企業の新規事業開発を幅広く支援するフィラメントCEOの角勝が、事業開発に通じた各界の著名人と対談していく連載「事業開発の達人たち」。前編に引き続き、森ビル 都市開発本部 計画企画部 メディア企画部 参与矢部俊男氏との対談の様子をお届けします。
後編では、矢部さんが森ビル入社後にずっと取り組まれてきた見える化の取り組みと、個人で力を入れている地方創生事業について伺いました。
角氏:森ビルでは都市の未来を見せる技術を開発してきたという事でしたが、入社してからは何を作ってきたのですか?
矢部氏:私はやり方を創意工夫する立場で、お金をかけていいものはフルCGで作っていましたが、最先端な技術を無理して使うのではなく、枯れたころに使いこなすという考えでした。そのうち2009年くらいから世の中にハイビジョンモニターがでてきて、普通のPCでもCGが作れるようになってきたので、世の中の設計事務所がどこも使っていなかったUnityやUnreal Engineを使ってバーチャルリアリティ(VR)で街の未来図を作り始めました。
角氏:ゲームエンジンとして使われている開発プラットフォームですね。でも、それこそ高価だったのではないですか?
矢部氏:当時の森社長から、自分が理想とするような繁栄した東京の街の絵を作れと指示があったのですが、当時のCAD系CGだと表現力が乏しくて、「何とかしろ」と言われたので、「ゲームエンジンというものがあります」と。それで社長の一声で使うことができました。そこから、理想のバーティカルガーデンシティをビジュアルにしていく技術を蓄えていって今があるという流れになっています。まずは全体をUnityで作って営業のプレゼンに使っていくという形で展開し、今は設計計画段階から使っているのですが、模型作りを含めてそういったことを内製でできるデベロッパーは現在も我々だけですね。(森ビルメディア企画部のVR説明動画)
角氏:都市の未来像は、想像する側は文字で言われてもわからない。知識がないと想像できませんからね。だからそれを補完しようと思うと、映像で見せるしかない。でも見せようとするとコストや複雑なノウハウが必要で、それができるのは矢部さんのチームしかいないと。矢部さんは現場のことを知っていて、設計やエモーショナルな映像のイメージングもできる。普通はどっちかしかできないから、イメージがちゃんと相手と共有できなくなってしまうんですよね。
矢部氏:そうなんです。100メートルの建物をAさんは高いというけど、Bさんは低いという。青色と言っても、僕と角さんでイメージする色は一緒とは限りません。共通認識を作って、約束事を持ってコミュニケーションを取る必要があります。建物の世界でも、「我々はこんな未来を創ります」「歩いたらこうなります」という事実認識を共有することが大事です。森ビルではテナントが出来上がってから入ってもらうのではなく、完成する前に技術を使って見せている訳です。
またその際の見せ方についても、押し付けがましくするのではなく、楽しく見ていただけるようにするエンターテインメント性が大事との思いで、当社の施設内に大きな都市模型を用意して、お客様に来ていただいて、プレゼンをするというストーリーを作りました。それらによって、相手に理解してもらえることに加え、記憶にもしっかり残るんです。現在の「森ビル アーバンラボ」にも受け継がれている考え方です。
角氏:お話を伺っていて思ったのですが、私がいた行政の世界では合意形成が難しいんです。合意形成をするためには、最初のフェーズで前提条件をそろえる作業が必要で、それは文字面だけでは作れない。全員同じものを見て感想を言い合って、心が動かされてお互いに理解しあう状態はなかなか作れないものです。だから、わからないからイメージできず、誰かが得をするのだろうとネガティブなイメージを勝手に抱いて反対してしまうことになるのですが、目の前にまごう事無きものが提示されていたら、反対する材料がなくなって自然とそこに合意をする。たぶんそれが一番いいやり方なのだと思います。
矢部氏:共通の明るい未来を創ることが合意形成の基本になるのですが、今まではそれができずに伝わらないことが多かったんですよね。
角氏:そのやり方は六本木ヒルズの時も使ったのですか?
