本誌CNET Japanは2024年2月19日から3月1日の9日間、「CNET Japan Live 2024」を開催した。「1+1=2以上の力を生み出す『コラボ力』」をテーマに、大手企業とスタートアップ、自治体といった企業や業種の枠を超えたオープンイノベーションのさまざまな取り組みを紹介した。
4年ぶりのリアル開催となった最終日、前半のセッションにはポーラ・オルビスHDのCVC「POLA ORBIS CAPITAL」の立ち上げをおこなった岸裕一郎氏と、三菱地所 新事業創造部でCVC「BRICKS FUND TOKYO」の企画・運営をリードする橋本雄太氏が登壇した。
セッションが始まると、最初に三菱地所の橋本氏、続いてポーラの岸氏が、自己紹介および会社紹介をおこなった。
三菱地所は、東京丸の内を中心にオフィスビルや商業施設、地方においては物流施設など多岐にわたる不動産事業を展開している。しかし、不確実性が高まる事業環境のなか、既存の不動産事業だけでは大きな成長は望めない。
橋本氏は、「デジタルシフトやオープンイノベーションを推進し、不動産業から大きく脱却をして、社会に新しい価値を提供していけるようなビジネストランスフォーメーションを実現したいと考え、CVCも含めたさまざまな活動を行っている」と背景を説明した。
橋本氏が所属する新事業創造部は、まさに全社のイノベーション推進や新規事業の創出を担っているという。橋本氏はこのなかで「オープンイノベーション戦略企画」を推進する立場だ。
主には3つのミッションに取り組んでいる。1つめは、不動産業界に限らず、さまざまな産業で起こっているイノベーションやテクノロジーの動向を捉えながら、それを社内に還元していく、「中長期的な”知の探索”およびエコシステム構築」。2つめは、様々なテクノロジーを既存事業とインテグレートして付加価値の向上を図る、「既存事業の変革」。3つめは、スタートアップなど外部企業とのオープンイノベーションによる「事業共創」。M&AやJV立ち上げも、必要に応じて手がけるという。
三菱地所がCVC「BRICKS FUND TOKYO」を立ち上げたのは2年前。「いわゆるCVCというと本業に近い領域、我々でいえば不動産や不動産テックに投資すると思われがちだが、活動の主旨は中長期的な”知の探索”そしてエコシステム構築であるので、三菱地所の事業の範囲外であっても幅広く積極的に投資していきたいと考えている」と橋本氏は説明した。
「BRICKS FUND TOKYO」は、5年間で約100 億円の出資を想定しており、成長産業創出のポテンシャルを持つ国内外のスタートアップが対象だ。「社会課題を解決していける」「産業に対するインパクトがある」というポイントに重きを置き、2年間で13社に出資した実績を持つ。
ポーラ・オルビスHDは、1929年創業の化粧品メーカーで、東証プライム市場に上場している。「POLA」と「ORBIS」を収益の柱としながら、複数のブランドをマルチ展開しているが、顧客ニーズの多様化により対応するために「ポートフォリオの拡充」に注力している。
岸氏は、「2029年で創業100周年を迎える節目をひとつのベンチマークとして、“感受性のスイッチを全開にする”というグループミッションと、“多様化する『美』の価値観に応える個性的な事業の集合体”というグループビジョンを掲げて、CVCも実現に寄与すべく活動に取り組んでいる」と狙いを説明した。
実は岸氏本人が、2018年に同社のCVC事業「POLA PRBIS CAPITAL」を立ち上げたキーマンだ。入社後は化粧品事業の仕事をしていたが、新しいことがすごく好きだったという岸氏。
2018年からCVC事業を本格的に開始し、これまでに年間平均約6社、累計約35社に出資した。特に注力するのはシードステージおよびアーリーステージへの投資だ。パーソナライズビューティーケアのD2Cブランド「FUJIMI(フジミ)」は、アーリーステージから出資を行い、運営会社のM&Aにまで至っている。
普段から交流があるという両氏。自己紹介に続いて、他己紹介で相互の魅力を掘り下げるシーンや、お互いに質問し合う姿もあった。赤裸々な本音トークに、会場の視聴者はぐっと引き込まれたようだ。
三菱地所の橋本氏は、「岸さんはCVC業界の大先輩で、BRICKS FUND TOKYOの立ち上げでもいろいろと教えていただいた。ポーラさんはシードステージへの投資やハンズオンなど、かなり早いタイミングからしっかりとご支援して、事業を立ち上げており非常に尊敬している」と話した。
先述のFUJIMIの事例にも言及し、「CVCが経営にインパクトを作るのは簡単ではないが、M&Aまでしっかりと行っている。日本のエコシステムにとっても、非常に参考になると思うし、私も後を追いたい」と称えると、ポーラの岸氏もBRICKS FUND TOKYOのよさを取り上げた。
岸氏は、「僕も橋本さんをめちゃくちゃ尊敬している。特に、BRICKS FUND TOKYOはまだ2年だが、ものすごく鋭く華麗に立ち上がった。しかも投資先が、皆さんが投資したいと思うような会社に初期からしっかりと入られている。あと、PRも上手にされている印象だ」と話して、「PRは戦略的に行っていたのか」と率直に聞いた。
橋本氏は、「PRは意識的に注力している。というのも、社内に対しても効果が大きい。例えば、社内で経営層に自分の声を届けることは結構難しいけれど、日経新聞に載ることで取り組みを知ってもらえたりする」と答えた。最近も、投資のニュースがメディア露出したことで、社内から協業したいと問合せがあったという。
