修羅場乗り越え、大企業での事業開発に挑む--NEC樋口雄哉氏【前編】

 企業の新規事業開発を幅広く支援するフィラメントCEOの角勝が、事業開発に通じた、各界の著名人と対談していく連載「事業開発の達人たち」。現在は、森ビルが東京・虎ノ門で展開する大企業向けインキュベーション施設「ARCH(アーチ)」に入居して新規事業に取り組んでいる注目の方々を中心にご紹介しています。

 今回は、日本電気(NEC) デジタルプラットフォームビジネスユニット バイオメトリクス・ビジョンAI統括部 web3ビジネス開発グループの樋口雄哉さんにご登場いただきました。樋口さんは複数の企業でビジネスの立ち上げをリードし、現在はNECにおいてweb3周りの市場づくりや新規事業開発の領域で活躍されています。前編では、現在の樋口さんのスタイルを形成する源となっている、大企業とスタートアップにて営業から経営企画、サービス開発と経験を重ねてきた際のエピソードを伺いました。

  1. 大学卒業後、大阪の支店で債権回収業務に
  2. 営業から経営企画に引き抜かれ事業計画を作る
  3. 成長期真っ只中のヤフーで爆速経営を支える
  4. 38歳の時にサービス開発とフロント業務を体験
  5. DeNAに入社したはずが3日でスタートアップに転籍
NEC デジタルプラットフォームビジネスユニット バイオメトリクス・ビジョンAI統括部 web3ビジネス開発グループの樋口雄哉氏(右)、フィラメント代表取締役CEOの角勝氏
NEC デジタルプラットフォームビジネスユニット バイオメトリクス・ビジョンAI統括部 web3ビジネス開発グループの樋口雄哉氏(右)、フィラメント代表取締役CEOの角勝氏

大学卒業後、大阪の支店で債権回収業務に

角氏:樋口さんは複数の会社で数々の新規事業立ち上げを経験され、現在はweb3という最先端領域で新規事業開発に挑戦されています。華々しい経歴をお持ちですが、ここに至るまでのお話を伺えますか。

樋口氏:僕はこれまでさまざまな事業領域を経験して、今はNECで自分のチームを持って新規事業に挑戦しています。ただ僕のこれまでの人生を振り返ると全くきらびやかではなく、むしろずっと泥水をすすってきたという表現が正しいです(笑)。

角氏:その方がいいです(笑)。

樋口氏:大学卒業後に信販/カード会社に就職し、まずそこで8年ほど勤めました。最初は大阪の支店に配属され、5年半営業と債権回収をしていたんです。

角氏:結構ハードなお仕事じゃないですか。

樋口氏:そうですね、債権回収の際は法令に基づいて回収業務をするのですが、当時はまあまあグレーで。家の電気がついているかを確認しながら電話をかけたりドアをノックしたりして、いろんなことがありました(笑)。大阪ではそのほかに、加盟店向けの営業をしていました。

角氏:加盟店営業はどんなことをするのですか?

樋口氏:基本的に私がやっていたのは、個品割賦という領域です。例えば着物とか住設関係のローンとか、太陽光パネルを分割払いで買う顧客向けに必要になるローンの取り扱い加盟店を開拓していました。要は、訪問販売の下支えをするファイナンスです。休みもほとんどなく、新規開拓では飛び込んでいけない場所に飛び込んでしまったりもしました。加盟店が倒産して、泣いているお客さんを前にして債権者集会を仕切るような経験もしましたし、そんな泥臭いことをしていましたね。

営業から経営企画に引き抜かれ事業計画を作る

角氏:若い頃にそういう目に遭って、修羅場慣れしている訳ですね。でも新規事業をする際にその時の経験は生きてきますよね。

樋口氏:そうですね。営業をやっていてよかったと思っています。6年目に営業の元上司に引き抜かれ、東京本社の経営企画部に異動して中期経営計画を作ることになったのですが、その時に漠然と「会社がこうなるといいな」と思っていて、経営企画の仕事でそれが実現できたんです。いろんな部門の人と話をしたり、自分の考えを入れたりして経営ダッシュボードを作り、バランススコアカード(BSC)という経営管理手法を導入して中期経営計画で立てた数字がうまく達成できているかを見たり、各部門が作戦として考えていることと本体が考えていることがリンクして計画を遂行できているか管理したりしていました。

角氏:その手法は今も使っている?

