エアタクシーが頭上を飛んでいる。だが、空を見上げなければ気づくことはない。Joby Aviationが、カリフォルニア州マリーナの市営空港で、電動垂直離着陸機(eVTOL)のテスト飛行を実施しているところだ。ファンが遠くでうなっているようにも聞こえるが、音は後方を飛ぶ大型プロペラ機よりずっと小さい。筆者は、2025年の空をひと足先に見させてもらった。
2025年というのは、同社のエアタクシーがいつ商用飛行を始めるのかと尋ねたとき、Jobyが答えた意欲的な目標だ。現在は、米連邦航空局(FAA)をはじめ世界中の規制当局からの承認を待っている段階である。パイロットが操縦し、乗客数は最大4人。渋滞する道路を避けて、空港と都市の中心を結ぶ。移動時間を短縮できるだけでなく、eVTOLは従来のヘリコプターと比べて、いくつかの利点が期待される。ゼロエミッション、高速、低コストといった点だ。
「宇宙家族ジェットソン」や「ブレードランナー」などのSF作品の作り話で以前から描かれていた、空飛ぶクルマのある未来のように聞こえるかもしれない。だが、実際にJobyの製造施設を見学し、フライトシミュレーターの操縦席に座ってみると、空飛ぶクルマがにわかに現実味を帯びてきたように感じられた。
エアタクシーは、全世界で起こっている交通渋滞問題に対する解決策の1つだ。Joby Aviationだけでなく、Archer Aviation、ヒョンデ、Boeing傘下のWisk Aeroなどが空飛ぶクルマの商用化を競っている。中国メーカーEHangの「EH216-S」はすでに、中国民用航空局による商用飛行の認可を取得済みだ。
調査会社Mordor Intelligenceは、エアタクシー産業が2029年までに40億ドル(約6100億円)に達すると推定している。Jobyは、米国の次世代エアモビリティー市場でも特に多額の資金を獲得しているスタートアップの1社であり、Delta Airlinesやトヨタ自動車などのパートナーからも出資を受けている。2020年にはUber Elevateを買収した。
エアモビリティー市場は、従来の空域に加わることになる新たなカテゴリーの航空機産業であり、自律型飛行と有人型飛行の新しい設計の航空機が登場している。
しかし、Jobyをはじめとするエアタクシー会社が乗り越えなければならない多くのハードルの1つに、一般の信頼を勝ち取り、規制当局の承認を受けるという問題がある。
エアタクシーが空を飛ぶという考えに人々を安心させる方法の1つが、静音化だ。「できる限り、当社の機体を地域社会に溶け込ませようとしている」と、Joby Aviationのスペシャルプロジェクトマネージャーを務めるEdward Stilson氏は語る。
Jobyが機体をこれほど静音化した仕組みを知り、スマートフォンからエアタクシーを呼ぶという未来にどのくらい近づいているのかを確かめるために、筆者はマリーナにある同社の複合施設で製造工程を見学した。
空港の端に建つJobyのテスト飛行用格納庫で、量産前の1機が待ち受けていた。機体の周りを歩いてみてまず気づいたのは、従来のヘリコプターと比べると頭上のスペースに余裕があることだ。乗り込むときも、身をかがめる必要がない。
「機体は、違和感なくなじみやすいように設計している」と、同社のエアタクシーの部品をひとつひとつ示しながら、Stilson氏が説明する。「歩いてそのまま乗り込め、普通の車とほとんど変わらないと感じてもらいたいと考えた」
主翼と尾翼に計6基のティルトローターを装備し、各ローターは5枚のブレードで構成される。上昇態勢になるときは、6基すべてのローターがヘリコプターと同じように上向きで回転する。だが、水平飛行に入ると、ローターは90度傾いて進行方向を向く。米空軍の「V-22 Osprey」も、これと似たようなティルトローターシステムを採用しているが、機体そのものの姿は全く異なっている。
プロペラは電動推進ユニットによってゆっくり回転する。Stilson氏によると、ホバリング中も飛行中も機体が静かな理由はここにあるという。「米航空宇宙局(NASA)とテストを行い、従来のヘリコプターと比べて100倍の静音化を確認している」と同氏は語った。離着陸時の音響特性をNASAが測定した結果、100m離れた場所での音量は普通の会話並みだったことが判明している。
エアタクシーに乗るというと身構えてしまう人も多いだろうが、何層もの予備対策が講じられているとStilson氏が安心させてくれた。バッテリーパック4つと、複数のフライトコンピューターを機体に搭載しており、全体の配線パターンも柔軟性を備えている。つまり、何か不具合が発生しても、乗客はシステムのどこかが停止したとに気づきもしないということだ。