話題が「出資先との協業事例」に移ると、より両者の取り組み姿勢が浮き彫りになった。
ポーラは、「グループのブランドポートフォリオ拡充」というCVCの大目的から決して外れない取り組み姿勢が印象的だ。M&Aに至ったFUJIMIはその1つだという。運営会社のトリコが月商数百万円程度のアーリー期から出資し、2年後にはM&Aを実行。
岸氏は、「事業シナジーはもちろんだが、強い起業家精神を持たれていて、出会った頃からM&Aを通して一緒にやっていきたいと思っていた。社内の仲間になってくれて、CVCに限らずいろいろな取り組みを共に動かしてくれるようになった」と振り返った。
三菱地所は、「短期的なシナジー前提ではなく、中長期の戦略リターンを求める」というスタンスを貫き、「事業共創」「事業連携や協業の支援」「ベンチャークライアント」という3つのポイントで、広い意味での戦略リターン創出を進めているという。
橋本氏は、「事業共創はもちろんぜひやっていきたいが、CVCの戦略リターンのスコープを事業共創だけに閉じてしまうと、ファンド全体としては却って成果を出しにくくなるとも思っている。スタートアップを通じたテクノロジーの動向把握といったリターンの出し方もあれば、投資先企業に我々の取引先を紹介する、我々が保有する不動産アセットを使ってもらうといった足元での連携や、三菱地所グループに投資先企業のサービスを導入し、DXを進めてコストが下がるということも1つのリターンだと捉えている」と説明した。
また、橋本氏が「スタートアップファースト」を挙げて、「まずは投資先がしっかりと伸びていくことが、CVCにとっても一番の成功の近道だ」と話すと、岸氏も「その通り」と頷いて、「ギブアンドギブの精神で接するというところは、我々もすごく大切にしている。そして結果的に、将来テイクできるという思想でやっている」と応えていた。
一方で、社内における意識のすり合わせは「壊れたテープレコーダーのように、僕は同じことを3年間言い続けていると思う」と橋本氏は漏らす。シナジーはないのかと指摘されるたび、「もともとシナジーを主眼に置いたファンドではない」と、人事異動や体制変更があっても粘り強く伝え続けてきたという。
これを受けて岸氏も、「将来的には自社にメリットをもたらす前提だということは伝えつつも、そこまでの道筋について、時間軸や期待されるインパクトなどを説明して、同じ認識を持っていただくことがすごく大切だと思う」と語った。
こうした地道な取り組みを進めるなか、結果が出なくて苦労したことはあるのだろうか。またその時、どのようにして乗り越えたのだろうか。
ポーラの岸氏は、「正直なところまだ結果を出せていないので、課題ばかりという感じではあるが」と前置きした上で、最も苦労したのは立ち上げ期だったと振り返った。
「初期は全く投資ができなかったが、最大の間違いはCVCを立ち上げればすぐに出資できると思っていた、自身のマインドセットだった。将来一緒にやっていきたい会社から選んでいただき出資するのはすごく難しい。短期的なシナジーという視点は脳内から消して、新規事業を立ち上げるのと同じように、事業戦略を練り、アクションプランを策定し、優先順位をつけて実行していこう、と意識して取り組んだ」(岸氏)
三菱地所の橋本氏も、「立ち上げからまだ2年なので、十分な結果を出せていないところではあるが」と切り出し、同じく立ち上げ期を思い返して「CVCは選ばれる立場であると痛感した」と話した。
「我々は、産業を変えていくインパクトを作れるような企業に投資をしたいが、そういったスタートアップは資金調達力が高く、CVCが入る余地がなかなかない。こちらからドアノックをして、1年、2年と追い続けて、なんとか信頼関係を築いて出資させていただいている。いまは起業家側が投資家を選ぶ時代だと思うので、CVCとしてできることや、起業家のビジョンに寄り添う中長期的な目線など、CVCとしての姿勢が求められている」(橋本氏)
このように、CVC担当者でさえも立ち上げ期にはマインドチェンジが迫られたというのだから、社内広報活動でも「意識のギャップ」はハードルになりそうだ。
これに対して橋本氏は、「社内で最もスタートアップや先端テクノロジーに精通している、という信頼を築くことが大事だと思う」と話して、勉強会の開催や、スタートアップ関連のニュースを社内ポータルで配信といった、社内での地道な活動を紹介した。
岸氏は、CVCから情報提供したくとも誰にコンタクトするべきか分からず困った経験から、「イノベーションタスクフォース」というグループ横断組織について紹介。「スタートアップとつなげた時に、やはり社内の担当者のモチベーションが高くないと話が進展しないので、若手で少しくすぶっているような、でもしっかりと前向きに進めてくれるような人を、社内ネットワーキングして個別に見つけていきたいと考えている」と話した。
最後に「これからのCVCのあり方」について意見を交わすと、岸氏は、「CVC×○○みたいに、CVCから派生して取り組みが広がっていく傾向がグローバルでも見られる。ブランドポートフォリオの拡充に向けて、CVCで培ったノウハウやネットワークをいかした新たな仕組みを作りたい」と話した。
橋本氏は、「CVCは、中長期的に企業変革を達成していくための、経営機能としてのドライバーを目指すべきだと思う。どの企業も既存事業だけでは、なかなか大きな非連続な成長ができない中で、CVCというものはmust haveの機能の1つなのではないだろうか」と投げかけた。
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