では、2024年はどんな1年となりそうでしょうか。2023年の振り返りとともに、独断で予測をしてみたいと思います。
代替油脂は、プラントベースミートの味覚を本物(動物性)の肉に近づけるための重要なツールとして期待されてきていますが、まだ実装までに至ったケースは少ない模様です。そうした中、2023年には世界的にも代替油脂関連で最も先を行くとみられているいくつかのスタートアップが、試食が出来るレベルにまで完成度を高めていることも明らかになっています。従って、2024年はいよいよこれらの会社が既存のプラントベースミートの食品メーカーの商品に組み込まれていく流れが来るかもしれません。
上図のように、代替油脂には、微生物脂質(Microbial Lipids)、精密発酵(Precision Fermentation)、そして細胞培養(Cell Culture)が代表的な手法ですが、その他、植物種子からの天然脂肪オレオソームの抽出や、昆虫由来のオイル、など、その手法は多様。2024年は各々のメリットと課題(許認可までの道筋、消費者の嗜好性や受け入れ、等)に向かいながら、どれが頭一つ抜け出すか、興味深いです。
代替肉、とりわけ市場で出回るプラントベースのお肉、率直に言って「美味しくない」と言われます。例えば大豆肉は本物の動物性のお肉と比べて、まだ完全に対峙出来るレベルにまでその食品としてのレベルは届いていません。米国のImpossible FoodsやBeyond Meatも、まだ改善の余地は十分ありますし、むしろIPO済みのBeyond Meatはそうした期待に応えない限り、2024年はさらに経営環境が厳しくなりそうです。
その他、2023年は飲料業界でも新しい「味の開発」に積極的な姿勢を見せ始めています。RTD(“Ready-To-Drink”の略)と言われるアルコール飲料業界も、消費者の多様な嗜好を意識して各社が独自の「味」の開発に取り込んでいます。
2023年12月には世界最大級の農産物加工・食品原料メーカーであるADMが、フレーバーメーカーのRevela Foodsと英国の機能性食材開発のFDLをそれぞれ買収しています。
このような「味を開発」する上で新しく期待されるのが、「味覚検知(Flavor Sensory)」と言われる技術です。SaaS的なものもあれば、AIを駆使したものまで、まだ全容が掴めない技術を含めて、世界で少しづつこの領域に挑むスタートアップは出始めています。「味(フレーバー)」を取り扱う領域は従来から世界的な大手「フレーバーハウス」(例: Ingredion、IFF、Givaudan等)がほぼ寡占状態を維持する領域と言われます。
一方、国内外の食品メーカーや外食企業等ではこの「味覚」をより効率的に、かつ深堀り出来る便利なツールを探求する動きが出始めています。こうしたニーズに呼応すべく、ここを「Disrupt」する動きが既に出てきており、2024年から、少しづつ動きが加速し始める予感がします。但し、味のデータの収集が肝でもあるため、こうした新興勢力がプラットフォームをいかに構築できるかが、最初のカギとなりそうです。
コロナ禍をきっかけに2020年から2022年にかけて盛り上がったクラウドキッチン(ゴーストキッチン)が、ポスト・コロナ社会が以前の状態に少しづつ戻りつつある中、一時の勢いは2023年には完全に消え失せた感があります。
ただ、このクラウドキッチンの分野で蓄積されたノウハウが、労働集約型のビジネスモデルで苦労する従来の外食産業で厨房のオペレーションの効率化の実現に応用され始めています。
2018年当初の「スマートキッチン」は、主に単独の食材に対してしか適用できないもの(Ex. ピザの独特な製造工程のみに適用できる自動ピザ製造調理ロボット、等)や、フライドポテトを焼くような、「比較的単純な工程を司る」自動調理機能の開発に留まっていたケースが多かったものの、2024年に向けて今、より多種多様な料理がシェフのようにこなせるレベルの自律型ロボット・キッチンの開発が、水面下で動き始めています。 外食産業の長年の悩みであった「労働集約産業」のコスト構造から脱皮すべく、高度なスマートキッチン(AI、マシーンラーニング、ロボティックス技術)の社会実装に向けた、大手外食チェーンと新興ハードテック系スタートアップの取り組みが少しづつ増えそうな予感がします。
