e-Japan時代の情報政策(下):情報家電産業の課題:経済産業省 村上敬亮氏

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前編のまとめ

 経済産業省の情報政策の歴史を概観すると、1990年代前半に、新社会資本整備の議論や国際的な政策論議を組み合わせつつ、かなり大規模な予算をつけてeコマースの普及と定着に取り組んだ。しかし、一定の限界も見えたため、e-Japanでは、規制改革や制度整備などを中心に、IT戦略本部で施策をPledgeし、その実行を評価してもらう新たな枠組みを作った。これは「目標と方向性だけ役所が決めて、補助金をつけたら後は民間にお任せ」といった形の官民分業ではない。例えば、奈良先端技術大学院大学の山口英教授が内閣官房の情報セキュリティ補佐官に就任し、経済産業省から出向した山崎補佐などとともに取り組んでいる情報セキュリティ問題のように、官民協同して取り組まなければならない課題はたくさんある。世界的に見ても「9.11」以降、単に規制緩和と小さな政府というのではなく、官民連携したソーシャルガバナンスという流れが出てきている。

 民間の専門家の方の助けを借りるとはいえ、官僚が自ら実業に飛び込むのは大変な決断を要するが、本当に日本を変える気があるなら、厳しい評価を受けながら民間の方と一緒に自ら問題解決の実行に取り組むことが必要であり、少なくとも経済産業省は、今そういう思いで政策に取り組んでいるところである。

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経済産業省 情報政策ユニット 統括課長補佐
村上 敬亮 氏
1990年東京大学教養学部卒、通商産業省入省(資源エネルギー庁石油部計画課)。資源エネルギー庁企画調査課(地球温暖化条約対応)、産業政策局消費経済課(PL法制定)、工業技術院国際研究協力課を経て、1995年から機械情報産業局に配属、情報処理振興課にてソフト産業の振興に携わる。以後、留学(ミシガン大学)を挟んで一貫して情報政策担当部署(情報経済課、情報政策課)に勤務し、通商産業省・経済産業省の情報政策の策定に携わる。

4.ハードウェアの課題:デジタル家電は本当に「新・三種の神器」か?

--次にハードウェアの話に移りたいんですが、最近消費者に注目されているいわゆる「デジタル家電」とか「新三種の神器」とか言われている製品が出てきて、景気回復の原動力になっていると、もてはやされていたりしますが、その辺りについては所管官庁として、どのような見方をしているのでしょうか?

村上:  最近商務情報政策局でまとめた「情報家電産業の収益力強化に向けた道筋」というペーパーがあります(※注1)。ここで言いたいことは、「確かに売れてますよね。液晶やプラズマTVにしても、HDDレコーダーにしても。だけど、このままで情報家電は本当に大丈夫なんでしょうか?日本経済を引っ張るリーディング産業に本当になれるんでしょうか?」という焦りと懸念なんです。少なくとも、現に今、情報家電ってあんまり儲かってない。価格競争は厳しいし、国内メーカ同士の横並びの競争にはなっちゃってるし、新しい市場って言う割には、案外、ドラムを斜めにした「使いやすい」洗濯機の利益率の方がDVD単体の利益率より高かったりする(笑)。でも、まじめに作った人達からすると、笑えない話ですよね。例えば、DVDのための著作権管理の仕組みの国際標準化なんて、自分も関与してましたけど、本当に大変だったのに。

 じゃあどうしてこういうことになったんだろうと。情報家電には、家電のデジタル化と、ネットワーク化という二つの側面があると思いますが、デジタル化という側面では、確かに軽くなったり容量が大きくなったりと、魅力ある製品を出して市場のリプレースに成功した。これは消費者も喜んだし、良かったと思います。でも、ネットワーク化という側面から見ると、例えばフラットパネルディスプレイって、ディスプレイといいながら実質的にテレビと同じじゃないですか。放送番組を見て、HDDレコーダで録画しておしまい。まあ、セットトップボックスつければもうちょっと別のサービスが出てくると思いますけど、もしデジタルでネットワークというのなら、eラーニングとか遠隔医療とかテレビ電話とか、BtoCのサービスの分野でいろいろな使い方が出来るはず。でも、現在の方向性は地上デジタル放送ではNHK技研のB-CASカードでコンテンツ管理と課金をしましょうという話になっていて、そのような遠隔医療とかのコンテンツが彼らのアーキテクチャに乗らないと供給できない状況になってしまっている。このように、メーカ側がクローズドなアーキテクチャを維持したままの「待ちの戦略」をとっているから、新しいサービスなんてなかなか花開かない。本当は、サービスを中心に生活分野でイノベーションを起こすための道具が情報家電だったのに、そこが止まっちゃってるんですね。