矢部氏:そうですね。六本木ヒルズは社員みんなが頑張ってたくさんの新しいコンテンツを作っていった訳ですが、私の活動も新しい東京のランドマークになる際の表現の一翼は担えたと思っています。
角氏:そうだったんだ(笑)
矢部氏:その後2016年のオリンピック・パラリンピック招致を目指す東京都に協力し、東京中心部の巨大都市模型を提供するということで、港区だけだった都市模型がどんどん大きくなっていきました。
矢部氏:VR系の話に戻るのですが、都市模型に貼った写真は高解像度で撮っていたので、VRでレンダリングするときのテクスチャに全部転用できたんです。要するに、誰も持っていないビルのデータベースを当社は持っていたんですね。それでUnityに転用したり3Dプリンターで模型を作ったりしたのですが、その先にあったのが「PLATEAU(プラトー)」です。
角氏:国土交通省が推進している3D都市モデルの整備・活用・オープンデータ化プロジェクトですね。
矢部氏:プラトーは3Dで都市モデルを記述するためのCityGMLというデータ形式を使っていて、ウェブ上でもリアルな都市モデルが見られるようになるのですが、注目すべきは表現力ではなく建物の属性データが持てることなんです。何年にできて、何階建てで、どんな構造で、どういう形になっているかなど、属性情報を付加できます。
角氏:後でいろいろ加えていけると。
矢部氏:特に時間という軸を入れられる部分に注目していて、今起きている状況、例えば自動運転や物流、防災などをプラトー上で展開できるのです。それで今、国交省はプラトー上で1つひとつの建物に、マイナンバーのような不動産IDを紐づけようとしています。
登記簿の内容がIDで割り振られていて、それとプラトーがくっつくという話ですね。そこにBIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)の情報が紐づく世界になるというのが、僕がかつて抱いていた都市の未来を表現する感覚に近い。だから10年後にはそれがさまざまな物事の基盤となるように、今うちの部署で着手している状況です。
角氏:すごく面白いですね。視覚情報と属性の情報、言語的な情報が全部紐づいていて、逆に言語情報から視覚情報的なものを検索することもできますよね。
矢部氏:そうです。例えばそれによって、全国の空き家問題への対策が可能になります。国は地方創生を推進し、先般「二地域居住」を促進する制度創設を盛り込んだ改正広域的地域活性化基盤整備法が成立しましたが、移住を検討してもたくさん空き家があってもマーケットに家が出てこないんです。その時に不動産IDや建物の属性、水道の使用状況を見て、何年間水を使っていなければ空き家と定義付けできるじゃないですか。
角氏:ああ、なるほど。
矢部氏:何故水道かと言うと、行政がデータを自前で持っているからです。そのデータを使い、ストリートビューや空き家を調査したデータから老朽危険度判定をAIに学ばせると、どういう資産価値があるか、簡易査定ができる仕組みを作ることができます。空き家は面倒だから放置されるケースがほとんどなので、今はこのくらいだけど、10年後に特定空家になったらこんなにお金がかかるという事を見える化して、相続する人が判断できる素材を作っていくことが重要だと思っています。
角氏:そこは先ほどの合意形成の話につながっていきますよね。結局判断材料がないから判断できないのであって、そこを可視化していくと。
矢部氏:その辺りを次の新しいデジタルの世界で目指していきたいと考えています。僕はこの会社で様々な見える化に取り組んできましたが、次にやろうとしているのは問題の見える化です。空き家問題も再開発も、みんなどうしたらいいかわからないから放置される。誰かが見える化して未来を描き、共感が得られれば物事は進みます。
実は僕は数年前から、会社に承認してもらった上で長野県茅野市と東京の二拠点居住をしていて、個人としても地方創生に取り組んでいるんです。2015年よりメディア企画部では茅野市からの委託を受けて茅野駅前に「ワークラボ八ヶ岳」というコワーキングスペースを作るお手伝いをし、その後森ビルが出資しているVia Mobility Japanのオンデマンド交通を茅野市に呼び込んで、AIを活用したオンデマンド乗合サービス開始のお手伝いをしました。
