味するハングルの並び。残念ながら(?)これらの提案は取り下げられたが、それ以外の文字は提案された符号位置のとおりに承認、収録されている 図2 2000年に北朝鮮ナショナルボディから提案された「金日成」「金正日」を意味するハングルの並び。残念ながら(?)これらの提案は取り下げられたが、それ以外の文字は提案された符号位置のとおりに承認、収録されている(出典: Proposal for the Addition of 82 Symbols to ISO/IEC 10646-1:2000、朝鮮民主主義人民共和国標準化委員会、2000年、p.6)(※画像をクリックすると拡大します)

 ちょっと極端すぎますか。では日本はどうでしょう。一昨年発売されたWindows Vistaの売りの1つに、文字セットの大幅拡張がありました。これによってWindows XPまでは無理だった最新の人名用漢字が全部書けたり、丸付き数字やローマ数字、ハートマークを公的な標準にもとづいた符号位置で使うことができるようになったのです。これはJIS X 0213という最新のJIS文字コード規格をサポートしたおかげです。

 しかしWindows Vistaでこれらの文字を使うためには、まずJIS X 0213の文字すべてがISO/IEC 10646(=Unicode)と対応づけられている必要がありました。Windows Vistaが実装する文字コード規格はUnicodeだからです。これについてはISO/IEC 10646では2003年版、Unicodeでは2002年版で、今までなかったJIS X 0213の文字は収録を完了しています。

 もちろんこれらの新しい文字をISO/IEC 10646に提案したのは日本ナショナルボディ(情報規格調査会)です。1999年のことでした。ところが当時、SC2で合意されていたスケジュールから言えば、新しい漢字に関しては「CJK統合漢字拡張C」という審議が始まったばかりの領域に配置されることになり、提案しても実際に収録されるのはうんと先、具体的に言うと今からほんの数ヵ月前に発行されたばかりのISO/IEC 10646追補5まで待たされるはずでした。(このページから『ISO/IEC 10646:2003/Amd.5:2008(E)』をクリックすると規格書が無料入手できます)それを覆して5〜6年も早く収録できたのは、日本ナショナルボディの恐ろしく老獪な政治手腕があったからです。

 通常、新しく収録したい文字は規定の書式に従った文書によって提案されますが、約300字あったJIS X 0213の新しい漢字の提案書は、現在いくらサイトを探しても見つかりません(現在残されているのは仮名や記号類、それに互換漢字とよばれる特殊な属性をもつ漢字の提案書だけです)。当時最終投票の真っ最中だった「CJK統合漢字拡張B」という領域に無理矢理紛れ込ませたからです。このように、日本ナショナルボディは日本の国益を代表して狡猾に立ち回り、そして私たちは今、実際にその恩恵をうけているわけです(本当は他にもJIS X 0213の国際提案にはおもしろい話が山ほどあるのですが、またの機会にしましょう)。

 このようにSC2における各国ナショナルボディの行動は、自国の利益と密接に結びついています。というよりナショナルボディとは、自国の利益しか代表しないのが常識でしょう。ところが米国のL2委員会だけは違いますね。ISO/IEC 10646と同期を保証されたUnicodeという規格そのものを握っている。まるで米国だけが何でもできる魔法の杖を持っているみたいです。ダメ押しをしておくと、ISO/IEC 10646について直接の審議をするのは、SC2の下にあるWG2(WorkingGroup 2/第2作業部会)なのですが、その幹事国(事務局)はL2委員会なのです。そしてWG2の委員長であるマイク・クサール氏は、同時にUnicodeコンソーシアムの技術部長です。

 と、このように書くと何かUnicodeコンソーシアムとは世界征服を目論む陰謀組織であるかのように思われるかもしれません。ところがおもしろいのは、これらの事実は少しも隠されていないということなのです。ここまでUnicodeについて書いたことは、すべて公開された誰でも入手可能な情報にもとづいています。このようにオープンにしている組織が陰謀をたくらんでも筒抜けですね。つまり、彼等は自分達がやっていることに無自覚な「天然」な人々であるようです。ここでは深追いしませんが、これは米国という国の成り立ちや国民性と深い関係があるように思います。

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