 逆にメーカの側から見れば、BtoCのサービスの活性化が目に見えてはっきりしてこないと、戦略無く自社のアーキテクチャをオープンにしてしまえば、アホかという話になってしまう。でも、これだけ要素技術では圧倒的に強いものを持っているのに、その上のサービスに発展性がないというのは、もったいないんじゃないですか? その上のBtoCのサービスでイノベーションを目指すことが出来れば、日本特有の品質や性能にうるさい上質な消費者を更に上手に活かした競争力のある情報家電市場作りが出来るのではないですか? どうしてサービスにイノベーションが起きない構造になってしまったんですか? という問題提起をしているわけです。

 このレポートが核にしているのは、こうした現状解決のために本当に必要なのは、コンシューマがリードするマーケット作りなのではないか、というメッセージです。僕がここ数年オープンソースの著作権(※注2)とかにこだわって追いかけ続けているのもそういうことなんですが、今は付加価値を消費者がつけている時代なんですよ。作り手と買い手という二分法はマーケットの裏側では既に壊れていて、作り手が値段を付けてそれを消費者が買うという構図は潜在的には崩れかけているのではないかと感じています。例えば、カタログハウスさんとか@コスメさん、ホンダさんのトラベル・ドッグとか松下さんのP-Keitaiとかのビジネスモデルには大変参考になると思います。消費者がこういう機能をほしいというニーズが、マーケティングという媒介ツールを通じて作り手の側にも翻訳されて伝わるということではなくて、直接的に消費者と作り手のプロセスに参加するようなマーケットに、僕たちは早く持っていきたいんですね。もちろん、今だってメーカさんからすれば、消費者を見てるからこそより高機能な製品をより安く、1インチ1万円以下を目指して頑張ってるじゃないか、という話だと思うんです。でも、昔のように系列販売店が含みを持たせながら売ってくれる時代とは違う。消費者と言っても、家電量販店でどれだけ裁けるかが直接的な目標になってしまうから、あっという間に価格競争になって、これだけ苦労して開発してきたのになかなか儲からない。

 日本の消費者の目が厳しいことは有名ですし、おそらく世界一でしょう。逆に言えば、そのような厳しい消費者に支えられていることが、日本製品の競争力の高さを支えているとも言えるわけで、それなら、その消費者をもっと巧く使いこなす市場設計をしたらいいじゃないか。それを活かすには、標準的な核家族から個別化への流れを強める消費者を個別に囲い込むようなサービスを伸ばしていくことが重要なんじゃないか。それで、そのために何が必要かを考え、情報経済課の森川君にこのような図を描いてもらったんです。

   

 話をわかりやすくするためにやや意図的に簡略化している部分もあるのですが、まずコンテンツのレイヤがあって、消費者があって、これは実はEAと同じなんですが、消費者が求めている機能・サービスと、それに必要なデータの処理という部分がありますね。消費者が求めているのは遠隔医療とか、遠隔教育とか、テレビを見るとかカメラを見るとかデータを保存する等の機能・サービスで、それに応じたデータ処理のフローというのがあります。これらは本来、今ある技術にdependするのではなく、どういう機能・サービスが市場で求められているかによるわけです。それを踏まえて、このような機能・サービスをどのようなサービスコンポーネントに分類するのか。デジカメのサービスか、放送のサービスの延長でくくるか、ビデオデッキの延長か。そして、その分類の上に始めて、どの技術にどのようにdependするのかという議論が出てくるわけです。そうして、消費者のニーズ、デジカメの写真を見るとか、ハリウッドの映画を見たいだとか、そういうニーズが満たされるサービスが提供されるという仕組みになるのです。

 このあたりは情報通信機器課の平井補佐のペーパが詳しいのですが、今良く話題になるコーデックだとか著作権管理も、すぐさまコンテンツの囲い込みに話が飛んでしまう。でも、本来、両者のレイヤの間には、消費者が何を考えていて、そのためにはどのような機能・サービスが必要で、その機能はどのようなデータ処理があり、それはサービスコンポーネントに分けることが最適かをはっきりさせる、そういう議論があって、それ故にこういう技術アーキテクチャが必要なんです、という、真ん中の議論がなければならない。しかし、今は、真ん中の議論がすっ飛ばされて、要素技術からダイレクトに「我が社のコーデックこそ世界一」みたいな勢いで、何にも必然性がないままに各社がバラバラにコンテンツを囲い込みに出ている。そういう縦割りの競争を繰り広げているということですね。まあ、iTunesがなくてもiPodが売れてしまいますから、それでも良いのかもしれませんが(苦笑)。でも、そういう競争は将来性、発展性ということを考えると物足りない。大事なのはコンテンツと端末技術の真ん中にある、どういうニーズがあって、どのような機能でそれが満たされる、というユーザにdependする部分の情報量なんですが、それが全然足りてない。

