CVCの取り組みと課題を紹介していく連載「CVCの現在地--共創と新規事業を生み出すための新たなアプローチ」。今回は「PARAMOUNT BED Healthcare Fund」を運営するパラマウントベッド ヘルスケアファンド統括責任者の古賀成憲氏とファンドマネージャーの瀧澤康平氏にご登場いただいた。
2022年に開始したCVCファンドの設立経緯や、現在までの取り組み、新規事業や他社への出資における社内の文化醸成などについて、スパイラルイノベーションパートナーズ General Partnerの岡洋氏が聞いた。
岡氏:老舗、大手企業というイメージが強いパラマウントベッドですが、CVCを始められた経緯というのは。
古賀氏:当社の経営陣が代替わりしていく中で、トップダウンからボトムアップスタイルの経営に変えたい、外部企業との連携を積極的に進めていきたい、若年層からきちんと認知される企業にしていきたいといった、目標がありました。
中でも経営陣が若年層に認知される会社でありたいという思いは強く、まずは、社内の100人近い若手を集めて、話を聞いてみました。「会社についてどう思っている」「課題は何か」といったテーマでディスカッションを進めていくと、会社の課題が浮き彫りになってきました。
その課題の一つが、新しいチャレンジをしようと考えた時に受け皿がないこと。新しいことを推進していく部署自体が存在せず、当社が強みとする医療や介護の事業領域の延長線上における新しい試みや新しい領域でのビジネスが提案しにくい環境でした。
この時の若手で挙がった声が経営層へ向けた提言としてつながり、設立したのがCVCになります。
岡氏:御社は睡眠状態を測定する非装着、非侵襲睡眠計測センサーなど、かなり先進的な取り組みも手掛けられています。その辺りの取り組みは新規事業というわけではなかったのでしょうか。
古賀氏:睡眠計測センサーは、当社の中では新領域の事業と言われています。開始当初は、販売に苦戦しましたが、現在では、私たちにとって注力事業の一つにまで成長してきました。営業が苦しい中でも将来を見据え、取り組んでこられたのは経営トップの先見の明があったからこそだと思っています。
岡氏:また、別軸の取り組みだったのですね。では、現在のCVCの基になった部署というのは。
古賀氏:先ほどお話しました社内の100人近い若手を集めたディスカッションで挙がった会社への声というものが基になっています。
岡氏:新規事業を生み出すのであれば、CVC以外の選択肢もあったと思います。
瀧澤氏:社内コンテストなどの選択肢もありましたが、社長から「いきなり実施するのではなく、まず外部の人とコミュニケーションすることで、新しい事業やサービスが作れるのでは」とのアドバイスがあり、あらゆる異業種の方々と取り組む、CVCという形に落ち着きました。
急にパラマウントベッドと組んでくれる会社を探そうとしてもすぐに見つけられるか不安でした。そこで、私たちCVCのチームが会社のイメージとして発言力を高め、当社のビジョンや強みを知ってもらうことから始めました。この一歩を踏み出すことで、新たなステップに行けるかもしれない、そんなイメージでスタートしました。
岡氏:CVC運営には資金が必要なので、リターンを求めるのがもちろん一般的ですが、重要な役割は社内文化の醸成であり、社内外の仲間集めです。今までとは異なる文化を取り込むことで、社内の戸惑いはなかったのでしょうか。
古賀氏:これまでは、技術流出リスクなどの観点で、他社との接触を少し避けてきた部分があったと思います。一方で、社内には他社の技術を知りたいという思いもありますし、外部向けに情報をオープンにした方が良いという声もあったのかもしれません。
瀧澤氏:社としては新しい取り組みなので、CVC立ち上げ当初は外部とのコネクションが全くないところからのスタートでした。当初のメンバーは上長の古賀と私を含めた3人で立ち上げとなりましたが、古賀が「推進活動の中でデザイナーの視点が必ず必要になる」と判断し、工業デザイナーをメンバーに加え、現在は4人で運営しています。
2024年度からは、グループ組織の体制が強化され、新規事業開発を担う「事業開発チーム」と投資領域を手掛ける「アライアンスチーム」に分け、事業開発の部分では多くのスタートアップとお付き合いをしています。出資先のスタートアップと組んで事業を展開するケースもありますし、事業連携だけの場合もあります。
岡氏:スタートアップと事業を連携する際、社内の事業部の方はどのような形で関わられるのですか。
古賀氏:これまで接したことがない領域での取り組みに関しては、自組織内で進めることもありますが、基本的には、私どもが社内のハブ的な存在となり、各事業部である医療、介護、健康、国際、技術、生産などのメンバーで投資検討チームを組成して推進しています。自身の知見を広めたいという意欲を持った20~40代の若手のメンバーが中心になっているのも特徴の一つだと思います。
