三菱地所が運営するコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)「BRICKS FUND TOKYO」が3年目を迎えた。投資実績社数は15社を数え、CVCやVC出資による投資総額は、2020年代半ばまでに累計500億円を見込む。「既存事業との協業やシナジー効果は前提としない」として取り組んできたCVCは、この2年でどんな効果をもたらしたのか。スタート時から BRICKS FUND TOKYOをリードする三菱地所 新事業創造部イノベーション推進・CVCユニット主事の橋本雄太氏に聞いた。
――現在、注目している事業ジャンルはどんなところでしょうか。
クライメートテックや生成AIというトレンドはより強くなってきていると思うので、そのあたりを有望なインパクト領域と捉えています。直近の投資実績では、2.5次元IPのプロデュースを手掛ける「ウタイテ」に新たに出資した一方、開始から2年を経て、投資先が次のラウンドへ移行しているケースもありますので、積極的に追加出資もしています。
実際、出資しているのはDXやSaaSといったB2B領域が多いのですが、ウタイテはB2C領域のビジネスですし、ポートフォリオのバランスは常に心がけています。当初から3割程度は海外の企業に投資していきたいと考えていたのですが、現状、日本企業が8、海外が2といったバランスなので、このあたりは想定通りという印象です。
――BRICKS FUND TOKYOは数少ない、出資先に対して協業やシナジー効果は前提としないCVCです。2年を経てこのコンセプトに変化はありませんか。
コンセプト自体に変化はありませんが、実務ベースでは協業やシナジーを作れています。スタートアップの方のプロダクトを私たち三菱地所が使うケースもありますし、より踏み込んで事業を一緒に創るという動きもいくつかでてきました。
過去には三菱地所が、エレベーター内の広告を手掛ける「spacemotion」というスタートアップを東京という会社とともに立ち上げたことがありますが、こうしたジョイントベンチャー的な動きも立ち上がりつつあります。最終的には新しい事業の柱を作っていくというのが私たちのミッションの1つでもありますから、事業の立ち上げといった動きもしていきたいと思っています。
――スタートアップへの出資実績を着実に積み上げる一方で、大企業の新事業創出支援やスタートアップとのオープンイノベーションを促進するプラットフォーム「TMIP」(Tokyo Marunouchi Innovation Platform) と連携し、投資先と大企業の連携もサポートされていますね。
三菱地所にはコワーキングスペースを手掛ける部門があり、大手企業の新事業担当者のコミュニティなども運営しています。その方々とスタートアップの関係づくりもサポートしていきたいなと思っています。
私たちのゴールは、三菱地所自らの変化を生み出し、次の時代の豊かさにつながる価値創造のためのビジネスモデルの革新、「ビジネストランスフォーメーション」を実現することだと思っていますし、その結果として産業が生まれ変わる、新しい成長産業が生まれることだと思っていますので、そこをしっかりと作っていきたいですね。
――出資を決める際、どのあたりを重視していますか。
カテゴリーリーダーになっていけるようなスタートアップかどうかを重視していますね。
すでに出資させていただいている「Mellow」は、キッチンカーなど移動型店舗事業者と出店スペースをマッチングする日本最大級のモビリティビジネス・プラットフォーム「SHOP STOP」を運営していますが、移動型店舗のプラットフォームはMellowが圧倒的なポジションを築いている。また、ウェブシステムの画面上に操作ガイドを表示してサポートするSaaS「テックタッチ」は、DAP(デジタルアダプションプラットフォーム)の領域では国内でほぼ唯一のプレーヤーです。
カテゴリーリーダーになれるポテンシャルを持ち、かつ、社会に大きなインパクトを作っていけるようなスタートアップへの投資機会を得られるよう、徹底してやっています。勢いのあるスタートアップにしっかりと投資できているところが、結果として協業を生み出しているのかなと思っています。
――カテゴリートップになれるような力のあるスタートアップの方と知り合うポイントというのは。
基本的にはご紹介や問い合わせが多いのですが、ベンチャーキャピタル(VC)の方とのリレーションなど、スタートアップ・エコシステムに入り込むことが大事ですね。あとは業界動向をきちんと勉強すること。ファンドを共同運営するプライムパートナーズと勉強会などを定期的に実施していて、常にテクノロジーなどのトレンド情報をアップデートしています。
初回面談から投資まで実現できたスタートアップは、お会いした中の2%くらいなんです。現在15社に投資していますから、大体600社には会っています。
結果として投資に至らなかったケースも多々ありますが、次のラウンドで投資を実現できることもありますし、投資を見送っても協業につながるスタートアップもあります。そういった意味でも、多くのスタートアップの方に出会えるよう努力することが大事だと思います。
――2%を見つけだすのはかなり大変そうですね。
たくさんの出会いの中で私たちの議論の質も高まってきますし、チームとしてのクオリティも上がってきていると思っていて、アクティブに、そしてコンスタントにやり続けるというのがCVCには大事かなと思っています。
このアクティブさ、というのはスタートアップだけではなく、VCの方にも広まりますので、投資先をご紹介いただけるなど新たな動きにもつながってきますね。
――橋本さんご自身では、スタートアップの方とお会いしたとき重視するポイントはありますか。
私たちはシリーズA、Bのスタートアップの方をメインにしているので、プロダクトやソリューションが産業にどのくらいインパクトを与えていけそうかを重視していますね。このソリューションだったらどの程度の市場がとれるか、また横にどう広がるのかという部分ですね。
例えば、モビリティSaaSを手掛ける「ニーリー」という会社に出資しているのですが、月極駐車場の管理会社向けのSaaSの競争力は高く、この市場のNo.1プレーヤーとなっています。さらに管理会社が持つデータがとれるので、駐車場がどのくらい空いているかという情報が取得できる。今後、自動運転時代にはモビリティ・プラットフォームとしてさまざまなソリューションにつながっていくかもしれません。このように、将来的なインパクトまで考えることを、チーム内でも議論しています。
――CVCは社内の方にお仕事の内容を伝えることが難しい部分もあると思います。社内的な環境は変化していますか。
変わってきていると思います。当初は、既存事業とのシナジーを前提としないというコンセプトから、理解されづらい面もありました。現在、年に1回経営陣に対して実績を報告し、次年度のプランを伝えているのですが、2023年度は、もっとこういうジャンルを見てほしい、こういうスタートアップとつながってほしいという前向きなコメントが増え、知の探索の必要性が伝わってきているような気がしています。また、シナジーを前提としなくても何も生まれないわけではなく、さまざまな戦略リターンが作れるという理解は大分進みました。
――社内的にアプローチしていきたい部分は。
事業部ですね。社内に我々の取り組みがまだ浸透しきれていない部分もあるので、そこを掘り起こしていきたい。CVCだけではなく、新事業創造部全体の課題でもありますが、社内の他事業部の方に力を貸していただかないと新たな事業は作れないので、事業部をもっと巻き込みたいと思っています。
CVCファンドをやっているといろいろな情報が集まってきます。そして私たち自身の目利き力も高まってくる。そうなると、M&Aなど経営に対するインパクトを生み出せる可能性が高まると思うので、その中でいいご縁があって、大きなディールにつながっていくと、CVCを含めたイノベーション部門としての成功になるのだろうなと思っています。
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