対談:デジタル著作権ってどうなってるの?(後編) - (page 2)

成井:アカデミックではどういう議論があるのですか? ビジネスの当事者としては法律は重要ではなく、技術とアイディアでどれだけ新しく大きなことができるかを考えているわけですが。

石井:新しい問題にまず直面するのは、学者よりもむしろ弁護士でしょう。弁護士は相談、依頼があれば動きます。アカデミックで議論されていない問題であっても、判断を下すことが求められます。裁判官が出てくるのは、訴訟になってからです。判例が出てきて、ようやく学者が出てくるということも少なくありません。

 もっとも、東京大学名誉教授の中山信弘先生は2007年に出された著作権法の概説書の前書きで、デジタル化あるいは情報化について「時代的背景を意識し、少しでもあるべき姿を追求した」と書かれており、デジタル化を強く意識した著作権法の解釈論を展開しています。デジタルコンテンツを巡る問題は、すでにアカデミックの議論に影響を及ぼしはじめていると言えます。

成井:フェアという考え方がありますね。

石井:フェアでありたいという気持ちは根源的なものだと思います。これはコンテンツオーナー側とユーザー側、双方にあるはずです。フェアプレイをどうやって社会として担保するか、理想的なDRMがあればどのコンテンツがどれだけ消費されたかが把握できて、著作者にしっかりとフィードバックすることができます。

 しかし、これは現在の技術では不可能、または多大なコストがかかります。結果として生DVDから補償金をとろうというような少し安易な方向に走ってしまいます。

 問題はこの間に大きなギャップがあることです。たとえば放送局とJASRACの関係も同様で、お金の集め方と配り方がフェアでないのではないか、または不透明であるなどと問題視する声があります。

成井:年金や税金と同じですね。とりやすいところからとって自分の都合で使ってしまう。最近高校や大学の文化祭での実演に対してまでJASRACが細かく課金するので新しい作品を演じることができなくなって、古典ばかりになってしまっているということを聞いたことがあります。困って生徒や学生が著作権者に直接会いに行って依頼すると100%許諾されるそうです。でも官僚的なJASARACにはこれが通じない。

石井:そのような話を聞くと、本当に著作権者のために行動しているのか、疑問に感じますね。著作権の問題のほとんどは理屈上は契約で処理できるのですが、そうでない部分もあります。

 たとえば絵画のオークションのためにインターネット上で写真を掲載することが著作権侵害になるのではないかと問題になったケースもあります。国税庁が差し押さえた絵画を売却しようとした際、文化庁からそのような指摘を受けたこともありました。

 現在は事実上黙認されているようなケースも少なくありませんが、それでも理屈上は、たとえば、気に入らないオークションに対してだけ訴訟を提起するということができてしまう。すでに売却された作品を、オークションで転売したいというだけなのに、著作権者の個人的な主観で気に入らない場合に拒否できる。これが著作権法の思想なのか疑問です。

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