岡氏:意思決定はどういうプロセスになるのでしょうか。
古賀氏:デューデリジェンスまでは、今、お話ししました投資検討チームで精査を行い、その後、私を含めた少数の経営層にて会議を都度開催し、投資の合議を得ています。こうした体制を築くことで、意思決定のスピードを上げています。
瀧澤氏:社内では各事業部と個別でミーティングをしているほか、当ファンドを共同で運営している投資会社であるSBIインベストメントと案件の進捗会議を隔週で実施しております。案件精査や意思決定プロセスの場に、一部の経営者だけが参加していることも特徴です。経営トップからは、意思決定の推進についても運営部隊である私たちに委ねてもらっています。
岡氏:ファンドを共同で運営しているSBIインベストメントとの役割分担はどうしていらっしゃいますか。
古賀氏:SBIインベストメントには、主に財務面でのチェック、当社は事業シナジーの検討を進めていくといった、明確な役割分担をしています。
岡氏:ファンド設立から2年が経ちました。出資実績はいかがでしょうか。
瀧澤氏:現在12社に出資しています。CVCの立ち上げには2つの目的があり、オープンイノベーションの推進と企業風土の変革を掲げています。他社と連携しても、社内の理解を得られなければ、ビジネスも進みません。
CVCの役割として、本業とは少し離れた領域の「飛び地」に出資するケースもあると思いますが、私たちは意図的に本業に近い他社との連携を選び、ビジネスをご一緒できる体制を整えています。これにより、社内からの期待値を高める企業風土も構築していく計画です。
そもそも、新規事業や事業連携といったノウハウがほぼない中で始めたCVCなので、お話を進めていく中でM&Aの要素が絡んでくることもあり、この部分の体制を少しずつ整えていかなければならないと思います。
岡氏:投資先はどのような軸で選定しているのですか。
瀧澤氏:先述したように本業に近いところに出資するケースが多いですね。例えば、私どもの睡眠研究の専門部門「パラマウントベッド睡眠研究所」との相性が良い技術やサービスを持っている会社と共創することで、パラマウントベッドは睡眠における取り組みを強化していることがアピールになります。また、一見すると飛び地のように見えても、パラマウントベッドというブランドの付加価値が向上すると感じる会社にもお声がけさせていただいています。
岡氏:社内のCVCに対する理解はいかがですか。また、どのように理解促進を図ったのでしょうか。
古賀氏:当社は、過去にM&Aという手段の経験のみで、少し他企業への出資に対して慎重になりすぎている部分がありましたが、この心理的な障壁を、CVCという少額出資という考え方から下げていければと考えています。
瀧澤氏:こういったコミュニケーションの必要性の背景から、CVC設立1年目に全国の営業支店や戦略子会社への説明会を開催しました。こうした活動を積み重ねながら社内に理解を広げている段階です。最近では、営業支店から「もう一度話を聞きたい」といった声がかかるなどの変化も少しずつ出始めています
もう1つ起こった変化としては、ある本部での本部方針に、「2030年以降のありたい姿を探索した活動」というワードが加わったことで、社員がCVCに目が向くようになってきました。
岡氏:社外の認知を高めるとともに、社内の変化も引き起こしていますね。
古賀氏:当社ベッドを活用いただいている医療現場でのシナジー連携をはじめとする動きが分かりやすい好例ですが、これはCVCでなければ実現できなかった動きだと思います。一歩間違えば、出資しているスタートアップは当社にとって競合に該当していきます。
競合に出資するなど、少し前までは考えられなかったことですが、今のうちこのビジネスにリーチしておきたいという動きができるのもCVCを設立したメリットだと考えています。
岡氏:既存ビジネスを手掛けている事業部の方の反応はいかがですか。
瀧澤氏:私たちは事業部が関わらない案件は投資対象にしないと決めているので、風通しは良いと思っています。例えば出資しているスタートアップの方から、ニュースリリース用のコメントを求められることがあります。その時にコメントを出すのは、CVCのメンバーではなく、投資に関わる領域の事業責任者としています。これは社内へのメッセージとしても効果的であり、自分たちのトップからのコメントが出れば、事業部内で働く社員のCVCに対する捉え方も大きく変わってきます。
古賀氏:加えて、投資検討会議に事業部のメンバーからも参加してもらっています。CVCを運営する私どもはハブ的な機能であることが望ましく、黒子であるべきだと思っています。