地方を再開発するにあたっては六本木ヒルズのようなビルを建てても意味はないので、違うアプローチをしなければなりません。そうなったときに、空き家もオンデマンド交通もそうですが、行政データを共有データベースにして見える化し、活用できるようにしていかなければならないのです。そこをプラトーや不動産IDとも組み合わせて、テクノロジーで何とかしていきたいと思っています。
角氏:素晴らしいです。これは事業というより、産業ができそうな大きな話ですね。
矢部氏:若い頃は新しいことやきれいなことをやりたいと思うのですが、60代になって見えてくるものもあるんです。内閣府が6月にまとめた「地方創生10年の取組と今後の推進方向」では、人口減少や東京圏への過度な一極集中を是正するための対策が求められています。個人的には東京から単純に人を移住させるのではなく、東京とつながりながら地方移住するという考え方をするべきだと思います。今の二拠点居住は、東京のお金持ちが地方にセカンドハウスを作って二拠点移住するイメージですが、東京で働く環境を持ち、地方の空き家に住んで東京に出てきやすくするという関係にしたほうがいいと思います。その際には地域ごとに宿泊できる施設を用意して、そこに安価で泊まれるようにする。
そうしないと東京と地方の遮断が起きてますます格差が大きくなってしまいます。若くて優秀な人材がこういうARCHのような場所に来て人と触れ合ったり情報を得られるようにしないと若者は東京に行ってしまうし。都会から面倒くさいモノを地方に捨てに行くという構図になることだけは避けなければなりません。そういう意味で、地方の状況がよく見えるプラトーでモノを作っていく必要性があるのです。
角氏:矢部さんのお話は終始一貫しています。最初は視覚化で今は情報を付加した3次元モデルを使うという形ですが、結局本質は合意形成と可視化によってみんなが望ましい未来をイメージできるようにすることであり、そこから新しいビジネスも生まれていくと。ただビジネスが生まれていくのは結果であって、そこでみんなが「これいいね」と思って主体的に動きたくなるようなこと、そこに価値があるとお考えなのかなと感じました。
矢部氏:都市模型がまさにそうなのですが、瞬間的に見たあの感覚が大事なんです。それをデジタルの世界に持っていくことをしないと、DXをする意味は全くなくて、データコレクターになるだけですから。技術を使って、みんなが腑に落ちたという形にどうやって持っていくかが大事になるのです。そして地方創生の観点では、東京と地方の合意形成が必要になります。
角氏:その合意形成の輪を、わかりやすいヒルズのような旗印がなくても成立させないといけないというのが、これから日本がしなければならないことですね。地域ごとの未来が生まれていくことをみんなが信じて、主体的に関われるようにする、そこに取り組まれている矢部さんのお話はとても興味深かったです。是非たくさんの人を集めてまた議論しましょう。本日はありがとうございました。
【本稿は、オープンイノベーションの力を信じて“新しいことへ挑戦”する人、企業を支援し、企業成長をさらに加速させるお手伝いをする企業「フィラメント」のCEOである角勝の企画、制作でお届けしています】
角 勝
企業変革をトータルに支援する株式会社フィラメントの創業者・CEO。 新規事業創出、人材開発、組織開発の各領域で多くの企業の支援を手掛ける一方、フィラメント社の独自事業も積極的に開発。 経産省のイノベーター育成事業「始動」や森ビルが運営するインキュベーション施設”ARCH”などのメンターを歴任。LINEヤフーでは講師として生成AIやマインド開発など多数の講義・ワークショップを担当。 朝日インタラクティブ傘下のCNET Japanでの「事業開発の達人たち」「生成AI実験場」などメディア連載多数。テレビ東京の経済番組「ニッポン!こんな未来があるなんて~巨大企業の変革プロジェクト」レギュラーコメンテーター。地方公務員(大阪市職員)での20年に及ぶ在職経験から、さまざまな省庁や自治体の諮問委員・アドバイザーの経験も豊富。1972年生まれ。関西学院大学文学部卒。島根県出雲市出身。
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