2023年の家電業界を振り返ったとき、指定価格制度の広がりは見逃せない潮流のひとつだったといえよう。
指定価格制度とは、ひとことでいえば、販売店はメーカーが指定した価格で販売し、どの店舗で購入しても、同一価格で商品を購入できるという仕組みだ。
一般的には、量販店や地域店、ECサイトなどが、市場環境や競合状況、販売店の戦略などにあわせて、店舗主導で値引きを行ったり、在庫処分時の値引き販売を行ったりしていたが、指定価格制度では、メーカーが指定した価格で販売。メーカーが市場環境の変化などを理由に値下げを決めると、それにあわせて値下げ販売ができる。
独占禁止法では、メーカーが販売価格を決定することを禁止しているが、指定価格制度では、メーカーは販売店の在庫リスクについて責任を持ち、売れ残った商品の返品も可能にする仕組みとしているため、独占禁止法には抵触しないという。
この仕組みを最初に導入したのがパナソニックであり、社内では「新販売スキーム」と呼んでいる。2020年度から、「ナノケアドライヤー」やドラム式洗濯乾燥機で試験的に導入後、2022年度以降は対象商品を拡大し、現時点で、国内白物家電の約3割が指定価格制度による販売となっている。2024年度には、白物家電全体の5割を指定価格制度へと引き上げる考えだ。
パナソニック くらしアプライアンス社社長の松下理一氏は、「この数年間は、試行錯誤を繰り返してきたが、商品の価値を理解してもらい、購入してもらうという考え方が広がってきたことを実感している」とする。
これに追随したのが日立グローバルライフソリューションズ(日立GLS)だ。2023年11月から出荷を開始したドラム式洗濯乾燥機の新製品で、初めて指定価格制度を導入。12月から出荷を開始したコードレススティッククリーナーの新製品でも指定価格制度を導入した。2024年には、製品ラインアップの約10%を指定価格制度の対象にする計画だ。
日立GLS 社長の大隅英貴氏は、「指定価格制度がうまくいっているかどうかを話すには時期尚早である」と前置きしながらも、「ドラム式洗濯乾燥機の予約販売台数は、旧モデルに比べて大幅に増加した。また、販売を開始してからも、好調な売れ行きを維持している。価値がしっかりと詰まっている商品であれば、指定価格でも購入してもらえるという手応えを感じている」と語る。
それ以外のメーカーも、指定価格制度には高い関心を寄せている。たとえば、シャープでは、「現在、状況を監視しているところである」(シャープ 副社長の沖津雅浩氏)としながらも、「価格が下落しないことは、結果としてお客様にとってもいいことにつながる。様子をみながら、必要であれば、やっていく可能性が十分にある」と、前向きな姿勢をみせている。
一方で、指定価格制度に対して慎重なメーカーもある。
なかでも、エアコンメーカー各社は、パナソニックを除くと、指定価格制度に対しては慎重だ。
日立のルームエコアン「白くまくん」の開発、生産を行う日立ジョンソンコントロールズ空調(JCH)では、「指定価格制度は、当面導入する予定はない」(JCH ヴァイスプレジデント兼日本・アジア地域ゼネラルマネジャーの泉田金太郎氏)とする。
JCHは、指定価格制度を取り入れた日立GLSとは組織が異なり、ジョンソンコントロールズが60%、日立GLSが40%を出資している空調事業を行う会社であり、家電はルームエアコンだけを取り扱っている。
JCHでは、指定価格制度を導入しない理由については具体的にはしていないが、エアコンの市場特性や製品特性が、その判断の背景にはありそうだ。
エアコンの需要のピークは夏場であり、この期間での販売数量が年間の6割以上を占める。また、事前の計画をもとに購入するというよりも、暑すぎてほかの部屋にもエアコンを増やさなくてはならない、急に壊れてしまって暑さをしのげないと困るといった「緊急事態」ともいえる状況での購入になりやすい。その結果、短期間に据え付けまでが完了できる製品が優先して売れるといケースが少なくない。実際、暑い時期にエアコンが壊れ、A社は3日で取り付けまで完了するが、B社は2週間後になると言われれば、A社のエアコンを選択してしまう人が多いのではないだろうか。さらに、エアコンの場合には、設置する部屋にあわせて最適なモデルが用意されており、それらの在庫も幅広く揃えておく必要がある。
こうした市場特性や製品特性を考えると、需要のピーク時には、販売店自らが多くの在庫を独自に確保し、すぐに据付工事の期間を明確に提示することが、販売数量を左右することになる。販売店側が自らの意思で一定数量を仕入れ、価格をコントロールし、直接、納期回答ができる仕組みを維持したほうが、需要に対応するには適しているというわけだ。また、値引き幅が大きくなっても、家電はエアコンのなかで利益が取りやすい製品だとも言われており、そうした要素もエアコンメーカーが指定価格制度の導入に慎重になっている理由だといえそうだ。
では、主要家電メーカー各社が、エアコンを除いて、指定価格制度の導入に注目しはじめた理由はなにか。
最大の理由は、このままでは健全な事業ができなくなるという危機感が業界全体にあることだ。
主要家電製品の世帯普及率は90%を超えており、今後は少子高齢化に伴い、家電製品の需要が大きく成長することは考えにくい。むしろ縮小することが想定されている。また、日本は、多くの家電メーカーが参入している市場でもあり、もともと競争環境が激しいこと、全国規模で展開する大手量販店や、全国に張り巡らされたメーカー系列の地域販売店、コロナ禍をきっかけにさらに存在感を高めているECサイトなど、販売ルートの多様化とともに、オーバーストアともいえる状態に陥っていることも見逃せない。仮に、これらの状況が進展していけば、価格を切り口にした競争がさらに激化し、業界全体が疲弊することは容易に想像できる。
