はじめまして、ケップルの高と申します。弊社はスタートアップエコシステムの発展に貢献するため、投資家・起業家の方々を支援するさまざまなプロダクト・サービスを提供しています。
提供プロダクトの一つとして、オープンイノベーションを促進するスタートアップデータベース「KEPPLE DB」を運営しており、豊富なスタートアップデータや独自コンテンツを集約し、事業会社やベンチャーキャピタルの方々に向けて、新たな企業との出会いの創出を支援しています。
KEPPLE DBでは、日々さまざまな注目領域のスタートアップ情報に関する調査レポートをカオスマップとともに公開しており、このたび、食品分野でイノベーションを起こすフードテックスタートアップについて独自調査を行いました。
本稿では、12カテゴリーの国内外のフードテックスタートアップについてカオスマップとともに注目ポイントを紹介いたします。
食料生産の効率化や環境問題の解決に貢献する分野としてフードテックが注目を集めています。
フードテックとは、Food(フード)とTechnology(技術)を組み合わせた造語で、 ITや最先端のテクノロジーを活用し、新しい食品や調理方法を生み出す新しいビジネスモデルです。例として、植物由来の成分で作られた植物由来肉、細胞培養により製造された魚肉、食品保存技術などが挙げられます。
世界の人口増加に伴う食糧不足や食の安全性向上、多様な食習慣への対応、持続可能な食の実現といった課題を解決しうる新たな成長分野として近年注目を集めています。この分野で先行するのが欧米であり、特に米国は環境問題や健康への関心の高まりから植物由来肉をはじめとした代替食品、食品保存技術などさまざまな分野でスタートアップが生まれています。
また、イスラエルは国土の半分以上が砂漠という厳しい環境の中で農業や食糧生産を行うための技術開発に力を入れており、特に代替食品のスタートアップが多くみられます。世界的にSDGsに対する消費者の関心が高まる中、環境や健康、動物愛護などの社会問題を意識して食を選ぶ人々が増加しており、植物由来肉などへの需要が高まっています。
本カオスマップでは、フードテックの中でも代替食品、陸上養殖、フードロス削減など食品生産に関連する分野を12種類のカテゴリーに分け、ケップルの独自調査で選定した国内外の135社をスタートアップを中心に掲載しています。
これらのカテゴリーは、食を取り巻くさまざまな課題や環境の中でも、とりわけ多くの注目を集め、今後大きな成長が期待される技術や食品を扱っています。
例えば食料保存技術やフードロスを防ぐ取り組みを行う企業は、世界的に懸念が強まるフードセキュリティ(食料安全保障)へ貢献しています。また、環境に負荷をかけない食や健康への関心の高まりがグローバルなトレンドとなっている中、代替食品や植物由来食品、培養食品市場は将来的に巨大な市場へと成長することが期待されています。
一方でこれら分野では食の安全に関する法規制や生産コスト、味に対する違和感などの課題も存在します。各スタートアップがどのような課題や懸念を抱えているのか、ビジネスとして成功するためにはどのような点が鍵になるのかも注目して見ていく必要があります。
フードロス削減のための食品アップサイクル技術の開発に取り組む企業を国内6社、海外6社分類しています。アップサイクルとは、廃棄予定のものを加工し、素材や形などの特徴を生かし新しい製品へとアップグレードする手法です。社会に広く浸透しているリサイクルは、製品を一度原料に戻す作業が必要なためエネルギーコストが高くなる場合があり、より環境負荷が少ないアップサイクルが注目されています。例えば、国内スタートアップのASTRA FOOD PLANは、食品の乾燥と殺菌を同時に行い、食材の風味の劣化と酸化を抑えた食品粉末の製造が可能な装置『過熱蒸煎機』を開発しています。
食品を安全かつ風味を損わずに長期保存できる技術の開発に取り組む企業を国内3社、海外9社分類しています。通常よりも長く食品を保存する技術により、食品の化学物質やフードロスの削減だけでなく、地球温暖化抑制にもつながり、安全でサステナブルな食糧供給に繋がっています。
植物由来肉(動物の肉の代わりに植物由来成分を使用した肉を模した食材)の開発に取り組む企業を国内7社、海外6社(うち上場企業1社)分類しています。健康志向の高まりや環境への配慮などの観点から、注目を集めている分野です。また、動物愛護の観点や宗教上の理由により肉を口にしない人々にとっての食を豊かにする選択肢になっていることも注目されている要因とされています。この分野を牽引するのが米国の上場企業Beyond MeatとスタートアップのImpossible Foodsであり、どちらもユニコーンとなっています。Beyond Meatの製品はエンドウ豆たんぱく質を活用、Impossible Foodsの製品は大豆たんぱく質を活用しておりどちらも世界各国で販売されており、Beyond Meatは2022年に日本へ進出しています。国内でも有望なスタートアップが多く、ネクストミーツが評価額約335.3億円(KEPPLE推定)と、今回フードテックカオスマップに掲載した国内スタートアップの中で最も評価額が高い企業です。
