前回は、経営層や上司から「メタバースを活用したマーケティング施策を検討せよ」と命じられた場合の取り組みを3つに大別し、1つ目となる(1)認知および興味関心の獲得を目的とした取り組みについて解説した。
今回は、(2)購買意思決定の促進、(3)顧客ロイヤルティの向上・維持――を想定して解説しよう。
マーケティングとしてのメタバース活用の中で有効になる可能性が最も高いのは、(2)パターンであると筆者は考えている。
インターネットの進化に伴い、購買プロセスも変化してきた。
インターネットが普及するはるか前の1920年代には、E・K・ストロング氏が提唱した「AIDA」、サミュエル・ローランド・ホール氏の「AIDMA」に始まり、インターネット普及後の2004年には電通より「AISAS」、その後アンヴィコミュニケーションズから「AISCEAS」が提唱された。さらに、SNSが発展した2015年には電通が新たに「DECAX」を提唱するなど、時代の変遷とともにさまざまな購買プロセスが提唱され続けてきた。
これらの歴史を踏まえると、新たなインターネットサービスが購買の意思決定プロセスの変化に重要な役割を果たしてきたことが明らかである。したがって、次世代インターネットたるメタバースも、同様に購買の意思決定を促すプロセスにおける新たなチャネルとしての可能性を持つと考えられる。
しかし、残念ながら現時点で成功事例らしいものは登場していない。これは、「顧客にとって不要な情報を提供している」「メタバース以外のチャネルでも入手できる情報を提供している」ことが成功に至らない大きな要因である。例えば、「食品を3Dモデル化してアバターが手に取れるようにする(食品の外観情報は購入する意思決定に大きな影響は与えない)」「セミナー会場はメタバース上にあるが、プレゼンは2D(『Zoom』のウェビナーなどで代用可能)」などが挙げられ、そのようなケースでは、“わざわざ”メタバースに赴いて情報を取得する必要がないと消費者から判断されてしまう。
では、どうすればよいのか。筆者の考えるポイントを3つ紹介したい。
意思決定に悩む消費者のインサイトを捉えるどのような情報を消費者に提供すべきなのかを考える必要がある。ただ、検討する際にやりがちなアプローチとして、顧客に「どのような情報があれば買ってくれますか?」と直接聞くケースが散見される。このアプローチは決して悪手でないものの、意味を成すことはほぼない。顧客はおおよそ自身が何に困っていて、何が必要かを分かっておらず、彼らにそれらを問おうとしても、表面的な回答が返ってくるだけである。
そのため、まずは消費者観察を通じて、購買行動プロセスのどのフェーズで、何故悩んでいるのかを見出すことが重要である。消費者観察を行う対象は絞った上で、消費者の行動を追いかけて消費者理解を深めていき、消費者の内なる悩みを想像する。
フェーズと悩みにあたりを付けることができたなら、次のステップとしてどのような情報を提供すべきかを考えていく。脳に汗をかくところではあるが、これに時間を費やしすぎることはせずに、提供すべき情報の候補を顧客に当てて、その妥当性を検証すべきだろう。これら「消費者観察」「仮説構築」「検証」のプロセスを繰り返していくことで消費者のインサイトを捉えた、消費者が求める情報を洗い出していく。
メタバース“だからこそ“提供できる情報に的を絞る消費者が求める情報の中には、メタバースで提供しなくてもよいものが含まれているため、情報に対して「メタバースの機能との親和性を図る」「他チャネルとの比較」を行う必要がある。メタバースの機能とは、コミュニケーションやデジタルツインなどのことであり、それら機能を一旦整理した上で、情報提供に役立つかどうかを検討する。
そして、たとえメタバースに親和性がある情報があったとしても、他チャネルとの親和性が高ければ、あえてメタバースで提供する必要はない。他チャネルと比較してメタバースを利用する必要性があるものを選択すべきだ。
情報に辿り着くまでの道のりは短く単純化させる折角顧客の求める情報を提供する場ができたとしても、消費者がそこに辿り着かないと意味がない。情報の重要度によっては、現時点でメタバースを利用したことがない顧客も、情報取得のために初めて利用する可能性は十分に考えられるが、現状のメタバースへのアクセスには特定の技術的理解や手間が必要であり、利用のハードルが高い。
そのため、初心者であっても簡単に情報に辿り着けるよう、プラットフォーム選定の際に情報の質が低下しない範囲でなるべく操作やアクセスが容易なものを選んだり、メタバース内で不要な移動が発生しないよう導線を工夫したりするなど、企業側での対応が求められる。