岡氏:先ほど、CVCの役割として社内文化の醸成というお話がありましたが、この部分かなりしっかりと刻まれていますね。
古賀氏:経営トップにしっかりとコミットしてもらっていることが大きいと思います。
瀧澤氏:経営トップが掲げる「コミュニケーションを尽くす」「挑戦を援ける」という企業風土にも貢献していきたいです。その中で旗印がしっかり見えているのも大事なことだと思っています。
岡氏:社内に向けての情報発信も積極的に取り組まれているのでしょうか。
瀧澤氏:社内外問わず、私たちがきちんと伝えていくことは非常に大事なミッションだと思っています。そのため情報発信を定期的にするようにしていますし、新しい取り組みとして、オープンイノベーションをテーマにした社内研修も計画しております。
古賀氏:社内研修はフレームワークを学んだり、SWOT分析をしたりすることが多いかと思いますが、それを事業部に持ち帰って実践するのはなかなかハードルが高いかもしれません。CVC活動を通じた知見の共有などを中心とした、オープンイノベーション研修により、参加した社員が「ジブンゴト化」できるような内容にしたいと考えています。
瀧澤氏:特に社内のキーパーソンとなり得るマネージャーにこの研修を受けてもらいたいです。私もマネージャーの一人ですが、この層に向けてアプローチしたいです。
岡氏:CVCの運営を左右するのは人なので、研修に組み込まれるのは素晴らしいですね。人事担当者が協力的なのも良いですね。
古賀氏:そうですね。新たな研修の取り組みということで人事部が協力してくれました。
岡氏:御社は唯一無二のプロダクトを数多く持ち、市場でのシェアも高い。盤石な環境でありながら、CVC設立のみならず、オープンイノベーションの研修を実施したり、若手社員に意見を聞く機会を設けたりと、新しい取り組みにも積極的ですね。
瀧澤氏:社内に向けては、繰り返し訴えることでいつかは相手に思いが届く、ということを直近で感じています。
古賀氏:ずっと盤石だったかというとそうではなくて、厳しい時期もありました。そうしたことを経て、今のうちに新しい事業の柱を立てることが重要という認識があります。そうした思いが、現在の取り組みの背景につながっていると思います。
岡氏:2022年にスタートされたPARAMOUNT BED Healthcare Fundですが、今後についてはどのように考えていますか。
瀧澤氏:CVCを手掛ける会社は増えてきました。その中でも「何かを売りたい、作りたい」と思った時にパラマウントベッドに声をかけてみようと思われる会社にしていきたいと思っています。そういう環境が整えばさらに情報も集まってくると思います。投資領域については、本業に近いところから始め、少しずつ別の方向性も探っていこうと思っています。先述した通り12社に出資し、そのほかにも提携させていただいている会社がありますが、会社の文化が全く違うので、たくさんのことを学んでいます。
岡氏:学びながら、チャレンジしながら、いろいろなことを同時進行で取り組んでいく感じですね。経営戦略として、アジアを主としたグローバル展開についても言及されていますが、アジア地域に対する投資についてはいかがですか。ソーシング(新規案件を創生する活動)は、どのようにされているのでしょう。
瀧澤氏:CVCとして関わるのはもう少し先と見ています。将来マッチングできるような会社や知見のあるプレーヤーを探している最中です。
岡氏:最後に、CVCとして目指す方向性を教えてください。
古賀氏:社内的には、社員のオープンイノベーションに対する興味を上げていきたいですね。金銭面だけでは計れないような結果を残したいと思っています。社内に与えた影響については、発信し続けることで2号ファンドにもつながっていくと思いますので。
岡氏:睡眠を含む健康関連に取り組むスタートアップは多いですが、自前でできることには限界がある。そうした時にM&Aや出資など、御社と組むことで価値提供ができる仕組みがあるのは、とても良い戦略だと思います。2号ファンドに向けても期待しています。本日はありがとうございました。
岡 洋
スパイラルイノベーションパートナーズ General Partner
2012年にIMJ Investment Partners(現:Spiral Ventures)の立ち上げに参画。その後、MBOを経て2019年にSpiral Innovation Partnersを設立、CVCファンドの運営を開始。2014年頃から投資実務の傍ら、コーポレートベンチャリングを軸とした企業のオープンイノベーション支援を行っており、アクセラレーションプログラムや社内ベンチャー制度の企画運営など幅広くサポート。
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