地球上の二酸化炭素や水素を様々な技術手法を用いて、地球環境にやさしいとされる方法で代替素材に有効再利用(アップサイクル)する取り組みは、日本を含めて世界中で展開されている。
そのうち、「大量のCO2を回収→代替タンパク原料を開発」するスタートアップが注目されはじめてから5~6年が経つが、今回はそのうちの1社をご紹介したい。米シリコンバレーに本社を構え、世界的なDeep Tech投資ファンドであるSOSVやアジアのHappiness Capitalといった大手VCファンドをはじめ、豪州最大手のエネルギー企業Woodside Energyからの戦略的出資を含むアジアの大手企業などから出資を受けている、NovoNutrientsだ。
NovoNutrientsは、2017年に米カリフォルニア州サニーベール市で創業されたスタートアップだ。主な競合とみなされる世界的なスタートアップには、同じアメリカのAir ProteinやCalystaをはじめ、英国のDeep Branch、北欧フィンランドのSolar Foodsがある。特にSolar Foodsは2023年6月に日本の味の素と戦略的提携を締結していることもあり、日本国内では知名度が高いかもしれない。
NovoNutrientsの技術面での大きな特徴は、大型工場などから大量に排出されている二酸化炭素を活用し、水素と自然由来の微生物をうまく利用したガス発酵プロセス技術を持つ点だ。これを通じて、魚類の飼料から高栄養価ペットフード、そして人間が食卓で食べる肉類といったタンパク食品原料に至るまで、幅広い高栄養価のタンパク原料を生み出すことを可能とする。
同社は独自のバイオリアクターを開発し、バクテリアが水中で成長するのを助けると同時に、二酸化炭素と、水素やアンモニアといったバクテリアの代謝の原動力となるその他のガスを消費する。
微生物が必要とする二酸化炭素の供給元となるのは、例えば、大手石油・ガス事業者、化学工場、肥料工場などを世界中に保有する大手化学企業など、現に大気汚染を課題としている事業者であれば該当すると言ってよい。必要なのは、「”ほどよく”濃縮された二酸化炭素を供給することだけだ」(同社CEO・David Tze氏)。 同社のバイオリアクターが使用する微生物は、不純物などが混じるガスにも十分耐えることができるという。
また、前述の競合企業と比べた特徴は、他社は「メタン発酵」を使用しているのに対して、NovoNutrientsは微生物による「二酸化炭素発酵」を用いている点だ。これは、前者と比べて後者の方が大幅に環境への負荷を低減できると考えられる。
以下のグラフが示すように、彼らが開発に成功したNovoteinは、大豆に比べて実にわずか1%の水と土地使用だけで、生産が可能となる。
NovoNutrientsは、当初は自社で大型工場を所有しない方針だ。あくまで大気汚染の源となるCO2を「生産」している大手石油企業やガス化学系企業などが保有する大型製造工場で同社の技術をパッケージとしてライセンス供与し、発酵プロセスで必要となる微生物を協業企業に提供すること、さらには同社の技術を活用した新たな商材の営業チャネル開拓にも協力することでマネタイズする。
2023年4月には豪州大手エネルギー企業であるWoodside Energy社からマイルストーンベースの戦略投資を発表し、これまでのラボスケールからパイロットスケールへ、さらにその先のコマーシャルスケール到達へ向けて、着実に駒を進め始めている。
このWoodside Energy社との技術共同開発契約は、NovoNutrientsが今後双方で合意したマイルストーンを達成していくこと条件に、Woodside Energy社がパイロットプラント建設に最大300万ドルを拠出するというもの。より大規模なパイロットスケールの製造設備の建設と事業運営を後押しするものとなり、ここ2年間世界のスタートアップ投資環境が厳しい中で、NovoNutrientsにとっては非常に大きな一歩となった。
これにより、さらに大規模なパイロットスケールのプラントの増設に向け現実的なロードマップが描けるようになったことで、2024年後半以降、将来的な商業スケール化に向けた技術開発の加速化を実現すると同時に、より幅広い商材を開発し、商業化していくことを目指す。
