テクノロジーの先にある、健全な社会づくり--NEC 樋口雄哉氏が語るweb3事業の本質【後編】

 企業の新規事業開発を幅広く支援するフィラメントCEOの角勝が、事業開発に通じた各界の著名人と対談していく連載「事業開発の達人たち」。引き続き、NEC デジタルプラットフォームビジネスユニット バイオメトリクス・ビジョンAI統括部 web3ビジネス開発グループの樋口雄哉さんとの対談の様子をお届けします。

 後編では、NECに入社した理由と、現在取り組まれている新規事業、さらにweb3ビジネスに対する思いについて伺います。

  1. 世界一の顔認証技術をweb3で押し上げる
  2. シンクタンクで新たなweb3領域をけん引するソートリーダーとして市場を開拓
  3. web3の技術でサービスを実装する意味
  4. 情報の分散管理でデータが流通し個人の良い行いが増える
  5. 新規事業開発に圧倒的に足りない「営業力」の視点
NEC デジタルプラットフォームビジネスユニット バイオメトリクス・ビジョンAI統括部 web3ビジネス開発グループの樋口雄哉氏(右)、フィラメント代表取締役CEOの角勝氏
NEC デジタルプラットフォームビジネスユニット バイオメトリクス・ビジョンAI統括部 web3ビジネス開発グループの樋口雄哉氏(右)、フィラメント代表取締役CEOの角勝氏

世界一の顔認証技術をweb3で押し上げる

角氏:なぜ転職先に大手システムベンダーであるNECを選ばれたのですか?

樋口氏:直近の業務内容について詳しくは理解していなかったのですが、調べてみたら自分のバリューが出せそうだと。その上で事業を考えていいと言質をもらえたので、入社することにしました。

角氏:自分のバリューを出せそうというのは?

樋口氏:僕は現在、顔や虹彩を使った生体認証のチームにいるのですが、NECの顔認証は技術的にはNIST(米国国立標準技術研究所)から世界No.1の評価を得ています。ただビジネスではそうではない状況だったので、そこに新しい何かをかぶせると面白いと思ったんですね。また自分の中でもそれまで失敗と成功があって、Fintechブームが来たときにはヤフーの金融サービス部隊にいていろいろ挑戦したのですが、もっとできたのではないかと心残りがあったんですよ。

角氏:ヤフーの金融ですと、今でいうとPayPayが大成功していますよね。

樋口氏:そうなんです。だからもっとやれたという後悔があって。他方で次のタクシーアプリではいいポジションが取れて、新しい事業をつくる面白さも知っている。そのような中で、ちょうどweb3のムーブメントが来ていて、僕がヤフーに入社した頃ネットビジネスがどんどんできてきた時と同じ匂いを感じたのです。そこでNECの顔認証とweb3を掛け合わせたら面白いことができるのではと考えて、2年前に新規事業を始めました。

シンクタンクで新たなweb3領域をけん引するソートリーダーとして市場を開拓

角氏:いよいよ根幹の話になってきました。

樋口氏:まだ事業の詳細は言えないのですが、ムーブメントとしては、2025年に「大阪・関西万博」もあるので、そこでweb3の要素技術が使われたものが出てくるはずです。そこで自分のチーム活動のほかに、NECの外郭団体であるシンクタンクの国際社会経済研究所と連携し、未来の社会像実現のための提言活動を並行して進めています。web3領域のソートリーダーとして、分散型ID(Decentralized Identifier)やデジタル証明書(Verifiable Credential:VC)をうまく社会と適合させて社会課題の解決に使おうとしていているのですが、web3自体は市場があるわけではないので、市場作りから始めなければなりません。正確には市場とビジネス、技術の3つを作る作業が必要になるのですが、その中の市場作りをソート活動でさせてもらっています。

角氏:市場を作るためには、プロダクトも必要になりますよね?

樋口氏:なので並行してMVP(Minimum Viable Product)を作りながら、「プロダクトがこういう場面で使われるとこんな課題解決につながりますよ」とアピールして市場の方と意見交換をしたり、聞いた意見を踏まえて例えばチケット販売の不正転売やなりすまし対策にNECの顔認証が使えると仮説を立てて、周辺の方々と話をしてムーブメントを作っていこうとしています。

 ほかにもweb3を使ったさまざまなユースケースを作っていて、4月15日からNEC本社の約2万人を対象に、裏側をweb3の要素技術と顔認証で作ったデジタル社員証の運用を開始しました。

角氏:それはどのようなものでしょうか?

