年間寄付1兆円到達目前、改めて考えるふるさと納税の意義--行政参画、未来への投資も

川村憲一 (トラストバンク 代表取締役)2023年12月26日 09時00分

 12月26日、ふるさと納税のポータルサイト「ふるさとチョイス」は、「ふるさと納税をやめよう」からはじまるメッセージを公開した。


ふるさと納税をやめよう。
なんて言いたくないから、ふるさとチョイスは改めて、
ふるさとを応援する意義を伝えたい。
ふるさと納税を考えよう。

 ふるさと納税は、地元の行政サービスを受けて育った人たちが、就学や就職を機に生まれ育った地域を離れて都市部に転移し、その居住自治体に納税することによる都市部と地方の税収の格差を是正する目的で始まった、地方創生のための制度だ。

 納税者である私たちは、本来国や居住地の自治体に納める税金を、私たち自身の意思で、応援したい地域(自治体)や支援したい誰かのために使うことができる。

 それがいま、「お得」や「節税」という言葉が独り歩きして、インターネットショッピング感覚で返礼品をもらいながら税控除が受けられる仕組みとして広まっている。ふるさと納税が地域の活性化を目的とした制度であり、税金の使い道を選ぶことで民意を政策に反映できる、世界的にも極めて民主的な日本発の制度であることを知ってもらい、もっと「ふるさと納税を考える」きっかけをつくりたいとの想いで発表したものだ。

ふるさと納税が広まった背景

 2008年に開始したふるさと納税は、制度施行からちょうど15年が経った。ふるさと納税の全体の寄付受入額は年々増加し、2023年度分は1兆円を越えると言われている。

 トラストバンクは、2012年に日本で初めてのふるさと納税ポータルサイト「ふるさとチョイス」を立ち上げた。当時は、全国でも一部の自治体しかふるさと納税で寄付を集めておらず、まちのウェブサイトに寄付募集のための情報を掲載していた程度だった。それらの自治体の情報をひとつのサイトにまとめ、クレジットカード決済で寄付を可能にしたことで、簡単にふるさと納税ができるようになった。

 その後、ふるさと納税は2015年度に制度改正が行われた。控除される限度額が約2倍に拡充したことを機に、ふるさと納税への関心が向上。自治体の積極的な取り組みなどを背景に、その年以降、急速に利用者が増加した。

 現在では、対象者の約2割が自身のふるさとやゆかりがある地域などに寄付し、年間約1兆円が全国各地に届いている。

ふるさとチョイスが「ふるさと納税を考えよう」と訴えたわけ

 一方で、ふるさと納税が急拡大する中、制度の賛否を問う声が絶えないことも事実だ。

 利用者が増え始めた2015年から毎年のように、総務大臣から自治体に向けて、ふるさと納税の制度の是正通知が出されている。2023年の10月にも、ふるさと納税の告示改正が行われた。

 現在、1兆円近いお金が地域に還流しており、都市部と地方の税収格差の是正という制度の目的は、一定の成果を収めているといえよう。しかし、寄付募集に関わる経費の増加や、税収が減っている一部自治体への国からの補填なども含まれ、1兆円がすべて寄付先の地域のために生かされているわけではない。また、都市部と地方の対立の構図が生まれたり、人気の地場産品がある地域とそうでない地域での寄付額の格差があったりと、新たな課題も生まれている。

 ふるさと納税の急速な拡大に伴って、過度な寄付金競争も起こっている。本来であれば寄付に対してお礼として贈る返礼品が、返礼品を目的にふるさと納税を利用するのが当たり前になったため、制度の本質的な意義や価値が見失われている。ふるさとチョイスも制度を普及させる過程で、寄付者への利便性を追求するあまり、制度本来の意義や価値を伝えきれていなかったと感じている。

 それではなぜ、過度な寄付金競争が続いているのか。それは、この制度に関わる多くの人の意識において、寄付金の多さを重視する風潮があるからだ。「ふるさと納税で有名な自治体は?」と聞けば、集めた寄付金額上位の自治体をイメージするだろう。それ自体が悪いということではまったくないが、継続的に寄付してくれるファンを最も創り上げた自治体や、地域の子供たちのために最も寄付金を使った自治体、地域ブランドの構築に成功した自治体など、さまざまな評価軸があってしかるべきではないか。

 ふるさとチョイスは、ふるさと納税のポータルサイトという特性上、自治体職員と日々接しており、「地域のために」という熱意をひしひしと感じる。そういった自治体職員の熱意が、社会全体で適切に評価される風潮になる必要があると考えている。

「寄付文化がない」と言われる日本でふるさと納税が育んだもの

 ふるさと納税は、税制の寄付金控除を活用した制度である。寄付者の視点では、本来、国や自治体が税金として集め、お金の一部について、納税者である私たちに一定の自由度を与え、税金の納める先や税金の使い道を選べる、という選択肢を提供している。

 これは、私たちが選挙権以外に行政に参画できる仕組みでもある。納税者である私たちは、ふるさと納税を通じて、意思をもって全国の行政に関わることや、地域の一次産業の事業者・生産者などとの関係を持つことができる。都市部と地域間の税収の格差を是正する以上の社会的価値があるといえるのではないだろうか。

 従来から、寄付の文化が根付いている欧米と比較して、日本に寄付文化はないと言われてきた。しかし、調査研究組織の「トラストバンク地域創生ラボ」がふるさと納税経験者を対象に実施したアンケート調査の結果によると、ふるさと納税で返礼品を選ぶ際に重視しているのは「お得」が最多の約8割だったものの、約7割が「地域貢献性」も重視していると回答した。寄付時に返礼品を提供する事業者・生産者への応援を意識している人は全体の約75%、寄付金がどのように使われたかを知りたいとこたえた人も約68%といった結果からも、ふるさと納税で一定の寄付文化が醸成されていることがわかる。