そんなNovoNutrientsが最初に狙うのは、今世界的に市場が伸びている「高級ペットフード市場」。それも、日本のペットフード市場に照準を合わせる。
「当初は、養殖産業向けの栄養価の高い飼料市場を主なターゲットと見ていた。ところが前進を重ねていくにつれて、ペットフードに高い市場価値と潜在的な成長力を見出せる、と感じた。我々のような新興企業にとって最も重要なのは、新しく創造する商品に対する市場の『必要性』と『購買意欲』がしっかりと見込めるかどうか。我々のペットフード用の原料は高級ペットフード市場を対象としているため、アクアフィードと比べて価格戦略面で十分ビジネスとして成り立つと考えている」(CEOのDavid Tze氏)
矢野経済研究所によれば、2022年のペットフード市場規模は6083億円で、国内のペット関連商品の市場規模のうちの3割以上を占める。
またここ2~3年の傾向としても、ペットフードのプレミアム志向、健康志向が高まっていると見られており、特にドッグフードでは、年齢別、犬種別、さらには各々の犬種の体格やペットフードの使用目的(健康・各種症状に対する個別具体的なケアなど)によって、ペットフード商品の細分化・多様化が進んでいる。さらに、家庭用ペットの特定の疾患症状に合わせて獣医師が栄養成分を調節した療法食のニーズも日本で高まっており、こうした「ペットフードの高度化」が、同社の着目する要因である。
ペットフードの流通経路は、ペットショップに加え、ホームセンターやスーパーマーケットでの小売販売チャネルが多様化している。さらに卸業者を介さないインターネットでの直接販売も増加しており、日本国内市場の流通の多様化に、マーケットエントリーの裾野も広がり始めている点が、同社にとっても追い風だ。(参考:リコー経済研究所)
もう一つの大きな要因は、彼らが開発した「Novotein」を含む原料が、日本の農林水産省に既に飼料として届け出を完了させている点だ。すなわち、日本でこうしたいわば「二酸化炭素由来」の商品を販売できる許認可が世界に先駆けて獲得できており、これは彼らにとって非常に大きい。 これこそ、日本のペットフード市場に照準を合わせる大きな要因である。
無論、同社は人間の代替タンパク市場も中期的には重要な市場として見据えている。ただ、最近のImpossible FoodやBeyond Meatといった「先発組」への市場の厳しい見方や、世界の主要市場圏での市場の伸び率が一時的に落ち着いていることを鑑みて、プラントベース市場を含む人間の食するタンパク市場に関してはあくまで中長期的な市場として狙いを定めており、現時点では優先順位は先に据えている。
「我々は環境負荷を極限まで低減させられる企業として、『Carbon Capture』と独自の微生物発酵技術による高栄養価の食品原料を提供することで存在価値を見出す考え。決して単なる『代替タンパク食品』の会社ではない」(Tze氏)
同社のNovoteinが日本での届け出を完了させていることを受けて、既に日本の大手総合商社をはじめ、日本国内のペットフード産業を代表する企業とは、日本国内での上市を見据えた共同開発などの会話が進み始めている。
この夏には大型シリーズAファイナンスも無事完了する見込みであり、これからパイロットフェーズから商業レベルでの規模を見据えて、2024年から2025年にかけては、日本市場を含めた「足固め」の1年となりそうだ。
【本稿は、Wildcard Incubator LLC. (東京都中央区 代表マネージングパートナー 熊谷伸栄)との企画、制作でお届けしています。Wildcard Incubator LLC. は、NovoNutrients(Oakbio, Inc.)の日本市場での事業化に関わる戦略アドバイザーを務めています】
【Wildcard Incubator LLC.について】シリコンバレーを軸に東京、ASEANの主要メンバーより、日本の事業会社と欧米有力スタートアップとの戦略的事業共創に係る、業務提携までの一気通貫でのハンズオン業務支援を手掛ける。また独自に選定する欧米有力スタートアップの日本市場化支援も数多く手掛ける(https://www.wildcardincubator.com/)
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