e-Japan時代の情報政策(下):情報家電産業の課題:経済産業省 村上敬亮氏 - (page 2)

5.e-Japan戦略と情報政策の今後

村上: このペーパーで主張している論点の多くは、まだ生煮えですし、参照モデルなんて作れるの?という疑問は当然出てくると思います。そもそも、サービス、サービスと騒いだって、結局、コモディティがあげる利益には敵わないのかもしれない。それでも、このようなペーパーを敢えて世に問うという理由は、政策形成過程を変えてみたいという思いもあるんです。いままでのお役所方式だとこういうのは審議会や研究会に予めかけて、後からパブリック・コメントをやるという流れなんです。でも、ITの分野は特に、必要となる専門的な知見の広がりが審議会とか研究会の枠組みを超えてきてしまっているし、市場の変化の早さと情報の鮮度を考えたら、半年や一年もかけて審議会なんてやってる場合じゃないんですよね。むしろ、シーズ段階にある政策モデルを、個人の見解としてではなく、業務の一環として積極的に公開し、それに対するコメントをリアルタイムに求め続けるというやり方が、IT分野については、一定の合理性を持つのではないかなと。もちろん、厳しい利害調整も含む制度論のようなことになれば、審議会のようなプロセスを踏むことはとても重要なことになりますし、このレポート自体も、かつて情報通信機器課の佐々木補佐や相沢係長らが苦労してまとめた「e-Life研究会」の報告(※注4)をベースにしていますから、両者の協力関係は重要なんですが。

  そこで、今回は経済産業研究所にも助けていただいて、ブログを建てて意見を直接やりとりする仕組みを作ろうとしています(※注5)。おそらく、ボコボコに叩かれる部分もあると思いますよ。でも、それでもいいじゃないか、というのがこちらの考えです。そういうやりとりを経て政策シーズを煮詰め現実の施策の執行につなげることが目標です。ねたみそねみに応えるような情報開示請求的な世界じゃなくて、このような試みを続けることが情報公開の本来の姿なのではないかなと。OSSでもそうですが、政策立案でも、市場の変化にあわせて如何に上質なコミュニティを柔軟に形成していけるかが重要だと思っています。去年経済産業研究所が企画してくれたOSS政策についての討論会※注6)も本当に役に立ちました。あのような路線をやっぱり追求したいですね。

 (前編で)取り上げたように、政策というのは命題とフレームワークのみをお役所が作りそこにお金をばらまいて、後は誰かにお任せしてしまう、というようなやり方は、変化の早い時代になかなか適応できない。e-Japanの時代を経て現在は、お役所も、自分で執行する、自分でやる、責任を持つ、という時代に変わっているのです。そのためには政策評価もし、このような政策の卵の議論もし、モノによってはバラマキも依然として必要なときもありますが、基本的に役人が一つ会社を興して経営するくらいのスタンスで臨んでいくということですね。少なくとも、投資家として責任を持った行動をとると。

--一方で、e-Japanに盛り込まれている経済産業省の政策は、これまで伺ってきたソフト・ハードの政策と言うところからは少しずれていて、タグとかの将来的な技術開発や利活用の支援というあたりに集中していますが、このような産業戦略というあたりの話はe-Japanとはどのような関連を持つのでしょうか?

村上: 実は、e-Japan戦略そのものの目標と、情報政策の本来業務とは、表と裏の関係です。それは、ソフトにとってもハードにとっても、利活用サイドの水準が上がり、市場の要求水準が上がること自体が、一番重要な産業政策だからです。後は、産業サイドに最も直接必要とされるのは、規制緩和などの制度改革でしょうね。

