香川県三豊市で、部活動の新たな形として「メタバース部」が誕生した。
平成25年度には80あった部活動も、令和5年度までには8つが廃部し、チームを組む人数すら揃わない部活動が6つにのぼるなど、地域の若者たちが部活動を通じてコミュニティを築く機会は年々減少している。また、地方という環境のなかで多様な文化や趣味を共有する友人を見つけるのは容易ではない。そのような状況のなか、メタバース部は地域やコミュニティ、言語の壁を越えて中高生たちが興味を持つ文化や趣味を教え合い、共有できる新たな場を提供している。
三豊市が始めたこの最先端の取り組みは、今後全国の中高生が参加できる部活動として展開を目指している。
そこで今回は、メタバース上に私立VRC学園という学校型コミュニティやVR美術館などを友人たちとともに制作してきた筆者の視点から、メタバースの可能性やそのなかで広がるコミュニティの姿を探る。仮想空間での学びや交流から見えてきた、新しい部活動のあり方や、デジタル技術がもたらすグローカルな学びの未来を考える。
【過去の記事:なぜメタバースに学校を作ったのか--VRChatのコミュニティ「私立VRC学園」を振り返る】
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香川県三豊市がスタートさせた「メタバース部」は、メタバースという最新技術を活用して、地理的・物理的制約を飛び越えた学びの体験を提供する、全国でも最先端の部活動。インターネットの仮想空間上に部活動の場を創出することで、これまでの部活動では難しかった地域や言語の壁を超えたコミュニティづくりを目指す。
三豊市は、豊かな自然や美しい景観、特産の食材など、ローカルの魅力にあふれる地域。しかし、少子化や過疎化の影響で、地域のなかだけでは多様な文化や趣味を共有する機会が限られているのが現状としてある。そのような状況のなかで、「メタバース部」は、仮想空間で新しいコミュニティを形成し、多様な趣味や文化に触れる機会を提供することで、若者たちに新たな学びと交流の場を創出している。
この取り組みは、学びの環境を21世紀にふさわしく革新しようとする三豊市と、そのビジョンに賛同した教育支援団体タクトピアの協力によって実現した。三豊市のローカルな魅力に、メタバースの越境性が加わることで、グローカル(グローバル+ローカル)な学びの体験を身近なものにしていくという狙いのようだ。デジタル技術の力を活用することで、これまでの地域に縛られた学びから解放され、多様な人々と交流しながら成長する若者たちの姿を描く。
メタバース部の活動は、部員同士のコミュニケーションを中心に据え、現実の部活動とは一味違う自由でクリエイティブな内容が展開されている。
筆者が参加した会では、部員たちがいくつかのチームに分かれ、今後の活動内容や学習したいことについて話し合いが行われていた。メタバースならではの広い世界と可能性に触れながら、メンバー同士が自由にアイデアを出し合う様子は、まるで無限に広がる遊び場で自分たちだけの企画を作り上げていくような感覚だ。ディスカッション中には、好きな音楽をメタバース上に流すこともできるため、ボカロや東方などネット音楽やゲーム音楽が流れることも多かった。
生徒たちの企画案のなかには、「VTuberとして活動してみたい」「配信のやり方をもっと知りたい」といった声が多く見られ、メタバースを活用する生徒たちが、インターネットを通じたコンテンツに強い魅力を感じていることがうかがえる。一方で、「ファッションについてもっと学びたい」など、ネットに限らず幅広いテーマも次々に挙げられており、自分の興味や好きなことを胸を張って語り合える環境が整っていると感じた。
【過去の記事:メタバースで広がるデジタルファッションの多様性--アバターの服装にこだわる人たち】
また、英語の学習の時間も設けられていた。筆者が参加した際には、市内学校に勤務するALT(ネイティブスピーカーの英語講師)が司会進行を務め、クイズを出題。回答するためにメタバース空間を移動するという内容で、まるでRPGのような体験だった。
メタバースでは世界中のユーザーと交流する機会が多く、英語は重要なコミュニケーションツールである。世界中のユーザーと直接やり取りできるメタバースならではの環境ならば、外国人や外国の文化に触れることがないリアルの教室で英語を学習するよりも、生徒たちは英語の必要性を実感しやすいだろう。それが学習のモチベーション維持につながるものととらえている。
さらに、メタバース部ならではの人気活動が「お気に入りのワールドを他の部員に紹介していくツアー」。メタバース内には無数のワールド(仮想空間)が存在し、それぞれが独自のコンセプトや美しいビジュアルを持っている。部員たちは自分のお気に入りのワールドを選び、他の部員たちをツアーに招待する。
ワールドの魅力や制作の裏話を語り合いながら、仮想空間を散策するこのツアーは、部員同士の交流を深める絶好の機会である。また、無数に行われているイベントに参加したり、学校外のユーザーと交流することも、社会学習のようである。そして、自分の好きなものを他者に紹介することで、部員たちの個性が引き立ち、自然とコミュニティが活気づく。
