モチベーションや集中力、学習効果向上--学校教育におけるメタバース活用の可能性

 世界中の多くの国々で、VR(バーチャルリアリティ)、MR(ミックスドリアリティ)、そしてメタバースを教育に取り入れる動きが進んでいる。これらの技術は、生徒たちの学習意欲を高め、教員の負担を軽減するなど、学習効果や効率を向上させる可能性があるとされている。米国では、Metaが15の大学と連携しており、日本でも、政府の政策投資や多くの企業の参入により、メタバース分野が発展を続けている。

 そこでこの記事では、教育分野におけるVR、MR、メタバースの具体的な活用事例を詳しく紹介していく。

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(筆者がメタバースで行っている英語学習イベントの様子)
筆者がメタバースで行っている英語学習イベントの様子
  1. バーチャル技術導入による「教育の情報化」
  2. VR/ARが学生の「やる気」と「集中力」を向上させる可能性
  3. バーチャル授業による教師と学生の孤独感や負担の軽減
  4. 教育現場におけるメタバース導入の課題
  5. Metaと米国の大学によるVR教育の革新
  6. 日本におけるVRやメタバース教育の多様な応用

バーチャル技術導入による「教育の情報化」

 2020年以降、新型コロナウイルス感染症の世界的な流行が、教育分野におけるオンライン授業の急速な普及をもたらした。この状況は、「STEM教育」(科学、技術、工学、数学)や「EdTech」(教育技術)といった概念の普及を促進し、教育のデジタル化やテクノロジーの導入に再び注目を集めるきっかけとなった。

 このような背景を受けて、近年、多くの学校や教育機関がVRやメタバースといった技術を採用し始めている。教育ビジネスにおける新たな市場の開拓も期待されており、これらの技術が学習プログラムに与える影響は大きいと見られている。

 筆者も「私立VRC学園」というメタバース内の学校コミュニティを作成した経験から、教育への多くの示唆と知見を得ている。アバターを使ったコミュニケーションや、国籍を超えた多様な人々と対等に交流できる機会があることは、メタバース特有の強みと言える。

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こちらの卒業式時の写真はNPO法人バーチャルライツ様のVR写真大賞で受賞)
(画像提供:私立VRC学園卒業生ChikuwaFoxさん。こちらの卒業式時の写真はNPO法人バーチャルライツ様のVR写真大賞で受賞

VR/ARが学生の「やる気」と「集中力」を向上させる可能性

 教育分野におけるVRやAR(拡張現実)の利用は、学生の学習体験を変革している。これらの技術は、学生のやる気と集中力を高めることで知られており、授業の効果を向上させる潜在力を持っている。実際に、バーチャル技術が教育に導入されることで、学生がより積極的に学習に取り組む可能性がある。また、教員の手間を減らし、授業の質を向上させる効果も期待されている。

  • ニュージーランドの研究チームは、2010年以降の99件の論文を分析し、その約30%が学生の内発的動機、つまりやる気や没入感を高めることに焦点を当てていることを明らかにした。
  • PwCの2022年の調査では、米国企業5000社がVRヘッドセットを用いた社内研修が、ビデオ視聴よりも従業員の集中力を4倍向上させたと報告している。
  • スペインの研究チームは、2022年に幼稚園から小学6年生までの児童を対象とした21の実験を評価し、2時間未満の没入型VR体験が学習効果を高めると結論付けた。
  • VR数学教材会社のPrismsは、2022年に中高生514人を対象に行った実験で、バーチャルコンテンツを体験したグループがテスト成績で平均11ポイント高い成績を示したと発表している。

 これらの研究結果は、VR/AR技術が教育に与えるポジティブな影響を示唆しており、教育分野でのさらなる活用が期待される。

(筆者がVRChatで講義をしている様子)
(筆者がVRChatで講義をしている様子)

バーチャル授業による教師と学生の孤独感や負担の軽減

 バーチャルオンライン授業は、教師と学生の孤独感を減らす効果が期待されている。国立情報学研究所のシンポジウムでは、このような授業形式が教師と学生の両方にとって、コミュニケーションと繋がりをもたらし、孤独感を減少させる可能性があると報告されている。

