オーディオ&ビジュアル評論家麻倉怜士が、注目機器やジャンルについて語る連載「麻倉怜士の新デジタル時評」。今回は、盛り上がりを見せる3Dオーディオについて紹介する。「ドルビーアトモス」や「DTS:X」「Auro-3D」など、さまざまなフォーマットが登場している現状と、今後「発信地」と目されるWOWOWの取り組みについて解説する。
昨今では「空間オーディオ」とも呼ばれている3Dオーディオは、元はといえば、NHKが8K放送で採用した22.2chが始まりだ。これはテレビメディア用の規格で、映像コンテンツ用に開発されたもの。オーディオ用としては、2010年10年10月8日、東京で開催されたAES(Audio Engineering Society)でAuro-3D 会長のヴィルフリート・ヴァン・ベーレン氏が発表したAuro-3Dが原点だ。
オーディオチャンネルの変遷を振り返ると、そもそも1880年代の「1チャンネル」、つまりモノラルから始まった。創始者はエジソンだ。1930年代には2チャンネルが発見される。アメリカのベル研究所で、偶然に受話器を2系統左右で聴いたところ、豊かな臨場感が得られたのが、ステレオ再生の始まりだ。前方2チャンネルからサイドとリアチャンネルが加わったサラウンドに発展するのは、80年代だ。ここまでは1DIMENSION=モノラル、2D=ステレオ/サラウンドと来て、3D=イマーシブオーディオは、2010年からの動きである。
その先駆けがAuro-3D。ベルギーにある「ギャラクシースタジオ」のオーナーでもあるベーレン氏が、スタジオ内にどのようにマイクとスピーカーを配置するなら、スタジオの空気感をそのまま届けられるのかと考えた。まず、従来の5.1chのフロントL/Rにハイトスピーカーを加えたところ、良い結果が得られ、そこで、サラウンドL/Rにもハイトスピーカーを追加。次にベーススピーカーとハイトスピーカーを有機的につなげ、もっとも自然に響く配置を探っていった。最適な配置を探る実験は数年にわたり、約300通りの配置を試したという。
最終的に5.1chの上方4chにハイトスピーカーを置く9.1chがベストだとわかったのが、2005年のこと。さらに、ハイトをメインスピーカーの上方約30度の角度に置くと、5.1chのベース音とハイトからの反射音が、もっとも自然に緊密につながる位置だと、探り当てた。Auro-3Dは、耳の高さのレイヤー1、仰角30度のハイトレイヤー2、頭上のレイヤー3による3層構造により、垂直方向の音の自然な拡がりを実現する。その際、3次元方向からの反射音がレイヤー1と2の間に定位することが最も重要で、かつレイヤー1と2の間の仰角が40度を超えると、垂直方向の自然なつながりが消失してしまうという。こうして開発されたAuro-3Dは、9.1の全チャンネルが192kHz/24bitまでのハイレゾに対応する。実際にAuro-3Dの音を聴いてみると、ハイレゾ+音場の芳醇さが、「場の音楽」を豊かに体験させてくれることがわかる。Auro-3Dはハイレゾ時代にこそ活きる3D規格といえるだろう。
では2ch、5.1ch、3Dオーディオでは、聞こえ方はどう違うのかについて説明していこう。聴き比べたのは、WOWOWの3D試聴室。フロント側のトップスピーカーの設置もAuro-3D、22.2ch、ドルビーアトモスで異なる配置にするなど、こだわりの造りで、世界でも稀な音響空間に仕上がっている。
まず2chを聞いてみると、すべての音情報を2本のスピーカーで鳴らしているので、凝縮感がですぎてしまう印象。音像にもあいまいな部分があり、音像を出そうとすると雰囲気がスポイルされる。その逆も。またスクリーンとの組み合わせでは、サウンドスクリーンでない限り、どうしても低い位置に音が固まってしまうのも気になる。
次に5.1chを聞いてみる。凝縮感や音の固まり感が、一気に解放され、楽音と響き、環境音などが分離され、リアからも聞こえてくる。さらに3Dオーディオになると開放感が広く、全周的にまさしく音に包まれるような感覚だ。ドルビーアトモス、Auro-3D、22.2chの3つで聞いてみたが、この順番でどんどん音場が濃密になっていった。
オーディオメディアとしての3Dオーディオの利点は、臨場感と音像の再現性の両立が可能なことだ。前述したように2ch再生ではどちらかの二択になるが、3Dオーディオでは音像の明確さと響きの豊潤さのどちらも享受できる。ベースレイヤーが音像を引き出し、ハイトスピーカーが雰囲気を醸し出す。この役割分担こそ、3Dオーディオ最大のメリットといって良いだろう。
