受賞企業インタビュー:サイジニア株式会社
“複雑系”使ったレコメンデーションで世界に羽ばたく--サイジニア吉井社長
岩本有平(編集部)
行動履歴や属性情報をもとに、そのユーザーにとって最適な情報を提案する「レコメンデーションエンジン」。この分野に複雑系工学理論でアプローチするのがサイジニアだ。
すでに海外でも評価され導入実績を持つ同社のレコメンデーションエンジン「デクワス」は、ウェブビジネスをどのように変えていくのか? そしてまた、同社は今後、どういった事業を展開していくのか。代表取締役CEOの吉井伸一郎氏に聞いた。
--サイジニアはどういったサービスを提供しているのでしょうか。
我々は、「行動履歴をアーカイブして、ビヘイビア・ウェアハウスを作っていく」ということをミッションと考えており、その実現に向けてさまざまなサービスを作っていく予定です。
その1つがレコメンデーションエンジン「デクワス」です。よく“レコメンデーションエンジンの会社”と思われがちですが、それがサイジニアのゴールではありません。
社名のサイジニアとは、サイエンスとエンジニアリングを合わせた造語です。サイエンティストが考えるアイデアを、優秀なエンジニアが具現化するということをモットーにしています。
--以前は北海道大学の助教授を務めていたということですが、どういった経緯で起業に至ったのでしょうか。
私はもともと、複雑系工学のサイエンティストとして生物の進化・学習メカニズムをロボット工学に応用する研究をしていました。そしてこの研究をウェブの世界で使ってみたい、という思いを持ったのが10年ほど前です。その頃と言えば、ちょうどGoogleが起業したばかり。研究者の論文をきっかけにして、世界規模のサービスを展開していった同社を目の当たりにしたことも、起業に興味を持ったきっかけになりました。
起業を志した際、私には足りないものが3つあると考えていました。それはビジネス経験とビジネスに転用できるさらなる技術理論、そして優秀な人材です。そこでまず私はソフトバンクBBへ入社し、ブロードバンドや携帯電話などの通信技術の研究や標準化活動に従事しながら、先端技術からマネタイズするプロセスを経験しました。
その後北海道大学の助教授になり、複雑ネットワーク理論の研究を開始しました。ウェブを利用するたび、膨大な行動履歴が発生しますが、この種のデータを解析する一般解法はこれまで存在しませんでした。この複雑ネットワーク理論を応用すればウェブでビジネスができるのではないかと思い、大学の研究室を通じて知り合った吉村(真弥氏。サイジニア専務執行役員CIO)と寒河江(道博氏。サイジニア常務執行役員CTO)と私がファウンダーになる形で2007年に起業しました。
--デクワスについて教えて下さい。
多くの人は、検索エンジンを使うことで、なんでも「探す」ことができると思っていますが、これには限界があります。検索エンジンを使うにはキーワードの入力が必要で、それ故に言語化しにくいもの、ユーザー自身が知らないものを探すことはできません。
しかし、ユーザーが何かを探してクリックするという行動履歴を統合することで、同じような嗜好をもった人やものをつなげていくことができます。デクワスはそういったつながりを通じて新しい「気付き」を提供するためのエンジンです。つまり、「探す」のではなく「出くわす」ということです。製品名もここからつけました。
これまでにもテキスト解析をはじめとしたいろいろな方法がありましたが、我々が注目しているのは「複雑系」という考え方です。たとえば、物理学、経済学、生物学を問わず、一見、複雑なシステムの中にも、色んな要素が相互作用すると、普遍的な特性が発揮される訳です。同様にデクワスは、ウェブという世界の中にある普遍的なメカニズムを情報処理に生かそうとしています。
--デクワスは一般的なレコメンデーションエンジンとどう違うのでしょうか。
一般的なレコメンデーションエンジンでは、コンテンツの中身の情報を解析し、その類似性などをもとにレコメンデーションを行います。一方我々は、行動履歴から紡ぎだされるユーザーとコンテンツの間の関係性に注目することでコミュニティ(いわゆるSNSのコミュニティではなく、同じ趣向や属性を持つユーザー群のこと)を分析し、そのコミュニティを元にレコメンデーションを行っています。そのため、ユーザーごとの好みに合わせた商品やコンテンツの推薦が可能です。