 また、ニュージーランドの研究チームによると、バーチャル技術は教育分野において、シミュレーションやトレーニング、実験機材のコスト削減にも役立っているとされている。これにより、教育現場の「面倒」を減らし、より効率的な学習環境を提供することが期待される。

教育現場におけるメタバース導入の課題

 世界中で教育分野へのメタバース導入が進むなか、教育現場においてはこの動向に対して懸念も存在する。一部の教育関係者からは、メタバースが「ゲーム空間」という認識が根強いため、その教育的価値に疑問を持つ声があがったり、教員がVRやメタバースなどバーチャル技術への理解が追いついていないことも、導入を難しくしている。

 また、子どもたちにとって対面でのリアルな体験やフィジカルな交流が重要であるという教育観が広く支持されており、そのような要素がメタバースでは十分に提供されないという懸念も存在している。

 筆者の経験でお話すると、例えばメタバースにおける恋愛体験は、人間関係の構築や対人感覚においてリアルな世界と大きな差がないと感じる。仮想空間での恋愛や人間関係の構築は、実際のものと同様に深い感情や絆を生む可能性を秘めている。そういう点においては、リアルの学校で培われる社会性やコミュニケーション能力はメタバースの活用次第では代替できる部分もあるように感じる。

 一方で、メタバースにおける恋愛や友情の体験が人間関係の理解に与える影響は、まだ完全には解明されていない。仮想空間での感情や絆の形成は、リアルな世界での対人関係にどのように影響を及ぼすのか。例えば、メタバースでの恋愛体験がリアルな対人スキルの向上に寄与する可能性もあれば、現実世界との乖離を生むリスクも考えられる。

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 また、現在のところメタバースは視覚中心の体験を提供しているため、障がい者が十分に参加するのが難しいという問題も忘れてはいけない。バーチャル技術が障がい者支援の可能性を秘めている一方で、障がいのためにデバイスの操作が困難な場合が多く、その結果デジタルリテラシーの格差が拡大する可能性がある。この問題は、メタバースのアクセシビリティと包括性の向上に向けた技術開発と研究において重要な課題だと筆者は感じる。

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 学習に関しては、メタバースは五感を完全に活用する体験を提供するまでには至っていない。これは、自然の中での体験や発見から得られる学びとは異なるものである。筆者は、メタバースがもたらす学習体験には、より身体的な要素が必要であると考えている。

 VRやメタバースの教育への導入は、単なる対面教育の代替ではなく、新しい学習体験を提供することにある。これは理解度や学習意欲の向上、学習成果の活用に大きく貢献する可能性がある。しかし、VRやメタバースの授業を組み込むには授業デザインの大幅な変更が必要であり、実践例や教材作成には手間がかかるのも事実だ。ただ単に既存の教育システムに新しい技術を導入するだけでは、さらにシステムを複雑にしかねない。新しい技術を導入するには抜本的な改革が必要だと筆者は感じる。教員間の連携と実践例の共有はこの課題を解決する鍵となるだろう。

(筆者がメタバースで行っている英語学習イベントの様子)
(筆者がメタバースで行っている英語学習イベントの様子)