名古屋芸術大学の長江和哉氏が、オランダの録音会社、ポリヒムニア・インターナショナルのバランスエンジニアのJean-Marie Geijsen(ジャン=マリーヘイセン)氏に3Dオーディオ制作についてのインタビューしたところ、「最も大きな違いは解像度。3Dの解像度は2Dよりもさらにディテールと素晴らしいバランス、色を与える」との答えが返ってきたとのこと(PROSOUND 2020年10月号)。以下、マリーヘイセン氏のコメントだ。
「トップレイヤーを加えることによって、空間的な情報も加えられ、よりディテールが得られます。壁と天井からの初期反射音はさらなる情報を追加してくれ、これにより、異なる楽器の明瞭さなども際立ちます。サウンドが異なる角度からリスナーに届くため、私たちの耳が、ホールのすべての反射と残響から直接音を分離する可能性を高めてくれます。3Dオーディオがここまで心地よい音を作り出すのには、脳内体験も大きく関与していますね。通常の2chオーディオに比べ、空間的な手がかりが豊富にあるため、脳はその部分を考えることなく自然に受容し、体験できます。3Dオーディオの登場により、製作者たちはリアルな音楽体験を届けられるようになりました。2chではどうしても難しかった音場をそのまま届けられるようになったのは、たいへん大きな進歩ですね」
Auro-3D以外の3Dオーディオについても紹介しよう。「ドルビーアトモスミュージック」は、歌手のElton John(エルトン・ジョン)のディレクターが「試しに映画用のドルビーアトモスで楽曲を作ってみよう」と始めたのがきっかけ。もともと録音時はマルチトラックで収録しており、それを再編成し、コーラスは天井、ピアノは後ろなどに再配置したところ、これが見事にはまった。Apple Musicでは空間オーディオとして親しまれているが、開始以来、リスナー数は順調に増えているとのこと。楽曲も増加中だという。
最近の話題が、ベルリン・フィルハーモニーの配信サービス、デジタル・コンサートホールが6月、Dolby Atmosを導入した話だ。ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のトーン・マイスターであるクリストフ・フランケ氏に話を聞いた。「3Dオーディオでは、目の前に狭い音の壁があるのではなく、空間の中で聴いているような感覚を味わうことができます。ホールの反射音が聴こえるようになり、音が扇状に広がることで音像が透明になります。ホールで聴くのと同じように、個々の楽器やセクションの音を、より簡単に耳で感じ取ることができるのです。響きはより現実に即しており、あらゆる方向から音がやってくるので、脳内の処理はさほどの負担になりません」。なるほど、納得。
サブスクリプションでの提供や動画配信など、市民権を得てきた3Dオーディオだが、新発信地として注目されるのがWOWOWだ。高音質な3Dオーディオをネットを通じて届けるのが、WOWOWの挑戦。その中心となって手掛けるのは技術局の入交英雄氏だ。MQAとAuro-3D、HPL(Head PhoneListening)による、さまざまな動画インターネット配信実験を通して、その可能性を探っている。配信とはいえ、その再生音は見事。MQAを使えば、ある部分ではライブを超えるくらいのクオリティで配信でき、コンサートホールの空気を家庭に届けてくれる。
MQA、HPL(ヘッドホンでのイマーシブ再生)、Auro-3Dに対応した、ハイレゾ・3Dオーディオのストリーミング再生に対応した「ω(オメガ)プレイヤー」アプリも開発した。この6月の音展WOWOWブースでのパネル・ディスカッション「良い音とイマーシブオーディオの未来」(MQAのボブ・スチュアート氏、Auro-3Dのべーレン氏、WOWOWの入交英雄氏)では、世界初の「MQA+Auro-3D」がデモンストレーションされ、格段に高音質なイマーシブが披露された。今後、ωプレイヤーはスマホ、タブレットに入り、さらにテレビ、プレーヤー、AVアンプなどにも導入される方向だ。
これからも3Dオーディオはさらに盛んになる。その動向から目が離せない。
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