朝日インタラクティブが運営するITビジネスニュースメディア「CNET Japan」と宇宙ビジネス専門メディア「UchuBiz」は5月17日、共同でオンラインイベント「Space Forum 無限に広がる宇宙ビジネスの将来〜相次ぐ参入企業の狙い〜」を開催した。
「宇宙事業における宇宙保険の重要性〜なぜ保険会社が宇宙の挑戦を支援するか〜」と題して講演したのは、東京海上日動火災保険のおふたり。フランスのパリから参加した。フランスは、欧州の中でも特に宇宙産業が盛んな国だという。
同社の航空宇宙・旅行産業部エアライン宇宙保険室で専門部長をつとめる吉井信雄氏は「宇宙保険の概要と国際宇宙保険市場」について、同室で課長をつとめる佐上雄祐氏は「東京海上日動の取り組み」について説明した。
宇宙保険には、大きく2つ「物保険」と「賠償責任保険」があり、最も重要であり保険料も高いのが、「物保険」のなかでも「打上げ保険」であるという。
宇宙保険は、各国単位の市場ではなく、国際単一市場によって取り扱われており、これは「国際宇宙保険市場」と呼ばれる。世界でも40社弱、従事者数は約100名と非常に小さなコミュニティだ。吉井氏は「“宇宙村”という言葉があるが、宇宙保険もみんなが知り合いのような状態」と説明した。
国際宇宙保険市場は、ロンドンを中心とした保険会社が引き受けを行っている。その次に大きいのがフランス。市場の約40社だけで、Space XやArianespaceをはじめ、世界中のすべての宇宙ミッションを引き受けているという。
「宇宙保険市場の収支と保険料率の動向」を示して、吉井氏はこのように説明した。「打上げ保険は、2003年前後には平均でも20%を超える料率だったが、2018年頃には約5%に下がり、現在は10%前後で推移している。ロケットの種類や衛星によっても変動するため、今でも10%を超えるものはたくさんある。一方で、1つの打上げに対して、国際内保険市場が保険金額を提供できる額は、現在は約800ミリオンUSドル程度の規模になっている」(吉井氏)
「宇宙保険」は、「衛星オペレーター」「打上げ事業者」「衛星メーカー」にとって、どのような意義があるのだろうか。
「衛星オペレーター」にとっては、衛星を調達する際に「1つの信頼性の指標」になる。また、投資サイドからの出資条件になることもある。「打上げ事業者」や「衛星メーカー」は、ハードウェア開発の早い段階から保険料率を意識して、宇宙保険を手配しやすい設計技術を採用している。
日本の宇宙スタートアップが宇宙保険を手配するときの仕組みは、日本独特だという。顧客から保険会社が引き受けをしたら、日本航空保険プールが一定程度の保険金額を保有して、それを超える分を国際宇宙保険市場で、再保険として手配するという形だ。
東京海上日動は40年前から、宇宙保険の引き受けを行ってきた。たとえば、「衛星インフラ構築・運用」や「輸送」は、古くから取り組んできた領域だ。他方、昨今では、「宇宙データの技術の利活用」の領域が盛り上がっている。衛星データを活用して、どのようなビジネスインテリジェンスを得られるか、どんなサービスを提供できるのか。
さらに今後は、「軌道上サービス」「宇宙旅行」「月面探査」などの領域が大きく広がっていく見通し。こうした新しい領域に対して、それぞれ何ができるのかを、まさに議論しているところだという。
さまざまな宇宙の領域が現実に近づくなかで、同社は、2022年2月に「宇宙プロジェクト始動」を発表。従来はロケットや衛星の打上げや運用のフェーズで、宇宙保険の引き受けや、リスクコンサルティングサービスを提供してきたが、4月からは新体制で新たな取り組みに乗り出したという。衛星データを活用すれば、損害保険サービスをより迅速化、高度化させられることが期待できる。宇宙空間において技術の進展や知見の蓄えが進んでいるヘルスケアの領域や、新たな技術を地上に活かせないかといった観点でも検討を始めた。
一方で宇宙産業には、“独特の特徴”ともいえるさまざまなリスク要素が存在する。たとえば「輸送」では、輸送コストが高いのに、成功する保証はない。失敗リスクは、衛星を調達して打ち上げようとする事業者が負わなくてはならない。
「修理」では、宇宙空間で何か不具合が起きても、現時点では実際に見に行くあるいは修理することはできない。「環境」では、太陽活動によって衛星が大きな影響を受けるし、スペースデブリは非常に深刻な問題だ。「商習慣」や「条約・法律・制度」においても、グローバルな目線を持って宇宙活動ごとに求められる法制度を抑えていく必要がある。
「独特な商慣習、ルール、法制度、環境などが存在する中で、どうすれば宇宙事業への参入や展開におけるリスクを、最大限減らすことができるのか。まずは、ここを徹底的にサポートするのが、保険会社として果たすべき役割だと感じている。われわれは、世界各国のロケットや衛星に関する情報を持っているので、知見をいかして情報提供していきたい。リスクの低減を図ったうえでも溢れるものについては、保険の手配という形でサポートしていく」(佐上氏)
とはいえ、宇宙ビジネスは「リスクを抱えるには大きすぎる。」政府のサポートあるいは保険という手段の活用なしには、宇宙事業の持続的な発展はまだまだ難しい環境にある。佐上氏は、「政府の予算も増えつつあるが、一方で実証から実装に移行しつつある今こそ、保険の役割は非常に大きいのではないか」と話して、講演を締め括った。
講演後は、UchuBiz共同編集長 兼 CNET Japan編集長の藤井涼が、いくつかの質問を投げかけた。吉井氏と佐上氏は揃って、パリからの参加だったが、パリ出張の目的を聞くと、こんな答えが返ってきた。
「講演の中でも宇宙保険村という話をしたが、国際宇宙保険市場への参加者の一社として認知され続けることは非常に重要。今回は、とある企業が保険業界向けにブリーフィングを実施するとのことで訪れた。新商品を開発する時にも彼らの助けがないとできない」(吉井氏)
また、たとえば月面探査においては、今後ローバーを送るなど、新たな月面探査領域が広がりつつある。それはつまり、新しいリスクがどんどん増えていくともいえる。今後の展望をどう見据えているかを聞いた。
「当社を含め国際宇宙保険市場関係者はみな、宇宙事業に関するリスクに対して新たな保険を作っていきたいという想いを持っている。宇宙保険市場として新しいリスクを引き受けていくことが、宇宙産業の発展に資するのだと考えている」(吉井氏)
視聴者からはチャットで質問が多数寄せられたが、時間の許す限り返信する姿も印象的だった。「宇宙旅行保険の提供は検討しているか」との質問には、「検討している。有人ミッションの保険引受をした実績もある」とコメントした。
また「リスク回避の観点からも保険があるのはありがたいが、宇宙保険は市場が小さく、御社にはメリットがあるのか?」という質問には、「小さな宇宙保険市場でプレゼンスを維持していくことで、新商品の開発など市場関係者との連携がしやすいというメリットを感じている。もともとフルラインの保険会社として、日本のグローバル企業を支援してきたが、スタートアップだけでなく、大企業も宇宙関連事業に参入するケースが増えてきている。宇宙保険の提供は必須だと考えている」と答えた。
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