前回まではマーケティングのためにメタバースを活用するケースについて解説した。今回からは、経営層や上司から「メタバースを活用して、新たな収益を生み出せ」と命じられたケースを想定し、既存のプロダクトは何故上手くいっていないのか、上手くいくための注意点やポイントなどを解説していく。
本連載の第1回で紹介したように、クニエは2023年にメタバースビジネスの調査を行い、91.9%が事業化に失敗したと答えたことを発表した。この数値は多くのメディアに取り上げられ、さまざまな議論を巻き起こした。
その中で多く見られたのは、「ハードウェア(VRゴーグル)が重く、眼鏡クラスにならないと誰も利用したがらない」「ハードウェアが高価で一般市民には手が届かないので、ユーザーは増えない」といった、ハードウェアの性能や価格を失敗の主因とみなすものだった。
果たしてそれが本当にメタバースビジネスの失敗を招いているのだろうか。
クニエでは先に挙げた調査を通じて、なぜ91.9%が失敗に至ったのかを分析しており、その結果、失敗企業は 「準備不足」かつ「見切り発車」だった実態が浮き彫りになった。そもそも新規事業の成功確率が低い中で、このような姿勢で臨んだビジネスが失敗するのは当然の帰結と言えよう。失敗するべくして失敗したのだ。
将来的にハードウェアが軽量化・低価格化されたとしても、企業のメタバースビジネスに対する姿勢が変わらない限り、同様の失敗が繰り返されるだけである。メタバースビジネスの成否は、外部要因よりも企業の内部要因に大きく依存している、というのが筆者の見解だ。
綿密な準備と真摯(しんし)な姿勢で臨む企業も確かに存在する。しかしながら、現状を見ると一部のエンターテインメント系プロダクトを除き、成功を収めている事例は極めて稀だ。
この現象の核心には、プロダクトにおける「顧客価値の欠如」がある。メタバースビジネスの成功には、顧客価値の高いプロダクトの創出が不可欠だ。しかし、顧客価値のないプロダクトが量産されてしまっているのが実情である。
なぜ、そのようなプロダクトが生まれてしまうのか。先に挙げた調査や、これまでのメタバースに関する相談内容・コンサルティング経験から見えた3つの要因を紹介する。
メタバースの顧客価値を議論する際、多くの場合「現実世界の物理法則を超越した表現ができる」「遠隔でコミュニケーションができる」といった“○○ができる”と表現されるキーワードが飛び交いがちだ。しかし、これらは果たして顧客価値と言えるだろうか。
答えは否である。これらはメタバースの“機能”を表現しているに過ぎず、顧客価値とは本質的に異なる。メタバース技術によって実現可能なことを列挙しているだけであり、それらが顧客のニーズにどう貢献するかは不明確な状態だ。
この「機能=顧客価値」という思考のまま開発を進めてしまうと、顧客価値のないプロダクトが生まれてしまう可能性が極めて高い。一度も使ったことのないボタンがたくさんあるテレビのリモコンを見れば、機能が必ずしも顧客価値に直結しないことは明白であろう。
機能を洗い出すことは何ら問題なく、むしろビジネス企画を検討する上で必要不可欠な作業である。しかし、単なる機能の探索に留めてはいけない。その機能が顧客のどのようなニーズを満たしているから価値になるのか、それを明確に言語化していく必要がある。
消費者がプロダクトを利用する際、必ず何らかのコストを負担することは避けられない事実である。このコストには金銭的なものだけでなく、時間や労力といった無形のものも含まれる。たとえプロダクトが大きな価値を提供すると謳っていても、消費者が負担するコストがその価値を上回る場合、そのプロダクトは結果的に無用の長物と化してしまう危険性がある。
メタバース技術は、他の先端技術と比較しても未だ発展途上の段階にあり、そのため利用に際してさまざまなコストが発生しがちである。例えば、高性能なVRヘッドセットなどのハードウェアは依然として高額である。さらにベータ版のプラットフォームへの登録作業や、自分のアバターのスキンを変更するといった細かな設定にかかる時間と労力も、消費者にとっては無視できないコストとなる。
この問題に対処するためには、大きく分けて2つのアプローチが考えられる。1つは顧客に提供する価値をさらに大きくすること、もう1つは消費者が負担するコストを小さくすることである。しかし、コストに関しては技術的な制約が大きく関わっており、現時点で大幅にコストを圧縮することは困難であると思われる。そのため、当面は提供価値を大きくするための方策を検討することが、より現実的かつ効果的なアプローチとなるだろう。
「今使っているもので別に十分ではないか?」と思ってしまうプロダクトは世に溢れている。この傾向は、メタバースのような最先端かつトレンド性の強い技術を扱う分野において特に顕著だ。
では既存手段に取って代わるためには、どのようなアプローチが必要なのだろうか。単純に既存手段よりも優れた価値を提供するプロダクトを開発すれば良いと考えがちだが、実際にはそれほど単純ではない。
ここで重要となるのが「スイッチングコスト」という概念である。スイッチングコストとは、消費者が新しい技術やプロダクトに移行する際に負担する時間、労力、資金などのコストを指す。
スタートアップ界隈では、このスイッチングコストを克服するためには「既存手段の10倍以上の価値をもたらす必要がある」と言われており、既存手段よりも多少価値が大きかったとしても、多くの消費者は慣れ親しんだ既存のプロダクトやサービスを手放さない可能性が高い。
この「10倍以上の価値」を生み出すためには、メタバース“ならでは”の独自の提供価値を見出し、それを明確に打ち出していくことが重要となる。既存の枠組みにとらわれない斬新なアプローチこそが、競争力のあるプロダクトを生み出す鍵となるだろう。
今回は既存のプロダクトが失敗した理由をひもといた。次回は、ビジネスの成功に向けて押さえておくべきポイントについて解説する。
小林拓人
大手日系コンサルティングファームを経て、クニエに入社。新規事業戦略担当として、メタバース含む新たなテクノロジーを活用した新規事業開発、製品・サービス開発、事業グロースを支援。 調査レポートの発行・取材対応など、メタバースに関する実績多数。子どもの第3の居場所づくりを行うNPO法人AKTOの理事としても活動。
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