樋口氏:カードの社員証を持っていても、写真を貼り替えてしまえばぱっと見で本人かはわかりません。デジタル社員証はスマホの中に社員証を入れ、裏側で人事部が発行しているクレデンシャルを使って顔とマッチングさせて認証を行います。例えばNECの社員が三田周辺の飲食店でNEC社員向けの割引サービスを利用する際などに、それを見せると社員であることをリアルタイムで証明できます。それをブロックチェーンベースでやるか、web3ベースでやるかはこれからの話になりますが。

web3の技術でサービスを実装する意味

角氏:自分はテレビ東京の番組で大企業の新規事業担当者のピッチを聞いてコメントをする仕事もしているのですが、「それはweb3じゃなくていいのでは」というものが結構あるんです。今のお話もweb3を使わなくてもいいと思ったのですが。

樋口氏:今はweb3でなくても構いません。でも今後、例えば会社員がお金を借りるときには在籍確認の電話が会社の大代表にかかってきますが、自分がNECの社員だという電子的なクレデンシャルを申込時に渡しておけば、そのような無駄で面倒な作業をせずに済み、それは本当にNECが発行したもので本日時点で在席しているか、ブロックチェーンであれば台帳を見に行けばわかるんです。そういうことを今後やりたいと考えています。

角氏:どこの学校を出たとか、職歴とか、入っている保険とかも全部つながるといいと思いますね。でもそうなると、マイナンバーでいいとはなりませんか?

樋口氏:事実確認だけでなく、行いの判断にも使えるようにもなるんです。日本ではクレジットカード発行時に情報支援機関に問い合わせて信用度を判断しますが、海外はそういう支援機関はないので、例えば携帯の支払いがちゃんと終わっているというエビデンスが蓄積されているかといったように、その人の行いを見る場合が多いです。

 今日本ではシェアリングサービスが増えていますが、web3の技術を使えば返却状況や利用状況などのレピュテーション情報を総合的に見てお金を貸す判断ができるようになる。学生や若い人が家を借りる際も、「ちゃんと直前までほかの物件に住んでいて、きれいに部屋を使って家賃も払っていた。アルバイトもしていて、ちゃんと傘も返している」と証明できれば、大丈夫だろうと判断できるようになるんです。

角氏:信用情報のスコア化ですよね。

樋口氏:もちろん個人が同意した上でのことですが、そういうそれまでに良いことをしていたことに対する評価の仕組みができると、今までかけていた無駄なコストやステップがなくなります。

角氏:なるほど、そこを見据えた取り組みなのですね。

情報の分散管理でデータが流通し個人の良い行いが増える

樋口氏:そういう考え方は、形を変えて推し活とかさまざまな場所で使えるでしょう。ほかにも航空領域で国ごとの違い、航空会社の乗り継ぎ時に発生する不便も、web3の要素技術を使えば分散されたデータや物事を1つの規格にまとめ解消に近づけることができます。ですから、決してNFTなどの注目されている技術を使う事にこだわっているわけではありません。より良いDXができたらいいということです。

角氏:今は行動ログが分散していて、ちゃんと蓄積していかない。その流れていってしまうものを集めて、それを何らかの視点で評価したり、観測した情報を形にしてアウトプットしたりできる世界を作りたいという事ですね。

樋口氏:まさにそう思っていて、僕がヤフーにいた時には数百万ID以上の人にメールや広告を出していました。僕らが生活の中でさまざまなデータを吐き出していて、それに合わせて個人の欲しいものリストなどが作られていますが、今はそのサービスの中でしか使えません。

 少し前に娘が20歳になったのですが、成人式の着物を勧めるようなDMがバンバン来るんです。これは僕らからすると無駄で、購入先を決めているという動的情報を知らないんですよね。DMは10年前に作った会員カードのデモグラフィックに基づいて送られてきますが、それで我々にもらえている果実って何だと。web3の技術を使う事で、その状況を変えることができます。今まで企業とか自治体側が出していた個人情報がバラバラに存在する状況を、我々側で差配できるようになるのです。

角氏:なるほど。

樋口氏:それによって良い行いが世の中で起きればいいなと思っていて。そうなると、1stパーティデータを持っている人たちがデータをオープン化するとメリットがあると思うようになり、結果として社会や地域や産業がもっと良くなる。

角氏:欧州のGDPR(General Data Protection Regulation:EU一般データ保護規則)はそんな発想ですが、それに近いですね。

樋口氏:そうですね。省庁や関係者の間でもこれまではブロックチェーンの話を中心にしていたのですが、今はEUの「eIDAS規則」(※EU加盟国における電子取引における本人確認の電子IDや、電子署名、タイムスタンプ等の統一基準を定めた法的規則)の方を向いていて、一旦そちら側にいきそうな流れもあります。

角氏:個人のデータを、全部個人に紐づけて個人が管理するほうが健全ですよね。自分のものを見られるのは自分だと。その上で誰かに開示されるのは選択的にすべきだと僕も思います。web3のソートリーダーらしいご発言ですね(笑)。