 ふるさと納税には、返礼品を受け取らない寄付の形もある。例えばふるさとチョイスでは、2012年から全国の自治体の返礼品を掲載し、ふるさと納税による寄付の受付を開始する一方で、2013年にクラウドファンディング型のふるさと納税「ガバメントクラウドファンディング(GCF)」を、2014年に被災地に寄付ができる災害支援の仕組みを構築した。

キャプション

 GCFは、自治体が立ち上げたプロジェクトに対して直接寄付ができるクラウドファンディングで、ふるさと納税の寄付が地域の具体的な課題やチャレンジに活用される。経済的に貧しいご家庭への支援や犬猫の殺処分をゼロにするプロジェクトなど、さまざまな取り組みがある。例えば、沖縄県那覇市が立ち上げた首里城再建プロジェクトでは、2019年に7棟が全焼した首里城を修復再建するため、総額9億円を超える寄付が集まった。

 また、災害支援では、毎年ふるさと納税を通じて、被災地支援のために多くの寄付が寄せられている。ふるさと納税の災害支援には、支援金を募るだけでなく、自治体同士が助け合う「代理寄付」という仕組みがある。代理寄付では、被災した自治体の代わりに他の自治体が、ふるさと納税の寄付を受け付けられる。これにより、被災自治体の職員は地元被災者のための業務に専念でき、同時に寄付も受け付けられるというものだ。

 実はこの仕組みは、ある自治体の首長から、「被災地の代わりに寄付を受け付けられないか?」という要望を受けて立ち上げた。被災経験から災害による自治体業務がいかに大変かを知っており、何か手伝えることはないかという想いからご提案いただいたという背景がある。

 このように、ふるさとチョイスには、自治体や地域の事業者・生産者の方から、直接多くの声が届く。最近ではコロナ禍や物価高騰等により打撃を受けた第一次産業を応援するプロジェクトを立ち上げた。これも、ふるさと納税を通じて地元の事業者や生産者を支援したいという自治体職員などの声から始まったものだ。

 2023年では、中国の水産物の禁輸に伴い国内の水産事業者が在庫を抱え、経済的な影響を受けた。日本の水産業を応援するプロジェクトを展開したところ、多くの寄付をいただいた。ふるさと納税で国内の第一次産業を応援する取り組みは安全保障の観点からも意味があり、副次的な効果も生んでいる。

ふるさとチョイスの利用者の3人にひとりが、子どもや子育て世代のために寄付

 また、ふるさとチョイスを利用する寄付者の3割が、子ども・青年のための使い道を選択している。

 寄付の使い道で何が正しいという正解はない。ただ、いまの日本には行政への参画として選挙権があるが、選挙で当選した代表者が政策を決めると人口の多い層に対する取り組みに偏る傾向がある。少子高齢化の問題を抱える日本にとって、今後の日本の未来を担う子どもや若者への政策に寄付を使ってほしいという声が他の使い道と比べて多いという点も、ふるさと納税のあまり知られていない価値の一つといえよう。

単なる消費ではなく「次世代への投資」の推進を

 ふるさと納税においては、制度発足時から寄付者へのインセンティブは十分にあり、さらにポータルサイトを通じたポイント付与など、寄付者還元の側面が強い。しかし、本来は地域の活性化を促すための制度であり、寄付をベースにした税制の仕組みである。寄付者、自治体、ポータルサイト運営事業者、地域商社などがこれまで以上に、社会や地域の課題、そこで苦しむ人、挑戦しようとする人たちのためにふるさと納税制度を生かすことができれば、より意義のある制度になるはずだ。

 ふるさと納税が対価を払ってモノ・コトを購入する「消費」的なショッピング感覚になっているとすれば、そこにはふるさと納税の本質はないといえる。

 ある寄付者は、自治体が中学生にタブレットを配布するためのクラウドファンディングプロジェクトを支援し、「まるで次世代に投資しているような気持ちになれた」と感想を話していた。寄付者自身が思い描く「こうあってほしい日本や地域の姿」に思いを巡らせ、イメージが重なる寄付金の使い道に想いを乗せて寄付をする――この「次世代への投資」としてのふるさと納税こそ、私たちが新たなふるさと納税の価値として社会に浸透させたい意義だ。

 昨今、異常気象や不安定な世界情勢といった不確実要素が世界中を覆っている。特に2023年は酷暑が続き、未来の日本や世界がどうなるのか、誰しも不安を抱いたのではないか。できるだけポジティブな未来を描くために私たちが今できることの一つとして、この制度を活用し、「次世代になっても愛する日本・地域が持続している」という安心感を受け取ることが、寄付に対するリターンと考えている。

 制度の目的である都市部と地方の税収の格差是正という点では、1兆円に近いお金が動き、一定の成果を挙げている。しかし、寄付者のみならず自治体、事業者、ポータルサイト、社会全体でふと立ち止まって、ふるさと納税を改めて考えてほしい。今回のメッセージ発信が、寄付者を含めたこの制度に関わるすべての人たちがさらに日本の社会課題に意識を向ける機会になれば幸いだ。

ふるさとチョイス

川村 憲一(かわむら けんいち)
トラストバンク 代表取締役

食品専門商社を経て、東証一部上場企業のコンサルティング会社にて、地方活性化に向けた中小企業の新規ビジネス(小売店や飲食店)の立ち上げからブランドマネジメント、人財開発(採用・教育)に従事。その後、大手EC企業のマネジメント職を経て、自らコンサルティング会社を設立。
2016年3月よりトラストバンクに参画。2019年4月執行役員、同年10月取締役。2020年1月より現職。

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