これらの活動を通して、メタバース部は一人ひとりの部員が自分の興味や得意分野を活かし、他者と共有する場を作り上げている。チームで話し合い、異なる文化や世界観に触れ合うことを通して、単なる仮想空間を超えた「学びと交流の場」が生まれる。
メタバース部の活動がもたらすのは、ただの仮想空間での交流だけではなく、まるで放課後に公園で友達と集まるような感覚がある。これはメタバース部の活動からも感じたし、筆者が日頃メタバースで遊ぶ際にも感じる。その自由さと気軽さが、現実の学校生活では得られない新しいコミュニティのあり方を生み出している。メタバースという空間での活動は、リアルな世界での部活動よりも参加のハードルが低く、自分のペースで交流できる点が大きな魅力となっているのではないだろうか。
また、アバターやテキストでのコミュニケーションだからこそ、リアルでは言葉にしづらい意見やアイデアが活発に交わされる。直接顔を合わせることがない分、外見や年齢、性別といった制約から解放され、自分自身を素直に表現できる場が広がる。メタバースの中では、みんなが自分の個性や興味を自由に発揮できる環境があり、それが活発なコミュニケーションを生み出す原動力となっている。
さらに、メタバースで「自分の部屋を作ることができる」という特徴が、参加者に強い帰属意識をもたらしていると筆者は感じる。三豊市のメタバース部でも、生徒たちはメタバース上の学校空間に自分の部屋を作り、そこで作業や議論を行っている。また、共用スペースは担当者を決め、持ち回りでデコレーション(デコる)を担当しており、これはメタバースの特性をうまく学校活動に組み込んだ好例と言える。
自分好みにデコレーションされた部屋に他の参加者を招き入れることで、新たな交流が生まれる。単なるデジタル空間ではなく、「自分だけの居場所」を持つという感覚が、従来の部活動や学校生活では得られなかった新しいコミュニティの形成につながっている。
リアルな学校では、教室の壁に落書きしたり、机をデコったり、自分だけの部屋を構築することは難しい。しかし、メタバースでは、自分の部屋や空間、さらには自分だけのアバターを作ることができる。その空間にこだわりや愛着、そして自分自身のアイデンティティが自然と宿るため、簡単に離れることは少ないだろう。この仕組みは、不登校の学生にとっても新たな居場所を提供する可能性がある。
この「自分の部屋」という要素は、現実世界でのプライベートな空間と、仮想空間でのオープンな交流が絶妙に融合したものであり、メタバース部ならではの独特の文化を形成。こうした環境のなかで、若者たちは自分自身を存分に表現しながら、他者との関わり方やコミュニティへの参加意識を育むことができる。リアルの部活動では得られなかった、新しい「放課後」の形が、ここに広がっている。
メタバース部の活動は、従来の学校や部活動が抱えていた限界を超え、若者たちに新しい「居場所」と学びの場を提供している。リアルな空間では難しい活動を仮想空間で実現することで、参加者にとって自由で個性が尊重されるコミュニティが生まれている。メンバーが自分の部屋をデコレーションし、他者と共有する体験は、強い帰属意識を育み、これまでにない形でのコミュニティ形成を促している。
また、メタバース部は、インターネットを中心とした現代のデジタル文化を自然に取り入れている。お気に入りのワールド紹介や、VTuber活動に関心を持つ生徒たちの姿は、まさにデジタル世代の新しい表現の形と言える。英語学習においても、世界中のユーザーと直接交流できるメタバースの特性が、英語を「生きたコミュニケーションツール」として学ぶ意識を育てている。
この環境が提供するのは単なる「デジタル空間」ではなく、デジタル世代の若者にとっての文化的な「居場所」だ。メタバース部が見せるのは、学びと交流が分け隔てなく混ざり合う新しい部活動の形。不登校の生徒たちにとっても、リアルの学校では得られなかった安心感と自己表現の場を与えている点に、その大きな価値がある。
メタバース部が目指すのは、地域や物理的な制約を超えたコミュニティの創出だけでなく、デジタル時代における新たな文化の育成と「居場所」のあり方の再定義である。若者たちが自分自身を表現し、多様な価値観に触れるこの空間は、部活動という枠組みを超え、これからの学びと文化を形作っていくに違いない。メタバース部は、仮想世界の中に広がる新しい「放課後」の風景であり、そこにはデジタル世代ならではの豊かな文化的可能性が広がっている。
齊藤大将
Steins Inc. 代表取締役 【http://steins.works/】
エストニアの国立大学タリン工科大学物理学修士修了。大学院では文学の数値解析の研究。バーチャル教育の研究開発やVR美術館をはじめとするアートを用いた広報に関する事業を行う。
Twitter @T_I_SHOW
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