Jobyの量産向け機体は航続距離が100マイル(約160km)、速度は最高で200マイル(約320km)/時に達する。テスト飛行で空港の上空を飛んでいたときは、最高時速には至らなかったが、スマートフォンで撮影するのが難しいくらいには速かった。
電気自動車と同様、エアタクシーも充電が必要だが、Stilson氏は、それが制約になるとは考えていない。「将来のお客様がエアタクシーを利用するフライトのほとんどは、おそらく25マイル(約40km)までになるだろう」。つまり、次のフライトのために乗客を乗せて降ろすまでに必要な時間内で充電は可能ということだ。
eVTOLを製造するときに課題となる1つの要素が重量だ。離陸して十分な距離を飛べるくらい軽量でなくてはならない。カーボンファイバーを使う理由はここにある。Jobyのエアタクシーに使う主な部品は、胴体、プロペラ、翼などすべてカーボンファイバー複合材でできている。
Stilson氏が、テスト飛行用格納庫から少し歩いた場所にある複合材部品の製造施設を案内してくれる。カーボンファイバー材の切れ端を見せてもらったが、この状態ではまだぺらぺらだった。車やバイクで見慣れているカーボンファイバーとはほど遠い。機体を構成する各部品は、多層のカーボンファイバーでできており、1つずつ専用の機械で裁断される。「プライ」とも呼ばれるこの層を貼り合わせていくのが、積層という工程だ。
室内の各所で持ち場についた技術者が、1枚1枚のプライを機体の各種部品の型にはめながら積層していく。そんな持ち場の1つを見せてもらうと、技術者が次の部材を置く位置は、緑色のレーザービームで誘導されていた。この工程にかかる時間は、部品の複雑さに応じて半日から数日までさまざまだ。
「この工程はなかなか楽しいものだ」と話しながら、Stilson氏は部屋の奥まで筆者を案内する。巨大なコントロールパネルに取り付けられた長いロボットアームが、翼の全長を移動しながら、カーボンファイバーのシートを切り貼りしている。翼の長さはほぼ40フィート(約12m)で、ロボットアームがシートを切断していくカチカチという音が聞こえた。
翼は次に、バックボーンつまりシャーシとして機能するカーボンファイバーの支柱で補強される。機械で、または技術者の手によって積層工程が終わっても、カーボンファイバーはまだ不完全で可鍛性が残っている。機体を組み立てるには、各部品を硬化しなければならない。
その工程を見るために、今度はドアをいくつか抜けて「オートクレーブ」と呼ばれる巨大なトンネルの前までやってきた。基本的には巨大なオーブンのようなもので、各部品を加圧し、最高華氏350度(摂氏約180度)で加熱して硬化させる。加熱が終わった部品は超音波検査に進み、そこでロボットアームが水を噴射しながら超音波を当てて、欠陥を検出する。
Wisk Aeroなどの他社は自律飛行を約束しているが、Jobyは人間のパイロットがいる有人飛行から始める。その様子を知るために、筆者はフライトシミュレーターの操縦席に座った。
シミュレーターの周囲は3面のディスプレイで囲まれており、視界を遮るものがほぼない眺めが眼前に広がる。「フライト訓練には十分な没入感が必要だ。そこで、リアルな操縦席を再現した」と話すのは、フライトの基準と訓練を担当するPeter Wilson氏だ。
今回のフライトシミュレーションでは、ジョン・F・ケネディ空港から、マンハッタン市街にあるダウンタウン・マンハッタン・ヘリポート(JRB)を目指すことになった。右手側にある操縦桿は、手前に引くと機体が上昇し、前方に押すと機体が降下する。「これは、現在の業界ではだいぶ珍しい仕様だ」、とWilson氏は説明する。「しかし、いずれはこれが業界に広がり、統一規格の操縦法といわれるようになると考えている」
速度は左手で制御する。そのほかにも、エンジンを始動するときや、高度が1000フィート(約300m)に達したとき水平飛行に移行するときなど、必要なほとんどの操作に対応するボタン類がたくさん並んでいる。
操縦は見かけによらず簡単なので、筆者のような初心者でも、短いテスト飛行と専門家による指導の後なら、操縦席で不安を感じることはなかった。もちろん、パイロットはFAAのPart 135規定が定めるとおり、500時間以上の飛行訓練を受け、飛行するための資格を取得しなければならない。
エアタクシー実現に向けた次のステップは、規制当局の承認だ。また、コスト面の課題もある。しかしStilson氏は、エアタクシーを呼ぶコストは従来の交通手段と同程度になるだろうと楽観的だ。
「最終的な目標は、誰もが利用できる手軽なフライトを実現することだ」(同氏)
Joby Aviationこの記事は海外Ziff Davis発の記事を朝日インタラクティブが日本向けに編集したものです。
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