培養肉(牛や豚などの家畜から細胞を採取し、その細胞を培養して作る肉)の開発に取り組む企業を国内2社、海外11社(うち上場企業1社、子会社2社)分類しています。植物由来肉と同様に、環境負荷の軽減や動物を屠殺する必要がないといったメリットに加え、本物の動物の肉と味や食感が似ているという特徴があり、植物由来肉の課題であった味や食感があまり良くないというデメリットを克服する食品といえます。一方、高度な技術や高価な培養液などが必要なため、生産コストが高く現在は植物由来肉ほど普及はしていません。
このカテゴリーには、植物由来魚介類(魚肉の代わりに植物由来成分を使用した魚を模した食材)の開発に取り組む企業を海外8社(うち子会社1社)分類しています。漁業も畜産と同様、環境への影響が問題視されており、漁具の漂流や漁船の排水による海洋汚染、魚介類の世界的な需要拡大による乱獲が問題となっています。また、魚に含まれるマイクロプラスチックや水銀などが健康に与える影響も懸念されています。そのため水産資源を守り、安全な魚を供給するための一つの方法として植物由来魚介類が注目されています。デメリットとしては、魚介類は、植物由来肉と比較して味や形状の再現が難しいとされているため開発のハードルが高い、生産コストが高いといった点が挙げられます。
培養魚(魚から細胞を採取し、その細胞を培養して作る魚肉)の開発に取り組む企業を海外8社分類しています。植物由来魚介類と同様の理由で注目されており、水産資源の保護につながる技術とされています。一方、量産が難しい、生産コストが高いといった課題もあります。この分野に特化した国内企業はほとんど見られませんが海外は研究開発が進んでいます。米国のBlueNaluはクロマグロをはじめとした養殖が難しい種類の魚の培養に取り組む企業です。同社は大手グローバル企業と提携し、製品開発や販売を行うことを事業戦略としており、2022年に回転寿司チェーン『スシロー』を展開するFOOD & LIFE COMPANIESが、BlueNaluとの事業提携を発表しています。両社はクロマグロやその他寿司用食材の新たな供給源の開発や、BlueNalu製品の日本市場での商業化に向けて協業するということです。
陸上養殖に取り組む企業を国内8社、海外6社(うち上場企業1社)分類しています。陸上養殖とは、海から離れた場所で魚を養殖する手法です。従来の海上養殖と異なり、陸上養殖は過剰な餌や魚の排泄物により海を汚さない、消費地近郊で養殖することで輸送時のCO2排出削減につながるなどの特徴があり、サステナブルな養殖方法とされています。IT技術など既存の技術を活かし参入でき、また地域産業を盛り上げる手段となりうるため国内で注目が集まっています。加えて、陸上養殖は、海上養殖と異なり区画漁業権(一定の区域内で養殖を行う権利)が不要で新規参入が比較的容易とされており、電力会社、鉄道会社、商社といった異業種もSDGsを意識した新規事業の創出を目的として参入してきています。
植物・昆虫ベース肉以外の代替タンパク質の開発に取り組む企業を国内2社、海外9社分類しています。2022年設立の静岡大学発スタートアップS-Bridgesは、茶葉からこれまで利用できなかった繊維やタンパク質などの成分を抽出する技術を開発しており、抽出したタンパク質は工業製品や食料品の原料として使用することが想定されています。また、海外では米国のNature's Fyndがユニコーンとなっています。同社は微生物から製造したタンパク質『Fy Protein』を開発し、それを活用したヨーグルトやパティを製造・販売しています。このタンパク質の製造は畜産と比較し、CO2排出量や水の使用量が少ないといったメリットがあり、サステナブルであると言われています。
代替卵(植物性原料を使用し卵の風味や食感を再現した食品)の開発に取り組む企業を国内1社(うち子会社1社)、海外6社分類しています。代替卵は鶏卵と比較し、生産の過程でCO2排出量や水の使用量が少なく、環境負荷が少ないという特徴があります。また、ヴィーガンや卵アレルギーの人々でも代替卵は食べられるため多様な食生活に対応できるのメリットです。国内では食品メーカーのキユーピーが植物由来のスクランブルエッグ風商品を販売しているものの、この分野に特化した企業は少ないのが現状です。