コロナ禍以降、自己免疫力の強化をはじめとする未病対策をはじめ、個々人が自分の身体の状態に合わせた最適な心身の状態を心がけようとする傾向は、上昇しています。具体的には、肥満や血糖値等のコントロールが代表例です。 いわゆる「ウェルネステック」と言われる領域になりますが、食との密接な関係があり、「フードテック」の括りで捉えれると考えます。日本でも株式会社askenがありますが、米国ではより多くの、しかも多種多様な「食生活の管理」と紐づくパーソナライズ化された健康管理アプリが普及し始めてから4年近く経ちます。
以下のグラフは、ミレニアル世代からZ世代による「Intermittent Fasting(断続的断食)」をグーグル検索した件数の推移を表していますが、コロナ禍真っ只中と比べれば少し鈍化したものの、ここ5年間のスパンで上昇傾向にあることがわかります。
いわゆる食のバリューチェーンには見えにくい領域であり、どちらかといえば「ウエルネス×テック」「ヘルステック」として捉えられがちですが、こうした「健康オタク」こそ、プラントベースミートを積極的に食生活に取り込んでいく層と考えられますから、彼らをターゲットとしたこのような「パーソナライズ・フード×ヘルスアプリ」の普及の動向も注目されるべき領域です。
この領域ではユニコーン企業である、2008年にニューヨークで創業されたNoonが心理学的なアプローチを採用するデジタルヘルスツールとしての、パーソナライズ化された栄養、運動管理系アプリとして一番知られています。さらにここ5年間に他の食×健康×ウェルビーイング支援アプリが生まれてきており(DoFasting(リトアニア)、ReverseHealth(米国デラウェア州)、Fastic(ドイツ)、等)、さらに米国ではこうしたパーソナライズ化された食生活×運動×メンタルウェルビーイングを支援するアプリは、優秀な人材を確保していく上での大切な企業組織のHRツールとしてもここ数年は着目されています。2024年の市場浸透、受け入れ度合等は注目してみたい分野です。
2023年は海外生まれのプラントベース領域のスタートアップが日本の事業会社から出資を受けた事例をはじめ、日本国内での商品の上市に向けた動きがみられ始めた一年であったように感じます。
いずれも、培養肉のような、国内許認可の見通しが未だに見えなかったり、日本の消費者が受け売れやすいとは中々思えない領域ではなく、以下の事例でも触れるような「麹菌」のように、日本での古くから「食」実績がある、あるいはそう考えられるプラントベースの素材をベースとし、そこに独自の画期的な開発力を武器に、より地球や動物に配慮をした製造法(サステイナブル)を実現すると唄うスタートアップが中心であり、日本の食品メーカーも虎視眈々とこうした海外発、日本進出を目指すスタートアップとの協業に向けた動きがいよいよ具現化し始まる気配を感じます。国内における販売の許認可のハードルが低いと思われるのも追い風として捉えられます。
2024年は、こうした中から1~2社、わたしたち日本の消費者の手元に商品が届き始めるかもしれません。
2024年も国内外でフードテックから目が離せない楽しみな一年となりそうです。
【本稿は、Wildcard Incubator LLC. (東京都中央区 代表マネージングパートナー 熊谷伸栄)との企画、制作でお届けしています】
【Wildcard Incubator LLC.について】シリコンバレーを軸に東京、ASEANの主要メンバーより、日本の事業会社と欧米有力スタートアップとの戦略的事業共創に係る、業務提携までの一気通貫でのハンズオン業務支援を手掛ける。また独自に選定する欧米有力スタートアップの日本市場化支援も数多く手掛ける(https://www.wildcardincubator.com/)。
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