 例えば、うちの瓜生補佐が七転八倒している電子政府では、e-Japanの枠組みの下で作られたCIO連絡会議をフルに活用しています(※注7)。前編でも触れました、ユーザの発注能力が低いとか、契約のあり方に問題があるという課題の中で、「愚かなユーザ」の典型が政府なんですね。電子政府市場で大手ベンダを延命させてるくせに何を言うか、という批判もあることは確かなのですが、EAにしても、EVMみたいなプロマネ手法(※注8)にしても、SLAのような議論(※注9)でもいいんですが、そういうことを政府自身が自らの政府調達制度の中で始めてみることに意味がある。必要だと言うだけでは犬の遠吠えですから、それは実際に政府調達で盛り込んでいきましょうと。例えば、EAを作るというプロセスに霞ヶ関全体で今年、30億くらい予算が付いています。上流工程(コンサルタント等)の抱える最大の問題は圧倒的量のキャッシュを抱える下流工程(プログラマ、SE)に対して、上流が儲からないと。なので、優秀なエンジニアを抱え込むことが出来ず、顧客の信頼を得られないという悪循環を大手ベンダがたどっているわけです。なので、思い切って30億円の予算を取り、お金が出る仕組みを作るから、それで上司を説得して、優秀なエンジニアを上流のBTコンサルの世界に持ってこいと。お陰様でEAは民間の方でも大分ご理解をいただき始めており、民間でのEA活用実態や、それを踏まえたEA策定ガイドラインの改訂なども、このほど公表させていただいたところです(※注10)。各府省でも、電子政府構築計画に基づく業務改革に着手して貰っていて、バックオフィス改革に道筋をつける官房基幹業務の業務・システム最適化計画や特許庁の業務・システム最適化計画が間もなく公表される予定です。こういう仕組みを作るのには、e-Japanは非常に役に立つ仕組みでしたね。

 つまり、制度改革とお役人を巻き込んだ戦略を推進したい場合、e-Japanは非常に便利な枠組みであるとは言えますね。

--なるほど。ありがとうございました。

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※注1:政策ペーパー「情報家電産業の収益力強化の道筋」 同 説明用スライド資料

※注2:村上補佐執筆論文「オープンソースの著作権」

※注3:新産業創造戦略
新産業創造戦略とは、90年代の日本経済が苦しんだ「3つの過剰」(過剰設備、過剰雇用、過剰債務)を、産業単位の構造調整というよりは、むしろ企業内の構造調整を進め、新たな産業群を形成していく方向性を指し示し、そのためにあるべき産業政策を議論したレポートで、2004年5月に、中川経済産業大臣の手によってとりまとめられた。なお、「新産業創造戦略」に関する討論会が経済産業研究所で行われた際の模様が次のページに収録されているので、参照されたい。
http://www.rieti.go.jp/jp/events/bbl/04070101.html

※注4:e-Life研究会 基本戦略報告書

※注5:e-Life Blog

※注6:「OSS政策の討論会」  当時の記事 当日の概要

※注7:CIO連絡会議の概要

※注8:EVMの手法
EVMとは、EarnedValueManagementの略で、プロジェクトの進捗と最終点を把握した上で、その途中でのプロジェクトの進捗状況を定量的に計測可能にするためのプロジェクト管理手法である。その開発・導入は米国を中心にして進んでいたが、日本政府でも正式に導入が推奨されており、そのための導入ガイドが経済産業省及びIPAから発表されている。

※注9:SLAの導入ガイド
SLAとは、従来のシステム調達のような導入するハードウエアやソフトウエアのスペックで調達契約を結ぶのではなく、そこで実際に提供されるサービスの質を評価することで契約を結ぼうというもの。システム保守・運用の分野では、既に広範な普及が進みつつある。我が国政府でも正式に導入が推奨されており、そのための導入ガイドが経済産業省及びIPAから発表されている。

※注10:EA策定ガイドライン
EA策定ガイドラインが昨年12月に公表されて以来、モデリングの表記方法に関する選択肢の増大、IT投資効果の測定手法に関する分析の拡大、また特に、民間における新たなITマネジメントとそこにおけるEAの果たすべき役割などについて議論が深められてきたことから、これらの成果を踏まえた改訂版が経済産業省から近く公表される予定となっている。現在のバージョン(v1.1)については、次のページで公開されており、改訂版についても公表され次第、このページにリンクされる予定。 http://www.meti.go.jp/policy/it_policy/itasociate/it.associate.htm

筆者プロフィール
澁川 修一
1976年生。1999年慶應義塾大学総合政策学部卒業。同年、国際大学GLOCOM Research Associates。2001年より独立行政法人経済産業研究所(RIETI)に所属し、情報通信関連政策を担当。

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