20万ドル(約2900万円)もする高級車を試乗して、最も印象に残ったのが697馬力のエンジンでも、特注の革張りインテリアでもなく、ソフトウェアだったというのは、確かに妙な話かもしれない。しかし、これは筆者が高級SUV「Aston Martin DBX」に乗り、Appleの車載システム「CarPlay Ultra」を体験した正直な感想だ。
Aston Martin DBXに搭載されたCarPlay Ultraは、Appleのユーザーインターフェースに英国の高級スポーツカーメーカー、Aston Martinのロゴを貼り付けただけのものではない。両者の統合はもっと深い。これはAppleがコックピットに起こした革命であり、率直に言って、この革命は輝かしい成果を上げた。
DBXに乗り込み、イグニッションをオンにすると、まず迎えてくれるのは(初期設定が終わっていれば)見慣れたAppleの「hello」画面だ。「iPhone」や「Mac」ではおなじみの遊び心あるタイポグラフィが、20インチ以上あるダッシュボード全体に広がる。不思議な感覚だが、どこか懐かさも感じる。12.3インチのドライバー用デジタルディスプレイと、10.25インチのセンタースクリーンの両方にAppleのインターフェースが表示される。
Appleの車載システムを採用したからといって、Aston Martinのアイデンティティが失われたわけではない。標準設定では、ドライバー用ディスプレイにはAston Martinのブランドカラーである深い緑色に縁取られたデジタルダイヤルと、上から見た車体の詳細なレンダリング画像が表示される。ドアの開閉、インジケーターの点滅状況、タイヤ空気圧などもリアルタイムで確認できる。ドライブモードの変更は即座にアニメーションで表示され、後述するがカスタマイズも自由自在だ。
Appleは、この車のすべてを支配しているわけではない。アンビエントライトや高度な車両設定などにはAston Martinらしさが息づく。Aston Martin独自の機能とCarPlay Ultraの機能は完全に切り離されているわけではない。CarPlay Ultraのインターフェースから、Aston Martinのメニューへの切り替えはシームレスだ。フォントが微妙に変化し、UIからAppleらしい丸みがわずかに失われるものの、Aston Martin側のシステムでの設定が終われば、ただちにCarPlay Ultraに戻ることができる。見事な連係プレーだ。CarPlay Ultraを開き直す必要はなく、戻るボタンを押すだけで、すぐにもとの画面が表示される。
この「パンチスルー」と呼ばれるUIはエレガントで機能的だ。自動車のネイティブシステムとサードパーティ製のシステムが、これほどシームレスに共存しているのを見たことはない。
残念ながら、最近のスマートな車載システムはラジオ機能を切り捨てていることが多いが、今回は違う。CarPlay UltraにはDBXのFM、デジタルラジオ、衛星ラジオが組み込まれており、専用アプリまで用意されている。ラジオ局のスクロールやお気に入り登録はもちろん、アルバムアートやメタデータの取得にも、Apple Musicと同じ洗練されたUIが適用されている。
CarPlay Ultraの画面は、多くの人にとってなじみのあるものだろう。iPhoneや「iPad」、あるいは「Apple Watch」を使ったことがあれば、特にそう感じるはずだ。丸みを帯びたアイコン、きびきびと動くアニメーション、洗練されたミニマルなインターフェースはいかにもAppleらしいが、自分らしさを表現するためのカスタマイズ機能も用意されている。背景のデザインはダークな色合いのシンプルなものから、Astonらしいスタイリッシュなものまで豊富に用意されており、ドライバー用ディスプレイのレイアウトも充実している。
ドライバー用ディスプレイには、マップを全画面表示することもできれば、画面を3分割して、左側に速度と走行距離、中央にメディア、右側にトリップ情報やカレンダーイベントを表示させることもできる。センタースクリーンを「Apple Music」や「Podcast」に切り替えるのも一瞬だ。ウィジェットはドラッグ&ドロップに対応している。ダッシュボードはステータスパネルというより、必要なものを選りすぐった情報ハブに近い。
