パナソニック ホールディングス 執行役員 デザイン担当の臼井重雄氏が合同取材に応じ、パナソニックグループのデザイン経営戦略について説明した。パナソニックグループでは、「ありたい未来」の実現に向けて、パナソニック流デザイン経営に取り組んでいる。
「デザイン経営とは、デザイナーが考える経営の話ではなく、経営者にデザイナーが伴走して、実現したい未来を描くことが第一歩である。多くの場合、ボトムアップ型のデザイン思考により、イノベーションやブランディングに取り組むことになるが、パナソニックグループのデザイン経営は、実現したい未来を、未来起点で考え、その一方で事業の現在地を人間中心で考えることである。未来起点、人間中心のサイクルを回し続け、事業の本質的な競争力を強化することが、パナソニックグループが目指すデザイン経営になる」と定義した。
未来を起点に考える「未来構想」の取り組みは、パナソニックの伝統的な手法だといえそうだ。
パナソニックグループの創業者である松下幸之助氏は、家庭に1台もモーターが使われていない時代に、一家に平均10台以上のモーターが使われる日が来ると予測して、小型モーター事業を開始した。モーターによって、生活の質が高まるということを未来予想し、それを事業にしていった例だという。
「未来構想」を軸とするパナソニック流のデザイン経営は、次のような実践プロセスを踏むという。
まずは、現在の事業をもとに、その視座を高め、「未来構想の視座」にまで引き上げることが最初の取り組みだという。だが、「未来構想の視座」にまで引き上げるには、その起点となる長期の未来予測が必要であり、そこから実現したい未来をバックキャストし、「未来構想の視座」を拡大。事業の目的や意義を再定義し、将来の事業像を考えるとともに、それに向けた実現手段を検討し、実現したい未来を絞り込んでいくことになる。
ここでは、未来構想を評価するために、意義、時間軸、変革という観点から「挑戦的な未来構想か」ということと、共感、独自、挑発という観点から「魅力的な未来構想か」という切り口での評価項目を設けているという。
また、既存の事業や製品の延長線上で考える「未来」と、遥か未来の地球や社会、生活者視点が考えた「未来」とでは、実現する価値にギャップがある。このギャップを埋め、そのためにパナソニックグループの事業をどう変化させなくてはならないのかといったことを考えることが必要である。それを埋めるのがデザイン経営そのものになるとする。
パナソニックホールディングスでは、2021年度から、代表取締役社長執行役員 グループCEO グループCSOである楠見雄規氏の直轄プロジェクトとして、「デザイン経営実践プロジェクト」をスタートしている。
パナソニックグループでは、2030年までの長期戦略を打ち出すなかで、「社会変革とお役立ちからバックキャストする」という姿勢を示している。その起点となる未来構想を明確化することが、デザイン経営実践プロジェクトの役割である。
「未来構想があることで、各事業会社が中長期戦略を策定する際に、未来の解像度があがり、未来への到達度を計測可能なビジョンを作ることができる。意思決定の根拠や、ステークホルダーに向けたストーリーを示すだけでなく、グループ全体に長期で物事を考える風土を作るきっかけにもなる」とする。
また、デザイン経営実践プロジェクトでは、パナソニックグループ全体に、デザイン経営を浸透、加速させるために、未来構想を実践するプログラムや手法の共有、未来構想に必要なインプット情報の共有、未来構想取組みのプロセス共有やナレッジ共有の場の設定などを行ったという。
一方で、デザイン経営実践プロジェクトが支援する対象は、実践チームとなる。実践チームは、7つの事業会社そのものである。事業会社に在籍している30人以上の事業部長が実践リーダーとなり、ビジネス、技術、デザインの各役割を連携させながら、デザイン経営を実践していくことになる。
「未来構想によって、事業会社に期待できる効果は、進行中のR&Dに明確な目的や方向性が与えられ、それが群として強化されること、社会的な投資領域を先読みすることで、より効果的な戦略投資が可能になること、既存事業の発展方向や進化方向が明確化され、獲得すべき未来の強みに対して、意識が向かうようになる点である。いままでは曖昧だったところが、未来構想によってクリアになり、意思決定者の判断材料にもなり、意思決定を後押しできる。未来構想の明確化は新規ビジネスの創出だけでなく、既存事業に対しても長期的視点での好影響を及ぼすことになる」とする。