 だから、まずは、こうした本来多階層化している市場に関する情報量の流通をカタログスペックレベルで増やすために、ボキャブラリーをこちらで提供しましょう。また、同じ機能のことを各社メーカーで違う名前を付けて言ってたりしますが、それをきちんと相互参照できるようにしましょう。それが、この報告書で提案している「リファレンス(参照)モデル」なのです。情報家電市場をEAの手法を活用して可視化するため、みんなで共通の辞書:参照モデルを作りましょうと。その上で、各社が提案する戦略、すなわちEAの具体的内容がどのように違うのか、共通言語で語れる土俵を作ろうじゃないですかと。具体的には、情報家電に必要な機能、例えば、遠隔医療、ゲーム、動画、教育、といった内容をどんどん定義していって、また、そのためのデータ処理の対象となるデータモデルなどにきちんと定義と名前を与えてあげるわけです。そうすると、消費者やサービス提供者は、あのメーカーの製品でできるのはこのサービスとあのサービス、というようにサービスコンポーネントと機能の間の関係性をフェアに、きちんと把握できるわけですね。こういう「情報家電市場の可視化」が必要だと思いますよ、という話なのです。これには、参照モデルを作るにあたり、まず消費者のニーズを掘り出す仕組みも必要なので、「コンシューマー・レポート」という提案も盛り込んであります。つまり、思いこみでの技術規格の決定や、消費者ニーズを無視したコンテンツ囲い込みといったことは止めて、消費者の部分のレイヤの強化を通じて、強い製品アーキテクチャを作り出していけるのではないか、その後に、個々の要素技術の育成強化、つまりどんな技術アーキテクチャになったとしても強い製品を供給できるだけの力をつける、こういう順序があるんじゃないの?という主張をしています。

 更に突き詰めると、背景には次のような問題意識もあるんです。時代は、ポーター以来話題になり続けてきた「選択と集中」という供給側の論理を更に超えたところで動き始めている。SCMという言葉を悪用して全てのValueChainを上流の論理で内部化してしまうのではなく、消費者からの顧客価値の逆流をどういう形で受け止め、レントをどこに蓄積していくのか。そのモデルをどう作り上げていくのか。その先兵として情報家電市場があるのではないか。  次の絵を見てください。この絵の下半分は、経済産業省がこの5月に「新産業創造戦略」(※注3)をまとめる際に、現状認識としてきた絵です。これに、上半分を足してみたのがこの絵です。

 我が国の情報家電産業は、世界をリードするような基礎技術と完成品をいち早くリリースしていながら、その収益率の悪さと、諸外国に追いかけられる不安に苛まされています。完成品として商品を出しても、この「分断傾向」とある部分で、家電量販店を通じた厳しい価格競争とメーカ間の厳しい投資消耗合戦が待ってるからです。最初から、垂直統合を目指さずあるレイヤに絞った戦略をとる海外企業との争いにも苦戦するでしょう。ですが、本来市場は、情報家電の製品の部分でとぎれる必要はないの。産業構造は、本来、商品を出すところではなく、消費者にサービス・便益を提供するところまで繋がっている。そこに、消費者からの顧客価値の逆流を受け止め損なっている一つの減員がありはしないだろうか。

 むろん、当面の展開を考えれば、完成品による量の市場を海外においても確保し続けることが、重要です。そのためには、強い技術・人材への投資、知的財産戦略の駆使など、対応すべき課題は多い。しかし、消費者の多様化が本当に進むのであれば、これらの動きと同時にサービスの活性化によって全体の収益力を高める構図を作った方が、高度部材産業集積を活かした垂直連携をはじめとする完成品ビジネスの強みも、より作り易くならないでしょうか。今後アジア企業がおそらく作って来るであろう、規格化された商品を安く早く出すことに優れた低コスト生産ネットワークにも負けない戦い方が作りやすくなるのではないでしょうか。

 そして、その実現のためには、少なくとも、「選択と集中」だけではなく、その次の段階の議論として、市場の「可視化とチェンジマネジメント」が不可欠になる。もちろん、このモデルを立てるのは簡単ないですよ。特に、消費者に接するサービスの価格弾力性が読めないという問題、また、ネットワークの経済性がもたらす新たなレントをどういうルールで事業者間で分配するのかという問題など、非常に悩ましい障害がある。でも、背景には、こういう市場の論理のパラダイムシフトが起きているような気がしてるんですね。だから、この情報家電産業群の育成というのは、産業政策全体にとって非常に象徴的な意味を持つ。

 その他にも、このレポートには、サービスにイノベーションを起こしやすい仕組みにするため、物理層における冗長性の確保とネットワーク層における競争促進の両立を基本に制度設計を考える必要があるのではないか、とか、いずれにせよ比較優位を持つべきキーデバイスの技術開発はこういう形で更に進めていくべきだとか、組み込みソフトを巡るソフトウエア工学の水準の向上は不可欠であるとか、いろいろな現状認識と提言を込めてみました。正直に言いますと、目の前の今年、来年と言うことを考えると、こうしたサービスを中心としたイノベーションだけでなく、市場の国際化を前提としてコモディティを量で裁いていく戦略がどうしても欠かせないんですけどね。

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