たとえば、我々のレコメンデーションエンジンを導入いただいているレンタルDVDサイト「ぽすれん」で、韓国ドラマ「冬のソナタ」を検索したとします。すると、推薦されるDVDは冬のソナタ同様に評価される別の人気の韓国ドラマだったりします。
しかしこれが従来のレコメンデーションエンジンであれば、類似性や人気度から判断して、同じ冬のソナタの別の巻が推薦されるということがあります。これは間違っているわけではありません。しかし、普通は1巻を見た人は2巻以降も見るわけで、本当に推薦して欲しい情報というわけではありません。
サービスはASP形式で提供しており、JavaScriptのコードをサイトに埋め込むだけで利用が可能です。料金はPV連動の従量課金制ですが、今後は成功報酬型のモデルに変えていきたいと思っています。
--これまでどういったサイトが導入していますか。
すでに国内外合わせて40以上のサイトに導入しており、そのうち1割は海外のサイトです。最初は映画やDVDといったECをターゲットにサービスを開始したのですが、現在ではメディアやSNSなど、幅広い種類のサイトに導入しています。
導入の成果についていうと、あるファッションサイトでは177%、また動画サイトでは336%、ECサイトで192%、化粧品サイトでは150%と、それぞれ滞在時間が向上したという実績があります。ページビュー(PV)でもファッションサイトで138%、動画サイトで148%、ECサイトで155%、化粧品サイトで134%上昇しました。
また、増加したPVにも大きな特徴があります。デクワス導入によってアクセスが増加したのは「ロングテール」の部分なのです。つまり商品やコンテンツの人気順で下位のものへのアクセスが非常に増えており、これまであまり露出せずに売れていなかった商品の購買につながっているのです。
デクワスは導入後すぐに行動履歴を取得していくため、間もなくしてレコメンドが可能になりますが、学習を続けることでさらに精度が上がります。大体2週間ほどで効果的なレコメンデーションが可能になります。
--すでに海外でも導入事例があるとのことですが、今後の海外展開はどのように考えていますか。
我々の技術は言語に依存しないものであり、海外展開を前提にサービスを提供しています。2008年に米国のベンチャーキャピタルであるDCMから出資を受けたのもそれが理由です。
日本には数多くのウェブ関連企業がありますが、海外でお金を稼いでいるというウェブ関連企業はほとんどありません。我々もまずは日本からスタートしていますが、最終的には売上でも海外がメインになるような展開をしていきたいです。
--競合についてはどのように考えていますか。
我々は広告事業も視野に入っていますので、検索・広告の両事業を行うGoogleが競合になる可能性もあります。技術的な面では、競合はまだ顕在化していないと思っています。
国内でもレコメンデーションエンジンを提供している企業はいくつかありますが、デクワスのような技術は使われていません。実際にABテストを行ってデクワスが評価されたというケースもあります。本当のライバルは、今後名乗りを上げるベンチャー企業なのではないかと考えています。
--今後の目標について教えて下さい。
レコメンデーションの分野については今年1年で積極的に市場を開拓していきたいと考えています。同時に、広告事業の展開も開始していきたいと考えています。また、将来的にはコンシュマー向けのメディア運営なども検討中です。
そのほか、我々の技術をレコメンデーション以外に利用することも考えています。たとえばオークションの出品ユーザー評価というのは、取引したユーザー同士の直接的なものですので、悪意があるユーザーが評価を操作することも不可能ではありません。しかし複雑ネットワーク理論を使えば、“信頼できる出品者は誰か”ということを客観的に定量化することが可能になります。すでに実験レベルではオークション詐欺を行ったユーザーの発見にも成功しました。これは、SNSや人材紹介サービスでのクレジットスコアリングに利用できる可能性があります。
さらにコミュニティの中から、誰がトレンドリーダーであるのかを調べることができるので、マーケティング分析にも活用できます。
データ間の関係性に注目する技術であるため、データ自体の構成には依存しません。なので将来的にはウェブの世界から出て、カーナビやRFID、GPSといったさまざまなデータと連携していくことを狙っています。
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