樋口氏:実際の仕事もいろいろやっていますよ(笑)。ただ事業会社の難しいところは、3年や5年のタームで黒字にしろと言われるじゃないですか。ところがweb3は、いつかは必ず来るけど、それがいつ来るかわからないし、儲けを出すのも難しいんですよ。でも「今辞めちゃうんですか?」と。波が来たときに再搭乗はできないんです。

角氏:そこは難しいでしょうね。PDAが来ると言っていて、来たのは30年後ですから(笑)

新規事業開発に圧倒的に足りない「営業力」の視点

樋口氏:あと売り方の問題も大きいと思っていて。PayPayは100億円を投じましたよね。

角氏:圧倒的な営業をするために人を雇ってもいましたしね。

樋口氏:あのように波を作るというやり方は、市場を作るための勉強になりました。また、タクシー配車アプリ「GO」の時は、ゲームチェンジのすさまじさを学びました。GOはタクシー会社ではありませんが、タクシー会社様との連携が深く、あたかもタクシー会社様や乗務員様と共同で動いているかのような活動になっていて、その中で一定のユーザー数を獲得したら、タクシーを使うにはGOを使わないといけない状態に変わってきた。

角氏:新規事業のゴールは、普通になることです。サービスを共有財にさせるためには莫大な投資が必要で、その多くは営業に注がれる。だから、そこを分かっていて営業をしっかりやっていればいけるんですよ。一方で、日本のシステム会社はアカウントが決まっているので営業カルチャーが弱いかもしれませんね。

樋口氏:基本NECの営業はお客様のIT部門に行くのですが、私たちはDX部門や新規事業部門に行っているんです。それもイベントや飲み会に行ったり、「X」や「Facebook」といったSNSで出会う。僕の営業方法はほとんどそれで。だから目線が営業というよりは、あるテーマに基づいて一緒にやっている感があります。僕らの事業領域では、お客様側もSI会社に聞くだけじゃなくて、スタートアップとも会話をしている訳です。NECもこれからはそこを意識しないと、この複雑な状態は乗りこなせないと思います。

角氏:営業の前段階で関係値を作りに行くというフェーズがあって、そのやり方として違うメソッドを確立されようとしているということですね。それは樋口さんの振り出しが営業スタートで、血反吐を吐く思いをしてきた経験がここに結実されているのだと思いました。

 そもそも新規事業とは営業ができるネタを作ることなのですが、新規事業の世界には営業からできる人がいなくて、それが新規事業作りの難しさにつながっていると思うんですよね。リーンスタートアップは作る前にプレ営業をしないといけないのに、それをほとんどの人がわかっていない。でも樋口さんはそれができる。

樋口氏:その点NECは、いろんなところに深く入っていてパスを持っている。それはすごいと思います。

角氏:それを生かせるところは生かしていかないとだめですね。せっかくなので経営層やCDOとのパイプを作っていきましょう。

樋口氏:そのためのネタをどんどん作っていかないといけないですね。シンクタンクでも公式「note」で記事を出していますが、言うだけでなく実際に用意しているMVPやモノもイケていないとダメなので、サイクルを回しながら安心安全なサービスを提供できることを周知していきます。秋頃には新サービスも発表する予定です。

角氏:おお、それを見せていただけるのを楽しみにしています。今日はありがとうございました。






角 勝


株式会社フィラメント代表取締役CEO。


企業変革をトータルに支援する株式会社フィラメントの創業者・CEO。 新規事業創出、人材開発、組織開発の各領域で多くの企業の支援を手掛ける一方、フィラメント社の独自事業も積極的に開発。 経産省のイノベーター育成事業「始動」や森ビルが運営するインキュベーション施設”ARCH”などのメンターを歴任。LINEヤフーでは講師として生成AIやマインド開発など多数の講義・ワークショップを担当。 朝日インタラクティブ傘下のCNET Japanでの「事業開発の達人たち」「生成AI実験場」などメディア連載多数。テレビ東京の経済番組「ニッポン!こんな未来があるなんて~巨大企業の変革プロジェクト」レギュラーコメンテーター。地方公務員(大阪市職員)での20年に及ぶ在職経験から、さまざまな省庁や自治体の諮問委員・アドバイザーの経験も豊富。1972年生まれ。関西学院大学文学部卒。島根県出雲市出身。



CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)

-PR-企画広告

企画広告一覧

このサイトでは、利用状況の把握や広告配信などのために、Cookieなどを使用してアクセスデータを取得・利用しています。 これ以降ページを遷移した場合、Cookieなどの設定や使用に同意したことになります。
Cookieなどの設定や使用の詳細、オプトアウトについては詳細をご覧ください。
[ 閉じる ]