Metaと米国の大学によるVR教育の革新

 Metaは米国の15大学と協力し、教育分野でのVR技術の活用に向けた新たなパートナープログラムを進めている。以下に活用例をピックアップした。

  • スタンフォード大学では、BodySwapsアプリを利用してビジネススクールの学生にソフトスキルを教えている。『Virtual People』というVR環境で実施される授業では、ほとんど全ての活動がVRを通じて行われている。なかには、人種差別を受けた男性の人生をVRで体験するというような、インパクトのある内容も含まれている。VR技術を利用することで、学生は様々な立場や状況を自分目線で体験できるという、VRならではの特性が活かされている。
  • ニューメキシコ州立大学では、学生が「刑事司法」の授業でバーチャルな犯罪現場を調査するなど、多岐にわたる科目でVRが活用されている。
  • アイオワ大学やパデュー・グローバル大学では、ビジネス学生のソフトスキル訓練や看護師のトレーニングにVRが利用されている。
  • アラバマ大学バーミンガム校では、VictoryXRと提携し、バーチャルキャンパスでビジネスコースを教えており、ノヴァ・サザン大学では、VRを使って医学部1年生に人体の臓器について教育している。
  • マイアミ・デイド大学は、音楽、建築、研究などの分野でバーチャルキャンパスを活用している。
  • 米国のアトランタに位置するモアハウス大学では、化学、生物学、ビジネス、ジャーナリズムなどの授業をデジタルツイン・キャンパスで行っている。

 こうした活用例は、VR技術が教育分野でどのように活用され、学生の学習体験を豊かにするかを示している。Metaの取り組みには、VictoryXRとの提携による仮想大学キャンパス「メタバーシティ」の構築が含まれている。これらのプロジェクトは、教育分野におけるメタバース技術の先進的な活用事例の一つとなっており、スタンフォード大学やモアハウス大学といった名門校における実用例として注目されている。

 また、メタバースの教育への応用は米国だけでなく、ヨーロッパでも進んでいる。イギリスのサンダーランド大学では、ビジネスと教育に特化した3Dメタバースプラットフォーム「Virbela」が、新型コロナウイルスの流行をきっかけに導入された。このプラットフォームでは、オフィスや授業、大規模会議、展示商談会、音楽ライブなど、多様なイベントがバーチャル空間で実施可能だ。また、日本では東京理科大学工学部が学術発表会に『Virbela』を活用している事例も挙げられる。

 フランスでは、子供向けグローバルエデュケーションゲーム・メタバース「The Winkyverse」が注目を集めている。このサービスは、フランスの「Mainbot」によってブロックチェーン技術を基盤として一般販売が開始された。「The Winkyverse」は3Dメタバース空間で、ユーザーが社交、学習、遊びを通じて交流できる場を提供している。さらに、Robloxのようにユーザーが自分の教育ゲームを作成することも可能だ。仮想通貨「The Winkies」を用いた収益化機能もあり、子供たちが遊びながら資産を増やす過程を学ぶことができる。このような特徴から、イギリスの大学との連携も始まっており、教育界のメタバース分野で世界的な注目を集めている。

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 これらの取り組みは、VR/AR技術が教育にもたらす革新的な変化を象徴しており、学習方法と教育環境の未来を形作っている。

(筆者がVRChatで講義をした際の教室の様子)
(筆者がVRChatで講義をした際の教室の様子)

日本におけるVRやメタバース教育の多様な応用

 日本の学校教育においても、VRやメタバースの技術は多分野にわたって応用されてきている。語学、料理、保育といった生活教育から、土木、看護、介護などの職業訓練、更にはスポーツ、文化、防災などの社会教育に至るまで、実技や実習を効率的に学ぶための技術導入が進んでいる。

 国内では、大手企業や専門組織の参入も積極的だ。例えば、角川ドワンゴ学園は「普通科プレミアム」プログラムを通じてVR教育を展開し、東京大学はバーチャルリアリティ教育研究センターに新部門を設立した。NTTグループや凸版印刷、NHKグループも教育用メタバースの開発に取り組んでいる。

 先行研究での発育・健康への影響やコスト、体験品質、双方向性の課題にもかかわらず、VR/MRデバイスの性能向上とコンテンツ品質の進歩により、プログラミング教育や障害者教育、軍事演習などへの応用が拡大している。日本におけるVRやメタバースの教育への導入は、効果的な教育方法への試行錯誤と共に、今後も進展が期待される。

齊藤大将

Steins Inc. 代表取締役 【http://steins.works/

エストニアの国立大学タリン工科大学物理学修士修了。大学院では文学の数値解析の研究。バーチャル教育の研究開発やVR美術館をはじめとするアートを用いた広報に関する事業を行う。

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