1年ほど前、筆者は服につける「スタートレック」の小型通信機のようなデバイスについてレビューした。この「Ai Pin」はスマートフォンに代わる未来のデバイスとうたわれていた。人々をスマートフォンのディスプレイから解き放ち、AIを活用して生活をより便利にするというわけだ。
しかし、この699ドル(約10万円)のデバイスは文鎮と化し、その知的財産などはHPに売却される。2月末にHumaneのサービスが終了すると、Ai Pinは機能しなくなる。Humaneのサーバー上にあるデータもすべて削除される。
Ai Pinは完全な失敗だった。うまく動作せず、過熱することもあった。インターフェースは未来的だが安定せず、洗練とはほど遠かった。手のひらに投影された「ディスプレイ」を見ながらハンドジェスチャーで操作するのは無理があり、AIの出来も良くなかった。
しかし筆者が考える最大の敗因は、これほど普及しているスマートフォンの存在を無視したことにある。これは、他のAIデバイスやVR/ARウェアラブル製品を開発している企業にも耳を傾けてほしい重要な教訓だ。
「スマートフォンが生活のあらゆる面に関わっている世界で、どうして消費者が低品質で余計な機能を持つデバイスに高いお金を払うだろうか?消費者は、未来的だからという理由でテクノロジーを採用するわけではない。テクノロジーが日常生活をシームレスに改善してくれるからこそ、それを採用するのだ」と、市場調査会社IDCのデータ&分析担当バイスプレジデントであるFrancisco Geronimo氏は述べた。「これは決してマーケティングや消費者の受け入れの問題ではない。Ai Pinは、ただ現実の問題を解決できなかっただけだ」
AIを活用している別のウェアラブル製品であるMetaの「Ray-Ban Metaスマートグラス」は、かなりの成功を収めている。公式発表では、これまでに200万個を売り上げたという。実際に使ってみた感想として、Ray-Ban Metaが成功した理由は大きく3つある。第一に、Metaのスマートグラスは大手眼鏡ブランドが作っており、デザインも申し分ない。第二に、スマートフォンと連携でき、スマートフォンのアクセサリー(ヘッドホン、ウェアラブルカメラ)として使える。そして第三に、AIをメインの機能ではなく、気の利いた「おまけ」と位置づけている。
現在のAIは役に立つこともあるが、たいていは目新しい仕掛けにすぎず、ときには煩わしく、邪魔でさえある。MetaはAIを実験の場のように扱っており、Ray-Ban MetaではAIの使用は任意だ。
それに対してHumaneのAi Pinでは、AIが唯一の差別化要因だった。AIを除けば、このデバイスは音楽配信サービス「Tidal」を利用できる、平凡なカメラ付き音楽プレーヤーでしかない。誰が付けても微妙なデザインで、用途も限られていた。しかし最大の問題は、誰もが持ち歩いているスマートフォンとの連携が一切なかったことだ。Humaneの創業者たちにとって、Ai Pinはスマートフォンを超える存在だった。
この主張はVR/ARヘッドセット界隈でも耳にすることがある。例えば「Meta Quest」や「Apple Vision Pro」はコンピューティングの未来だと言われている。問題は、筆者を含め、多くの人はスマートフォンを手放さないということだ。
今のスマートフォンはできることが多すぎる。安全性、セキュリティ、アカウント管理、音楽、カメラ、パーソナルアシスタント――どの分野でもスマートフォンが不可欠だ。スマートフォンを手放すためには、少なくともスマートフォンと同程度のことができるものが存在しなければならない。あるいは、スマートフォンが提供している機能がなくても問題ないと納得できる何かが必要だ。しかし筆者の知る限り、そのようなものはまだ存在しない。AIガジェットや単体のVRヘッドセットが「追加デバイス」以上のものになることはない。
HumaneのAi Pinは価格も699ドルと高かった。しかも、機能するためには個別のセルラー通信と月額25ドル(約3700円)のサブスクリプションが必要だった。Humaneは頑としてスマートフォン向けアプリを出さず、Bluetoothでつないでスマートフォンのカメラやスピーカーとして機能させたり、スマートフォンのモバイル回線を利用したりすることも許さなかった。この判断は、2024年の発売時よりも今の方がなお愚かなものに思える。
今やAi Pinの命運は尽き、バラ色の理想はHPに飲み込まれた。しかし、教訓は生き続ける。AppleがVision Proを頑なにiPhoneから切り離しているのを見ると、スマートフォンと連携できる小型のヘッドセットの登場を夢見てしまう。Metaのヘッドセット「Quest」シリーズは、スマートグラスと比べると高性能なVRゲーム機のように見えるが、やはり日常のコンピューティングとは明確に切り離されている。それに対して、Metaのスマートグラスは現時点ではまだ機能は限定的だが、少なくとも人々の日常生活に溶け込む「アクセサリー」として機能している。人々に現在使っている製品を捨て、別の道を歩ませようとはしていない。
新しいテクノロジー製品を開発している企業には慎重になってほしい。現在のスマートフォンは優秀すぎて、簡単には乗り換えられない。Googleの新しいプラットフォーム「Android XR」は、Androidスマートフォンや「Google Play」ストアと連携できることをすでに約束している。これはGoogleが、次のVR/ARガジェットを成功させるためにはスマートフォンを無視できないと考えていることを示しているのかもしれない。企業はスマートフォンの存在を受け入れ、活用する方法を見つける必要がある。
将来のスマートフォンは連携機能をさらに強化し、没入度の高い、パーソナルなアクセサリーと連携しながら、まったく新しい方法でスマートグラスやウェアラブルデバイスを支え、動かすことになるだろう。しかし、スマートフォンに完全に取って代わるものがすぐに登場するとは思えない。今の段階でそう主張する製品があれば、遠からず姿を消すだろう。今や惜しむ人すらいないAi Pinのように。
この記事は海外Ziff Davis発の記事を朝日インタラクティブが日本向けに編集したものです。
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