古い車載システムにありがちな形ばかりのウィジェットと違い、CarPlay Ultraのウィジェットは実用的だ。今回の試乗では、目の前のディスプレイの中央にAppleの「マップ」、その隣にタイヤ空気圧のウィジェット(問題ない時は緑色、問題がある時は黄色)、反対側の隣にはカレンダーの次の予定が表示されるようにした。音楽のウィジェットは、かかっている曲の情報だけでなく、アルバムアートや波形のアニメーションも表示する。情報はすべてリアルタイムで更新されるため、まるで生きているようだ。
空調用のウィジェットもある。センタースクリーンの左上と右上の隅にピン留めされ、温度やファンの速度をワンタップで調整できる。設定画面にたどりつくために、何度もタッチを繰り返す必要はない。一度タッチすれば、すぐに設定画面にアクセスできる。
タッチスクリーンは使いやすいが、必ずしも使わなければならないわけではない。ハンドルには静電式パッドが搭載されており、小さなiPadのように親指でスワイプすれば、ドライバー用ディスプレイに表示される情報を変更できる。例えば、左にフリックするとパフォーマンスダイヤル(回転数、ブースト、Gフォース)、右にスワイプするとAppleマップ、下にスワイプするとメディアが表示される。
すべてがリアルタイムで、何のラグもない。これこそ、現代の車載システムのあるべき姿と言っても過言ではない。さくさくとした動きと自然な操作感は、センタースクリーンをいじりながら運転するよりもずっと安全だ。
もしiPhoneが動かなくなったり、iPhoneを家に置き忘れたりした場合はどうなるのだろうか。その影響は驚くほど小さい。速度、燃料、走行距離といった重要な情報は車両側で保持している情報がローカルで表示されるため、何があっても画面から消えることはない。
経路案内やメディア、アプリといったApple独自の機能にはアクセスできないが、ダッシュボードが真っ暗になるわけではない。また、iPhoneを再接続すればレイアウトやウィジェット、設定などは、すべて何事もなかったように一瞬で元に戻る。
CarPlay Ultraはデザインが洗練されているだけでなく、使い勝手もいい。サスペンション設定、トラクションモードの切り替え、ドライブプロファイルの微調整も、Appleのエコシステム内で完結する。Appleの「メッセージ」や「Spotify」のアイコンと並んで「Vehicle(車両)」アプリが表示されている様は、アダプティブダンパーがグループチャットの近くにあることに何の不都合があるだろうと言わんばかりだ。
最大の変化は心理的なものだ。CarPlay Ultraは、車両のシステム上で動いているようには感じられない。むしろ、CarPlay Ultraこそがシステムだ。Aston Martinは助演、主役はAppleという関係性は、うまく機能しているように見える。それはAppleがユーザー体験を理解しているからだ。Appleは細部にまでこだわる。フロントガラスの曇りを取るために、ボタンを6つも押す必要はないと知っている。
最新技術をつめこんだAppleの新しい車載システムを最初に採用した自動車メーカーがAston Martinだったことは意外かもしれない。しかし、この組み合わせこそがCarPlay Ultraのデビューを鮮烈なものにしたとも言える。CarPlay Ultraは、Aston Martin DBXを単に今風にしただけではなく、現代の自動車のあるべき姿を見せつけた。まるで車載ソフトウェアとは本来、こうあるべきものだとでも言うように。
CarPlay Ultraは、まずは米国でAston Martin DBXとDB12の2025年モデルから提供される。2025年8月から本格展開が始まり、すでに販売済みの自動車についても、対応モデルであればディーラーによるソフトウェアアップデート後、すべての機能を利用できるようになる。CarPlay Ultraを使用するためには「iOS 18.5」以降を搭載した「iPhone 12」以降のiPhoneが必要だ。
この記事は海外Ziff Davis発の記事を朝日インタラクティブが日本向けに編集したものです。
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