前回は、冷めつつある「メタバース熱」の要因など、メタバースビジネスの大まかな現状を分析した。今回からは、経営層や上司から「メタバースを活用したマーケティング施策を検討せよ」と命じられたケースを想定し、どのようにメタバースを活用すれば効果的なマーケティングとなり得るかをひもといていこう。
1969年に米国国防総省の高等研究計画局(現国防高等研究計画局)よって開発された「ARPAnet」を起源とするインターネットは、通信インフラ、デバイス、OSなどの発展により、現在は世界で51億6000万人もの人々が利用するようになるまで普及・進化を遂げた。
これに伴い、企業はインターネットを活用してさまざまなマーケティング手法を編み出してきた。1990年代においてはコーポレート・サービスサイトの立上げや、バナー広告、メールマガジンの配信、2000年代においてはECへの参入や検索エンジンの普及に伴うSEO対策や検索型広告の配信などが行われるようになった。2010年以降ではオンラインとオフラインを融合させて顧客体験を向上するOMO戦略の推進や、SNSの活用などが行われてきている。
このような変遷を経てきた中で、次世代インターネットとも呼称されるメタバースはマーケティングにどのように活用されているのだろうか。
現時点で、企業によるメタバースのマーケティング活用事例は豊富に存在しそれらの事例を目的別に分類すると、以下の3つに整理できる。
(1)認知・興味獲得
(2)購買意思決定の促進
(3)顧客ロイヤルティの向上・維持
ここからは、メタバースを活用した各取り組みの有効性や、ポイントについて考察する。
まず結論から伝えると、(1)パターンのメタバース活用は時期尚早である、というのが筆者の見解だ。実際に電通の実証実験によると、メタバース空間上に看板を設置するケースは広告効果が低いことが明らかになっている。バーチャル展示会への参加やバーチャル店舗の出店を行った場合も、クニエがインタビューを行った担当者の多くが「思うような成果を上げられなかった」と回答している。
では、何故成果が出ないのか。理由として、「メタバースのユーザー数が少なく、リーチ数を稼げない」「メタバースの特性に対する理解が甘く、消費者の“視界”に入らない」「軽視できない広告費用」の3点が考えられる。
メタバースのユーザー数が少なく、リーチ数を稼げないメタバースのユーザー数は依然として少なく、リーチ数が限定的となってしまっているのが現状である。主要なSNSとメタバースサービスの国内の月間アクティブユーザー数(メタバースサービスのアクティブユーザー数は公表されていないため、最新の公開情報を基にした筆者の推定値)を比較すると、SNSの方が圧倒的に多い状況であると思われる。
このような状況下では、メタバースを活用するよりSNSを活用した方がリーチ数を稼げる可能性が高く、マーケティング戦略として合理的な選択と言えよう。
メタバースの特性に対する理解が甘く、消費者の“視界”にすら入らない(1)パターンで活用する場合に関連するメタバースの特性として、「現実世界とは違う行動様式」「活況なUGC(User Generated Content:ユーザーが生成するコンテンツ)」の2点は少なくとも押さえておきたい。
現実世界とメタバースでは社会的制約および物理的制約が異なるため、行動様式に違いが生じている。具体的に説明すると、現実世界では信号の待ち時間や電車での移動時間など、社会ルールにより立ち止まる必要がある状況が存在するものの、メタバースでは自由に動き回ることが可能である。加えて、現実世界では移動スピードに限界があるが、メタバースでは高速移動やワープが可能だ。
また、メタバースではUGCが盛んで、新たなコンテンツが雨後のたけのこのように生み出されており、現時点で数多のコンテンツがメタバース上に存在している状況である。
現在メタバース上で展開されている、認知や興味の獲得のために作られた企業コンテンツは、上記の特性に対応できているだろうか。まず、看板型の施策は、高速移動・ワープを行うユーザーに見られる機会はかなり限られる。バーチャル展示会やバーチャル店舗については、数多あるコンテンツの中から消費者を引き付け、来訪・体験に結び付けるコンテンツ力はないように見受けられる。これでは企業の作ったコンテンツは消費者の視界にすら入らないだろう。
軽視できない広告費用先に述べたように、メタバース上には数多のコンテンツが存在しており、それに勝るコンテンツ作りが必要である。ただ、消費者にとって魅力的なコンテンツ作りには、かなりの投資を要する。2021年と比べて、メタバースビジネスを行う企業が増えているため、当時よりもコンテンツ制作・開発にかかる費用は一定程度低くなっているものの、依然として割高感は否めない。
また、より多くの消費者を引き付けるために、IPホルダーとの連携や、バーチャルアイドルの活用などを行うケースが見られるが、この場合決して安くない金額がさらに必要になってしまう。そのため、現時点において良質なコンテンツを提供するには、多額の投資を行う覚悟が必要である。
コンテンツの作り込みだけであれば、事業担当者の頭を絞れば解決し得るが、ユーザー数や広告費用については担当者や一企業の努力ではどうにもならない。 確かに、現状のユーザー数の増加率は目を見張るものがあるし、費用に関しても参入プレイヤーが増加するにつれて低減されていく可能性がある。将来的に有効となる可能性は秘めていると言えるだろうが、現時点では難しいというのが筆者の考えだ。
経営層や上司から、「認知や興味の獲得」を目的としたパターンでのメタバース活用に限定されていないのであれば、筆者としては別パターンでメタバース活用を検討することを勧めたい。
ただし、現状のユーザー数の増加率は目を見張るものがある。費用に関してもプレイヤーが増加するにつれて低減される可能性がある。将来的に有効となる可能性は十分秘めていると言えるだろう。
もし、認知・興味獲得での活用に限定されている場合は、メディアへの訴求を通じて認識・興味獲得を目指すことを戦略の1つとして検討する余地はある。というのも、もしメタバースの取り組みについて社会的意義があるものと判断されれば、メディアが取り上げる可能性があり、それが副次的な認知効果創出につながる可能性があるからだ。
例えば、オセアニアに位置する島国ツバルが「国連気候変動枠組条約第27回締約国会議」(COP27)で発表した「海面上昇に沈みゆく国家をメタバース上に再現し、リロケーションする」取り組みは、眼前に迫る自然温暖化の影響を視覚的なインパクトとともに表現していることで、多くのメディアに取り上げられた。
また、世界3大広告賞の1つである「カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル」において、革新的かつ社会的インパクトの強いアイデアに与えられる「チタニウム」カテゴリーの2023年度グランプリを受賞しており、世界から高い注目を集めている。
3年前のメタバースが過熱状態だった時と比べて、メタバースの注目度はかなり低下したものの、依然メタバースの取り組みが報道されるケースはある。認知・興味獲得を目的にメタバースを活用する場合においては、メディアに取り上げてもらえるような意義付けやコンテンツの工夫をすることで、一定の効果を出せる可能性があるかもしれない。
今回は認知・興味の獲得を目的とした取り組みについて紹介したが、残る2つのパターンとなる(2)購買意思決定の促進、(3)顧客ロイヤルティの向上・維持――は、より効果的な施策となる可能性が高い。次回解説したい。
小林拓人
大手日系コンサルティングファームを経て、クニエに入社。新規事業戦略担当として、メタバース含む新たなテクノロジーを活用した新規事業開発、製品・サービス開発、事業グロースを支援。 調査レポートの発行・取材対応など、メタバースに関する実績多数。子どもの第3の居場所づくりを行うNPO法人AKTOの理事としても活動。
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