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大詰めWinny公判が突きつけたソフトウェアの明日 - (page 2)

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 弁護団の主張は、終始一貫している。その訴えは、弁護団が結成された当初に発表した声明文に端的に示されている。

 「金子勇の逮捕および拘留について、弁護団は京都府警の強引なやり方に憤りを禁じ得ないものであります。(中略)WinnyはP2P型ファイル交換ソフトであり、特定のサーバに負担をかけることなく効率よくファイルを共有化するために開発されており、今後のネットワーク化社会にとって非常に有用なシステムであります。またファイル交換システムは広く用いられており、これらのソフトが違法視されたことはありません。アメリカでは適法とされた裁判例もあります。金子勇はWinnyを技術的検証として作成したに過ぎず、このソフトを悪用したものを幇助したとして罪に問われることは、明らかに警察権力の不当公使であります。今回の逮捕・勾留がクリエーターの研究活動に与える萎縮的効果は計り知れず、今後の日本におけるソフトウェアー開発環境を揺るがせるものですらあります」

 一方、検察側は金子被告が当初から著作権侵害を蔓延させようと考え、Winnyを開発・配布していたことを指摘した。前出の捜査官の証言に加え、2ちゃんねるの「47」名義での書き込みやウェブサイトで公開していた文書、姉や関係者とのメールのやりとりなどを証拠として提出したのである。

Winnyそのものの罪

 さて、私はこの公判のほとんど(一部、他の人にメモ取りを依頼した回はあったが)を傍聴し、弁護側と検察側の論争の一部始終を見てきた。公判では、大きく分ければ争点は2つあった。

 第一の争点は、Winnyというソフトウェア自体の意味である。検察側は、Winnyというソフトそのものについて著作権侵害を助長させるものだと追及した。2006年7月3日の論告で、検察官はこう述べている。

 「Winnyは機能に注目しても、著作権侵害を助長させるソフトである。匿名のまま送受信させる機能を持ち、送信者の特定を困難にする機能を有し、無限かつ加速度的に著作権侵害を拡散させている」

 そしてその「侵害助長機能」として、論告ではWinnyの以下のような機能が挙げられた。

  1. 中継者が自分が何のファイルを中継しているのかわからないなど、暗号化による高度な匿名性がある
  2. アップロードすればするほど同時にダウンロードできる数が増える機能によって、意識的にアップロードを増やさせた
  3. ノード同士の趣味嗜好が近ければつながりやすくなるというクラスター機能
  4. 人気の高いファイルを調べることができる被参照量閲覧機能
  5. 著作権侵害のファイル名を調べられる検索機能

 これに対して弁護側は、ソフトウェアそのものに侵害助長性があると考えること自体が問題であると反論した。ソフトに罪はなく、罪があるとすればそれはソフトを使った者の問題であるという論理である。初公判の際の弁論では、弁護側は次のように論じている。

 「検察側は、P2Pテクノロジに対する基本的な理解が欠如し、Winnyを著作権侵害のためのものと誤解しているのは明らかだ。今回の起訴は個人の思想に対する処罰を求めているようなものであり、しかもその思想に対しても歪曲して誤解している。思想で処罰しようというのは、ガリレオと同じではないか。技術の進歩は、止めようとしても止まるものではない。技術開発そのものを止めるのではなく、有効活用していく方法を考えるべきではないか」

異なる技術の機能と目的

 弁護側はこの考え方に沿って、村井純慶応大教授を証人申請した。証言台に立った村井教授は、検察官から「あなたはWinnyがどのような目的で使われていたと認識しているのですか?」と聞かれ、こう答えている。

 「利用の仕方はいろいろあるが、それは電話をどのように使うのかということと同じです。要するに、さまざまな目的で使われるようにすることがインフラの目的なのです。Winnyの利用者からどう利用しているのかを私は聞いたことはないので、わかりません」

 これこそはインターネットのエンド・トゥー・エンドの理想であり、村井教授の証言はその理想を体現したものと言える。しかしインターネットの現実を見れば、そのエンド・トゥー・エンドの理想は崩壊しつつあって、技術者同士の牧歌的なクローズドサークルだったころのネットの理想を語るだけでは、Winnyのようないま起きている事件の数々は解決できない。

 とはいえ私個人としての私見を述べれば、そうであってもソフトウェア自身に「犯罪助長性がある」「違法性がある」と断罪することに対しては、強い抵抗を感じる。機能と目的は見た目には不可分であるにしても、目的は最終的には機能から派出するものであって、機能が目的から派出するわけではない。限定された機能しか持っていないソフトウェアであっても、その利用目的は最終的には利用者に帰結するのだ。これは言ってみれば「刃物を作るのは殺人幇助か」という、今回の裁判に際してこれまでに何度となく耳にしてきた命題と同じことなのだが、「目的と機能は分離して考えるべきだ」という必要最低限の担保はどうしても必要ではないか。

 そうでなければ、目的と機能を同一に見られてしまえば、科学の進歩は停滞する。「原爆投下につながる」「クローン人間の創造につながる」と目的によって断罪されてしまえば、原子力開発やバイオテクノロジーという「機能」は存在できなくなってしまう。

 しかしそこには、もうひとつの問題もある。それは機能そのものではなく、その機能をリアルな世界に表出させる「意図」の問題だ。原子力開発やバイオテクノロジーという機能そのものには罪はない。しかしその機能を、犯罪や倫理にもとる行為、違法行為のために利用しよう(あるいは利用させよう)という「意図」が存在した場合、それは罪ではないのかどうか。つまり先ほどの「刃物」の例でいえば、「人を殺そうとしている殺人者の集団を目の前にして、彼らに『この刃物なら絶対にばれずに人を殺せる』と特殊な刃物を差し出す」という行為をとった場合はどうか。刃物そのものについては罪はないとしても、配布行為には問題はないのか。

 誤解しないでいただきたいが、私は金子被告を刃物の製造者や原爆製造者などにたとえようとしているのではない。その点については、あとで述べる。

 話を戻そう。公判での第二の争点は、いま私が書いたような金子被告の「意図」についての争いだった。

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