指定価格制度に先行した取り組んだパナソニック CEOの品田正弘氏は、「需要が縮退するときに、過当な競争が起きないように備えをしなくてはならないと考え、その問題意識をもとにスタートしたのが新販売スキームによる流通改革である。パナソニックは、国内家電市場のトップメーカーとして、業界全体の発展を考えて、この仕組みに挑んだ」と語る。
では、メーカーでは、指定価格制度を切り口にして、どんな業界構造を想定しているのだろうか。
現在の家電市場は、新製品が登場すると、わすが数カ月で、10%引き、15%引きという価格で販売されることが多い。そのため、メーカー側の価格設定もそれを想定したものになっていたところがあった。つまり、商品価値を正しく反映した価格設定が行われていなかったともいえる。
たとえば、日立GLSが、2023年11月に発売した指定価格対象製品は、13kgモデル「BD-STX130J」の税込価格が37万円前後、12kgモデルの「BD-SX120J」は33万円前後になると発表したが、2022年9月に発売した12kgモデルのドラム式洗濯乾燥機「BD-STX120H」は、オープン価格ではあったものの、発売時の市場想定価格は44万円前後としていた。ここからも、2022年までの商品は、値引きを想定した設定が行われていたことが推測される。
パナソニックくらしアプライアンス社の松下社長は、「新製品を発売しても、その後の価格コントロールが効かないため、必要以上の値下がりが起きてしまう。その結果、本来の商品価値に見合う以上の価格設定を行い、そこから値段を落としていくケースがあった。これでは、価格の信頼性がなくなり、商品の値下がり幅も大きくなるだけである。お客様に対して、価格信頼性をしっかりと構築することができなかった」と反省する。
商品価値を正しく反映した価格設定とし、それが長期間に渡って値崩れしない状況が生まれれば、価格に対する信頼感が生まれ、安くなるまで待つという購入方法はなくなり、販売のピークを商品ライフサイクルの前半に持っていくことができる。これは、経営の安定化にもつなげる。
また、これまでは、値崩れした商品の価格を戻すために、マイナーチェンジ版として、毎年のように新製品を投入するというサイクルが生まれていたが、この課題も解決できる。
「業界全体で、下落した価格を戻すために、お客様が望んでいないような機能を付加して、モデルナンバーを変えて、毎年のように新製品を出していた。100個も、200個も機能をつけても、そのなかで使われてるのは、せいぜい10個ぐらいというのが現実である。他社よりもたくさんの機能を搭載すれば、高く売れるはずという考え方では、お客様からは喜ばれない」(パナソニックくらしアプライアンス社の松下社長)
不要な機能ばかりが増え、それが商品価格の上昇につながり、使い勝手を悪くするという結果にもつながっていた。
だが、価格指定制度によって、これまでのように下落した価格を戻すためにマイナーチェンジの新製品を投入しなくて済むようになれば、新製品の投入サイクルを、2年に伸ばすことができるようになる。
日立GLS 常務取締役COOの伊藤芳子氏は、「良い商品を出すために、お客様の声に耳を傾け、腰を据えて開発できる期間を持つことができる」と語る。シャープの沖津副社長は、「指定価格制度によって、新製品の投入サイクルを伸ばすことができるという取り組みには賛同している。2年間、同じ商品を販売するという点では、さまざまなメリットが期待できるだろう」とする。
パナソニックくらしアプライアンス社の松下社長は、「本来、お客様の価値を考えて新製品を作るところに、エンジニアリングのリソースを割かなくてはならないのに、毎年の新製品開発に追われ、それができなくなっていた。これは、お客様にとっても幸せなことではない。2年間の投入サイクルとすることで、お客様を調査し、新たな価値を生み出し、商品力を強化し、正しい価値を、値ごろ感のある商品として投入する形に変えられる」とし、「指定価格制度の商品の一部では、そのサイクルがすでに始まっている」と語る。
また、どの販売店でも同じ価格で購入できるのであれば、購入者は、複数の販売店を価格で比較するといった手間がなくなり、家の近くの店舗で購入したり、サービスがいい販売店を選んだりといったことが可能になる。
「保守や修理、廃棄までのライフサイクル全体を捉えたサービスを提供できる販売店を選んでもらえるようになる」(日立GLSの伊藤芳子常務取締役 COO)と語る。これも、結果としては、販売店を付加価値が高いビジネスへとシフトさせ、価格競争に寄らない提案と生き残りが可能になる。
指定価格制度は、業界構造を根本から変えることで、健全な業界発展を目指すというのが真の狙いである。購入者にとっては、値引き交渉ができなくなる、掘り出し物が購入できなくなるといったマイナス面を感じる部分もあるだろうが、繰り返されるマイナーチェンジにより、不要な機能を買わされることがなくなったり、自分に最適なサービスが受けられる販売店で、同一価格で商品を購入できるようになったりするメリットもある。大きな視点で捉えれば、購入者が置いて行かれたり、メーカーのエゴで進められたりしている仕組みではないといえるだろう。
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