樋口氏:新規事業を作るときに、予算や目標値のツリー分解の考え方や概念は今でも自分の中で生きています。まずこれを達成するためにはどういうお客様に何をし、お客様に価値を提供するために業務プロセスをどう動かして、それをするために人や組織やカルチャーをどう醸成するか、ゴールから末端まで組織や人をつなげていくんです。そしてどうなりたいかKPIを数字で表して、そこに達成することを定点的に見て続けていくと。

角氏:それはまさに経営ですね。

成長期真っ只中のヤフーで爆速経営を支える

樋口氏:その時は面白かったですね。ただ金融業では3~4年に1度転勤があって、ある時「また営業に戻るのか」という思いが頭をよぎったんです。それで転職活動をして、ヤフージャパン(現LINEヤフー)に入社しました。「Yahoo!メール」や「Yahoo!ブログ」などを開発するSNSの部門に配属されて、150人くらいの組織の中で何でも屋として予算や中計づくりから総務、経理まで担当していました。

 そうこうしているうちにメディアとマージするなど部門がだんだん大きくなってきて、宮坂(現東京都副知事の宮坂学氏)さんが社長になったときにメディア部門の中計を作れと命を受けて、それ以降2カ月くらい休みなく仕事をしていました。その時は一番忙しかったけれど、楽しかったですね。

角氏:「爆速経営」を打ち出して話題になっていましたね。

樋口氏:まさにその時期です。それを経験して数年後に、今度はサービスをやった方がいいと言われたんです。それが38歳の時で、正直「今からサービスか」と思いましたが、ちょうどその時に宮坂さんたちが、「迷ったらワイルドな方へ行け」とか、「脱皮しない蛇は死ぬ」などと言っていたので、せっかく勧めてくれるのだから行ってみようと思って、馴染みのある金融決済の部門に移ることにしました。

38歳の時にサービス開発とフロント業務を体験

角氏:さすがに周りは気を使ってくれた?

樋口氏:いえ誰も(笑)。知っている人もいなくて、26歳の若手社員の隣で丁稚から始めました。でもその時も面白くて、僕がジョインしたのが9月で、年内にサービスをローンチすることが決まっていたんですよ。バックキャストしても間に合わない。でもやらないといけない。ヤフオクの裏側の決済を支える「Yahoo!かんたん決済」というサービスだったんですけれど。

角氏:ちゃんとリリースできました?決済系は何かあったら怖いじゃないですか。

樋口氏:だから事故る訳です。年末の最終日に帰ろうとしたら事故だと。対応を終えて12時くらいに帰ろうとしたら、もう1件事故があってと散々でした。サービスをやっているときは24時間365日体制で、何かあったらアラートが飛んでくる環境でしんどかったですが、今までやったことがないフロント業務を経験できたのはすごく良かったですね。

角氏:営業を経てサービス開発だと、ずっと最前線ですよね。

樋口氏:ただそのあと、ヤフーと三井住友銀行(SMBC)が同株で設立したジャパンネット銀行(現PayPay銀行)に3年間出向したんです。当時、スタッフが500人程度いたのですが、ヤフーから先発隊として4人だけ送り込まれて、心細い日々が続きました。

角氏:それもまたなかなかですね。

樋口氏:銀行のために仕事をしつつ、「ヤフーと連携すると収益も上がるし口座も増えますよ」という動きをしていたのですが、2年後にSMBCと作ったデータビジネスを手掛けるジョイントベンチャーに役員として呼び戻されたんですよ。ただかなり大変なプロジェクトで(笑)。その時にヤフーの銀行サービス部門とジャパンネット銀行、データの事業と3つを兼務している状態だったので、死ぬほど忙しいうえにコンフリクトのど真ん中にはまってしまい、新しい取り組みをしたくDeNAに転職することにしました。

DeNAに入社したはずが3日でスタートアップに転籍

角氏:なぜDeNAを選んだのですか?

