シリアスゲーム(Serious game)は、一般的なコンピューターゲームとは異なり、純粋な娯楽だけではなく、社会的な課題の解決に貢献することを目的として制作されたゲームである。例えば、シミュレーションゲームにおいてプレイヤーは街の環境問題、ホームレスの問題、児童労働、公衆衛生、医療問題、性病などの社会問題に直面し、最良の判断を考え、解決策を見つける過程で学びを得ることができる。インタラクティブな体験を通じて、戦略的な意思決定、チームワーク、倫理的な判断など、現実世界で役立つスキルを養うような、教育や啓発を目的としたゲームとも考えられている。そして、シリアスゲームは教育、トレーニング、意識向上など、さまざまな目的で利用もされている。
こうしたシリアスゲームの仕組みをVRに応用する試みも近年出てきた。まだまだ認知度は低いが、VRならばより没入感の高い体験を提供できるため、課題意識や教育を目的としたシリアスゲームとの相性は良さそうだ。
立命館大学政策科学部の稲葉光行教授による実験「神社参拝ゲーム」(※立命館大学研究活動報「RADIANT」内「メタバースで楽しむ『協調的シリアスゲーム』の教育効果」より)では、3次元の仮想空間(メタバース)内に構築された仮想神社を舞台にしている。プレイヤーが操作するアバターが鳥居の前に到達すると、例えば「鳥居をくぐる時は、どこを通る? 真ん中? それとも端?」などのクイズが出題され、答えると解答とその解説が表示される仕組みだ。
この「神社参拝ゲーム」は、バーチャル空間で神社の参拝を疑似体験しながらクイズを解き、日本の文化を学ぶことを目的としている。ゲームは表面的にはシンプルだが、参加者がコミュニケーションを取りながら日本人の価値観を理解することを目指している。
この学習モデルの効果を実証するために、稲葉教授は外国人研究者や留学生と日本人学生をペアにして実験を行ったという。実験では、最初は日本人学生が外国人に教える形から始まるが、やがて両者が対等な関係になり、共に学び合うようになった。これは、この実験を通じて、新参者だけでなく古参者にとっても日本文化の理解を深める効果が示されたということである。
メタバース空間での学習は、単に知識を伝えるだけでなく、より深い社会的な意味を持つ対話を促進する。
科学の分野において、「メタ認知」という概念が存在する。メタ認知とは、自分自身の認知活動を振り返り、それを調整する働きのことを指す。メタバースの利用により、現実世界では不可能な体験や異なる形での体験が可能になることが予想される。これは、現実世界における状況や問題を新たな視点で見直すきっかけを提供するかもしれない。もしメタバースが「メタ認知」を促し、現実世界における共通の理解を拡張することができれば、それはメタバースの重要な可能性の一つと言えるだろう。
音韻性ディスレクシアは、単語の音と書かれた形の結びつきに問題を抱える一種の読字障害である。全人口の約5-10%がこの問題に直面しており、特に学生にとっては、読書速度の遅さや未知の単語の解読困難などの形で日常生活に大きな影響を及ぼしている。
ディスレクシアの学生が日々直面している困難を体験させることに焦点を当てた最近の研究では、VRのシリアスゲームを通じて彼らに対する共感と理解が高まることが示された。
また、幼児は注射針に対して強い恐怖心を抱くことが多いが、シリアスゲームを使用した介入により、子どもたちの針への恐怖が有意に減少したという例もある。このゲームに参加する前後で子どもたちの反応を比較した結果、子どもたちの74%が注射に対する恐怖心を減少させたと報告されている。さらに、親の74%も子どもの恐怖心や知覚にプラスの影響があったと答えている。この介入により、子どもたちは医療的な処置に対してよりポジティブな経験を持つことができるようになる。
心肺蘇生法(CPR)の学習方法として、VRシリアスゲームを用いるアプローチもある。従来の学習方法に比べて、VRシリアスゲームを用いた群の方がCPRの理解度が高いことが報告されている。特に、「LISSA」と呼ばれるゲームは、CPRの指導を補完する目的で開発された。このゲームでは、VR環境の中で緊急事態が発生し、プレイヤーはCPRを適用して被害者を救うことが求められる。この体験を通じて、プレイヤーは心肺蘇生の手順とテクニックをより実践的な形で学び、現実世界での応用能力を高めることができる。
これらの例から、VRシリアスゲームが医療分野における効果的な教育・治療ツールとしての可能性が高いことが分かる。特に子どもたちや救急処置の学習者にとって、VRは恐怖や不安を軽減し、学習効果を高める有効な手段となり得るのではないだろうか。
メタバース環境は、実世界の物理的制約から解放されることにより、より創造的で革新的な体験を可能にする。このような体験は、参加者に自己の思考プロセスや解決策を再考する機会を与え、従来の視点を超えた洞察をもたらす可能性がある。また、メタバースでの相互作用は、異なる文化的背景を持つ人々が共通の理解を築き、協力する機会を生み出すと期待されている。このように、メタバースは人々の思考と行動におけるメタ認知のプロセスを促進し、新しい知見や協力の形を提供することで、現実世界の共通認識の拡張に寄与する可能性があるだろう。
一方で、教育や仕事は楽しくあるべきではないという固定観念も根強く存在しており、現状においてもゲームを通じての学習が不真面目だとみなされるような、古い価値観も依然として残っているところもある。しかし、これからはゲームを通じた学習や社会課題に対する意識の高まりが重要になってくるだろう。没入型VR環境のシリアスゲームは比較的新しい分野であるため、今後の発展を期待したい。
齊藤大将
Steins Inc. 代表取締役 【http://steins.works/】
エストニアの国立大学タリン工科大学物理学修士修了。大学院では文学の数値解析の研究。バーチャル教育の研究開発やVR美術館をはじめとするアートを用いた広報に関する事業を行う。
Twitter @T_I_SHOW
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