(3)パターンにおいては、顧客ロイヤルティの“向上”においては難しいものの、“維持”においては有効になり得るものと筆者は考えている。
顧客ロイヤルティは、プロダクトやブランドに対して継続利用や他社紹介などの行動として表れる「行動的ロイヤルティ」と愛着や信頼などのポジティブな感情として表れる「感情的ロイヤルティ」に分けられる。これらを軸に顧客を分類すると図1のようになる。
企業が最終的に目指すべきなのは「真のファン」の獲得であり、そのためのアプローチは図1にも記載した、A:行動的ロイヤルティの向上、B:感情的ロイヤルティの向上、C:ロイヤルティの維持――の3つとなるが、各アプローチにおいてメタバースが機能するのか考察したい。
A(行動的ロイヤルティの向上)のためには、プロダクトの継続的な価値の享受、再購入の際の購買体験が重要である。ただ、それらをメタバースで提供することは難しい。メタバース上で現実世界のプロダクトを利用することは当然できないし、プロダクトを購入しようにも、メタバース上で商取引が完結するような仕組みはできていないのが現状である。そのため、メタバースは行動的ロイヤルティを高めるためのツールとしては機能しないと考えられる。
また、B(感情的ロイヤルティの向上)においても、メタバースの活用は難しい。先述したように、メタバースへのアクセスには特定の技術的理解や手間が必要であり、利用にはハードルが高い。プロダクト/ブランドに対してポジティブな感情を持っていない顧客が、そのハードルを乗り越えることはほぼ期待できないだろう。したがって、メタバースは感情的ロイヤルティの向上にもあまり効果的ではないと考えられる。
一方、C(ロイヤルティの維持)においては、メタバースは有効なツールとなり得る。メタバースはコミュニケーション機能を持ち、顧客間の交流の場を提供できるプラットフォームである。共通の興味を持つファン同士がメタバース内で交流することでコミュニティが形成され、顧客はブランドに対する一体感や所属感を感じることができる。また、メタバースにおいては現実世界では実現できないブランドの世界観を表現した空間を構築でき、ファンにとって特別で居心地の良い場所となり得る。このようなコミュニティの形成は、ファンがブランドに対して感じる愛着を強化し、長期的なロイヤルティの維持に寄与できるものと考えられる。
では、メタバース上でファンコミュニティを形成する際、どのようなことに気を付けないといけないのか、ポイントを2つ紹介する。
世界観の表現だけに終わることなく、運営に力を入れるファンコミュニティの形成を目的とした事例は多く存在するが、プロダクトやブランドの世界感をメタバース上に表現したワールドを構築・公開するも、その後は放置されてしまっているケースが散見される。そのようなケースは、筆者が把握している限り、最初こそ賑わいが見られたものの、ファンが定着せずに総じて“過疎状態”となってしまっており、ファンコミュニティの土壌すら出来上がっていない。この要因は、ファンが継続的に再訪する理由が存在しないことにある。
当ケースにおいて、ファンに対して提供できている価値は、プロダクトやブランドの世界観に浸れるぐらいで1回体験すればおおよそ十分であるため、ファンが再度訪れることはない。そのため、ロイヤルティの維持につなげるためには、ファンの再訪・定着に向け、企業がコミュニティの活性化に積極的に関与し続けることが重要となる。
長期的な視点で成果を求める忍耐力を持つファンコミュニティにおいて、その成果を一朝一夕で上げることは難しい。ファンをコミュニティに定着させるためには試行錯誤が必要であり、効果が現れるまでには多くの時間を要する。その結果、多くの企業は短期で成果が上がらないことに耐え切れず、断念してしまうことが多い。そのため、事業担当者だけでなく上層部も、長期的な視点を持ち、時間をかけて取り組む姿勢を持つことが必要である。
今回は、マーケティングのためにメタバースを活用するケースにおいて、その目的ごとに有効性や成功に向けたポイントについて筆者の見解を紹介してきた。次回は、メタバースサービスで収益をつくるためのポイントについて考察する。
小林拓人
大手日系コンサルティングファームを経て、クニエに入社。新規事業戦略担当として、メタバース含む新たなテクノロジーを活用した新規事業開発、製品・サービス開発、事業グロースを支援。 調査レポートの発行・取材対応など、メタバースに関する実績多数。子どもの第3の居場所づくりを行うNPO法人AKTOの理事としても活動。
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