代替砂糖(砂糖の代わりとなる新たな甘味料)の開発に取り組む企業を国内1社、海外11社分類しています。糖類の過剰摂取による肥満や糖尿病が世界的な問題となっていることや、砂糖の原料となるサトウキビ栽培による森林破壊への懸念から当分野に期待が集まっています。この分野に特化した国内企業は少ないのですが、オリゼは米麹発酵由来糖分『ORYZAE(オリゼ)』を使用した食品の開発・販売に取り組んでいます。日本企業が出資を行っている海外企業もいくつかあり、例えばステビアという植物を活用した甘味料を開発する米国のSweegenへは、2019年に住友化学が出資を発表しました。また、米国のOobliは植物由来の甘味タンパク質を開発しており、同社へは2022年にキリンホールディングスのCVCファンドKIRIN HEALTH INNOVATION FUNDが出資を発表するなどヘルスケア領域を重点分野とする日本企業からも注目されている海外企業が見られます。
昆虫食の開発に取り組む企業を国内10社、海外9社分類しています。昆虫は環境負荷が少ない食材とされており、肉に代わる新たなタンパク源として注目されています。この分野のスタートアップが多く設立されている背景の一つとして、2013年に国連食糧農業機関(FAO)が発表した報告書の中で食糧危機への対策として昆虫食が推奨されており、環境問題への関心が高い投資家の注目を集めていることが挙げられます。国内では、徳島大学発スタートアップのグリラスがコオロギの自動飼育システムやゲノム編集による品種改良に取り組み、コオロギパウダーを配合したプロテインバーの販売などを行っています。
3Dプリンターによる食品加工技術の開発に取り組む企業を国内1社、海外4社(うち上場企業1社)分類しています。3Dフードプリントとは、食品を3Dプリンターのインクとして用い、食べられる立体的な構造物を作り出す技術です。1台でさまざまな形状や成分の食品を製造できるため、食品製造コストの削減や、個人の好みや健康状態に合わせてカスタマイズされた食品を製造できるというメリットがあります。例えば、高齢者向けの軟らかい食品や、特定の栄養素を補給するための食品などの製造が可能です。また、人間の手では造形が難しい高いデザイン性を持つ食品の製造もできるようになります。用途としては、介護食や培養肉、和洋菓子などへの活用が想定されています。一方で、食材をペースト状に加工する必要があるため材料の準備に手間がかかる、装置の価格が高価といった課題も多く、発展途上の技術であるためこの分野に特化した企業は少ないのが現状です。
環境や動物に配慮した持続可能な農業や食への需要が世界的に高まっていることや、多様な食習慣を求める人が増えてきていることから、長い目で見ると今後もさまざまなフードテックを提供するスタートアップが誕生し、成長していくことが予想されます。
培養肉や培養魚介類を扱うフードテックは、市場規模こそまだ小さいですが成長著しい分野です。長期的にみて、培養食領域は、スタートアップの数や投資金額、オープンイノベーション等によってエコシステムに関わる会社などの数は増えていくと考えられます。
その一方で、代替食に対して逆風も吹いています。近年の物価高や景気悪化によって、高い価格を払ってでも健康や環境のために代替食を敢えて選ぶ意欲は減ってきてるのです。加えて、特に日本では培養食に関する制度に関して議論が始まったところであり、欧米やイスラエルなどフードテックが進んでいる国と比べるとまだ制度が整っていません。
今後、フードテックが日本で成長し、人々にとってより身近な選択肢になるためには、既存の食品と比較してのコスト競争力と国の制度による安全の保証が鍵になると考えられます。今後の動向にもぜひご注目ください。
以下に今回取り上げた企業の一覧は以下です。
新卒で全日本空輸株式会社に入社し、主にマーケティング&セールスや国際線の収入策定に従事。INSEADにてMBA取得後、シンガポールのコンサルティング会社にて、航空業界を対象に戦略策定やデューディリジェンスを行ったのち、2023年ケップルに参画。主に海外スタートアップと日本企業の提携促進や新規事業立ち上げに携わる。
CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)
ものづくりの革新と社会課題の解決
ニコンが描く「人と機械が共創する社会」
ZDNET×マイクロソフトが贈る特別企画
今、必要な戦略的セキュリティとガバナンス
地味ながら負荷の高い議事録作成作業に衝撃
使って納得「自動議事録作成マシン」の実力