2021年度下期には、B2B向け生産財(部材)系事業と、B2C・耐久消費財(完成品)系事業というタイプが異なる2つの事業でパイロットプロジェクトを実施したという。いわば実践チームによる未来構想の取り組み成果の検証だ。
ここでは「10年先を見据えた未来変化」を文字化し、実現したい未来の根拠となる社会変化の仮説や、長期に渡って社会の役に立ち続けられる機会領域を検討。「実現したい未来=事業の存在意義」という観点からは、未来を実現するために解決すべき課題、実現したい方向に社会が向かっているかを測るKPIを検討。「実現に向けた戦略ステップ」として、実現のために獲得すべき未来の強みと、技術、商流、仕組み、人財、パートナーなど、あらゆる要素から戦略ステップを検討したという。
こうした取り組みを行った結果、事業部には大きな変化が起きたという。B2B向け事業では、現在の顧客要求に従って開発していた発想から、未来の社会に必要なものを提案する発想へと変化。B2C向け事業では、商品の未来を考えるのではなく、くらしの未来を考えることへとシフト。さらに、いまの技術を活かすのではなく、未来の強みを獲得することに意識が変わったという。
事業部長からも、「従来から、バックキャストでの検討は行っていたが、実は、既存アセット縛りがあったことに気がついた。新しい発想や意見がメンバーから出てくるようになり、その変化に驚いた」という声が聞かれた。目の前の業績などに集中しがちな事業現場に変化を起こす結果につながったというわけだ。
そして、未来構想は、柔軟な意思決定ができる体質への転換にもつながっているという。
「価値観やライフスタイルは大きく変わっていく。これまでのパナソニックグループでは、それを感じていても、以前からプランニングしていたことを見直すことができないという課題があった。それは、一度、決めた大きな計画を変えるきっかけがないということも背景にあった。『未来はこう変わる』といったことを、しっかりと事業部サイドに投げることで、現場では、テーマを変えるきっかけができる。決めたからやるのではなく、環境や顧客は変わっているということを理解し、それにあわせて、決めたことを変えることができるようになる。これは、デザイン経営のメリットとして、大きなポイントである」とする。
パナソニックグループは、日本で初めてインハウスデザイン部門を設立した企業としても知られている。1951年に初めて北米視察を行った松下幸之助氏は、米国での豊かな暮らしを見て、強い衝撃を受けながら、帰国後、「これからはデザインの時代だ」と宣言した。臼井執行役員は、このときの言葉を捉えながら、「色や形のデザインではなく、未来を描いて、人間中心でデザインすることを示したものだった」と指摘する。
その一方で、2021年にCEOに就任した楠見氏は、デザイン経営を全社成長戦略に位置づけ、経営力強化のためにデザインを使いたいと考えている。
「パナソニックが強かった時代は、未来を描き、そこに向けて何をするか、ということを考えていた時だった。それをもう一度やろうというのが、デザイン経営実践プロジェクトである」と臼井執行役員は位置づける。
「パナソニックグループにとってのデザイン経営は、創業者が目指した『成長のメカニズム』を、現代に取り戻すことである。定着には時間がかかるだろう。だからこそ腰を据えて取り組んでいきたい」とする。そして、「楠見グループCEOからは、焦るな、じっくりやろうと言われている。デザイン経営が、パナソニックグループのDNAである、と言われることを目指していく」とした。
臼井執行役員は、未来を見る上で、価値観の変化をもたらす3つの大きな波があることを指摘する。
「価値観に対する第1の波は、物質的な豊かさに対する価値観であり、貧乏の克服、便利な暮らし、物質的な豊かさを追求する流れである。かつての松下電器産業はそのなかで成長をしてきた」とする。そして、次の波は個人の豊かさを追求する波である。「量から質への転換が図られ、持続可能な社会の実現、個の豊かさの拡大が求められた。ここではスマホなどの広がりが代表される製品となる」とする。
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