樋口氏:元々街づくりや建物に興味がありまして、街づくりやMaaSをやっている部隊があったので面白そうだと。ところが入社して3日目にMaaS部隊(タクシーアプリサービス)とジャパンタクシーが統合して、Mobility Technologies(現GO)という会社ができ、私もそこに移る事になったんです。それでタクシー配車アプリの「GO」を開発するプロジェクトリーダーとして立ち上げフェーズから参加し、僕が辞めた時点で600万ダウンロードまで伸びたのですが、そこでもとにかく仕事をしていました。ガントチャートは常に真っ赤で、みんなでZoomをつないでかなり深い時間まで会話をしながらカチャカチャと。

角氏:結局ずっと多忙なままで、病んでしまいそうですが。

樋口氏:でも同時に高揚感もあったんです。アプリのバグ出しをする際にお客様の声も入ってきて、指摘されたことが自分たちの思想に基づいてどんどんアップデートされていくのですが、それを重ねるにつれて世の中で自分たちのタクシーアプリが認知され、使われていくようになるのがわかるんですよ。ほかにも、クリスマスイブの日にみんな忙しくても、あるプロジェクトが遅れていると関係ないチームの人たちが手伝ってくれるんです。

角氏:仕事自体が楽しいというか、得られる成果が見えてくるから、そこに対するわくわく感や期待感がある。あとはコミュニティ感というか、「仲間が苦しんでいるんだから助ける」という義侠心の発揮が楽しかったりもするんでしょうね。

樋口氏:過去からの蓄積がないスタートアップなので、その場その場で作戦を決めてオペレーションを回していかなければならないという経験もして、2年間でしたけどその間に大企業では得られない思いや体験をすることができました。

角氏:そういった血反吐を吐くような体験を若い頃にしていると強いですよね。僕も前職の大阪市役所で障害者自立支援法ができた時それに近いことをしていたので、修羅場慣れしている人かどうかは話をしているとわかります。

樋口氏:それが若い頃だけだったらいいけど、僕は直近でもやっているという(笑)。ただ大企業にせよスタートアップにせよ、事業自体を考えるのはごく一部の人間で、残りはオペレーションなんですね。自分はそれまで誰かが考えた戦略をずっとこなし続けてきていて、「俺は何をやっているのだ」という思いに駆られまして、自分で戦略を考えたいと思ってまた転職活動を始めて、目に留まったのがNECだったんです。

後編では、樋口さんが現在取り組まれているweb3領域の新しい事業について伺います。

角 勝

株式会社フィラメント代表取締役CEO。

企業変革をトータルに支援する株式会社フィラメントの創業者・CEO。 新規事業創出、人材開発、組織開発の各領域で多くの企業の支援を手掛ける一方、フィラメント社の独自事業も積極的に開発。 経産省のイノベーター育成事業「始動」や森ビルが運営するインキュベーション施設”ARCH”などのメンターを歴任。LINEヤフーでは講師として生成AIやマインド開発など多数の講義・ワークショップを担当。 朝日インタラクティブ傘下のCNET Japanでの「事業開発の達人たち」「生成AI実験場」などメディア連載多数。テレビ東京の経済番組「ニッポン!こんな未来があるなんて~巨大企業の変革プロジェクト」レギュラーコメンテーター。地方公務員(大阪市職員)での20年に及ぶ在職経験から、さまざまな省庁や自治体の諮問委員・アドバイザーの経験も豊富。1972年生まれ。関西学院大学文学部卒。島根県出雲市出身。

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