長引く不況の入り口で将来を見通すために - (page 3)

生活者自身がプラットフォーム

 メディア再編のストーリーで、従来とは異なるポイントがある。デジタル化などに伴う機能のアンバンドリングの結果、メディアやコンテンツ産業に本質的な変化が生じた。これまでは受け手でしかなかった生活者が、メディアの利用やコンテンツの消費だけではなく、その構築や生成へとコミュニケーション行動を通じて参画し、場合によっては主導する人も現われているからだ。

 生活者のコミュニケーションのネットワークが物理的な条件に縛られず、デジタルの軌跡として顕在化するようになり、それそのものがコンテンツとなってきている。結果、生活者とその活動そのものが、インフラやデバイスに組み込まれた情報処理や提供のプラットフォームとは異なる種類のプラットフォームとして機能するようになっている。それら生活者の自律的な、しかしながらあらかじめ設計されているとは言い難いネットワークと、良く考え抜かれて構築されたプラットフォームが対になって大きな価値を生み得るようになってきている。

 すなわち、これまでの提供者が一方的にデザインしたメディアやコンテンツを消費するのではなく、それらとの相互作用を繰り返しながら、生成と消費が入り組んだ関係の1つの状態がメディアといえるようになってきたからだ。そのため、設備型産業としてのメディア事業者は単に施設という物理的資産の保有でその地位を確立できたが、現在は生活者との関係性という目に見えず手で掴めない資産をも取り込まなければ、事業が成り立たなくなってきている。もちろん生活者は意図的にメディア産業の再編に直接的にかかわるものでないものの、ブランドなどにひもついた信用によって再編の結果の良し悪しを決定する重要な要素となっている。

境界線を越えて広がるメディア・コンテンツ

 まだ、生活者が先進国ほどメディア・コンテンツ産業と有機的な関係性を構築しきれていない中東や新興国では、全世界的な金融ネットワークに属する金融機関への表面的な影響は免れなかったものの、実体経済そのものの健全さや成長速度が負の慣性を打ち消しているおかげで、先進諸国とは異なる状況にいる。それは広告市場の成長ぶりを一見するだけでもわかる(「主要先進国と新興国の広告費の伸び予測」参照)。

 中東や新興国では依然としてマスメディアそのものの成長がデジタルメディアと並行して興っているため、成長のスピードが極めて大きなものとなっている。結果、それらは表面的には異なるメディアとして存在しているものの、それらを消費する生活者の頭の中では渾然一体とした存在となっていることは容易に想像できよう。一種、国内や地域のことはマス媒体から情報を収集し、国際的なことや極めてニッチな情報についてはデジタルメディアで収集し、意見を交換しながら、コミュニティーを形成していくことが当然になりつつあるのだ。

 そのため、彼らにとっては国家のボーダーラインの存在感は比較的希薄であり、欧州やアジアといった細分化された国家群の個別のメディアへ情報を配信したりデザインするのはむしろ効率が悪い場合。そこで、国境も超えるデジタルメディアの出現は当然期待されうるものの、それらの政府はそのような動きが国内で活発化することに対してあまり好意的な印象は持っていない。しかし、デジタルメディアは虫の這い出るほどの穴さえあれば(場合によっては、穴がなくとも、電波さえ伝われば)、コンテンツを伝え、交換することが容易なため、姿なき侵略が起こりうることになる。

 先進国の広告などが頭打ちであれば、ますます境界線を越えてより広いエリアで範囲の経済のメリットを享受しようとするプレーヤーが現われてくるであろう。著作権などの仕組みが国ごとにあろうとも、それを超越してもビジネスが成立するという戦略が、成長が著しい国を対象にすればするほど、多いに組み立てうるのだ。

 我々が今住む日本は、生活スタイルが洗練されている文化圏であるという印象が幅広く持たれている。そこで、日本の内部市場だけを相手にせずに、日本発のコンテンツとその消費スタイルを海外にいかに発信し、彼の地の消費スタイルとの混成系をいち早く作り上げ、そこから次なる情報を発信させるかというゲームが始まっていくだろう。

 常にこの国は崖っぷちに立たないと、思い切った決断ができないといわれ続けてきた。そう、今こそ崖っぷちとそろそろ諦めて、ちょっと違う視点から来年以降を考えて行くいい機会と割り切るのが、この信用危機に端を発する不況を乗り切る道ではないだろうか。

森祐治

国際基督教大学(ICU)教養学部、同大学院(修士)、同助手を経て、米国ゴールデンゲート技術経営大学院(MBA:通信・メディア)およびニューヨーク大学大学院コミュニケーション研究Ph.D(博士)へ奨学生として留学。その後、早稲田大学大学院国際情報通信研究科に学ぶ。

NTT、Microsoftを経て、McKinsey & Companyに転ずる。同社を退職後、アニメ作品投資とプロデュース、メディア領域のコンサルティング、インタラクティブサービスの開発などを行う「コンテンツ・キャピタル・デザイン・カンパニー」株式会社シンクの代表取締役に就任。

また、政府系委員会、メディア・コンテンツ領域団体の委員や、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科・九州大学大学院芸術工学研究科などで教鞭を執る。

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