オフィス家具のプロダクト事業と、ビジネスをはじめとした空間コンサルティングの両輪を柱とするイトーキ。「クリエイターを大事にする会社」を標榜しており、企画から実施、アウトプットまでのすべてを若手デザイナーに主導させる実践プロジェクトを立ち上げた。
企画のアウトプットの形まで委ねられた若手クリエイターたちが選んだ施策は、徳島へのワーケーション。最終的な名称は「SAUNOA」(サウノア)に決まったという。なぜワーケーションに至ったのか、その成果は。プロジェクトの旗振り役であるイトーキ 執行役員/統括部長 営業本部ワークスタイルデザイン統括部の岡田直之氏と、常務執行役員/本部長 スマートオフィス商品開発本部の長尾和芳氏、実際に徳島へ赴いたプロジェクトメンバーの6人に、概要や経緯を聞いた。
オフィス家具でよく知られるイトーキは、現在各企業や自治体、個人が目指したい働き方に応じて、よりよい空間をソリューションとして提供するビジネスに注力している。同社を支えるのは、家具などをクリエイトするスマートオフィス商品開発本部と、空間デザインを担当する営業本部ワークスタイルデザイン統括部。社内にプロダクトデザイナーとして約15人、そのほかデザインのバックグランドを持つメンバーが約25人。空間デザイナーとなる約150人を合わせ、デザインに強みを持つ多くの人材が働いている。
本社オフィス「ITOKI TOKYO XORK」は東京・日本橋にあるが、京橋や横浜みなとみらいなど、それぞれのオフィスは点在。コロナ禍に突入して働く場所も自由になり、ワークスタイルデザイン統括部の岡田氏は両部署のデザイナーのコミュニケーションに齟齬を感じ始めたという。「同じオフィス空間内のものをそれぞれデザインしているにもかかわらず、2つの部署のデザイナーが持つ課題意識にギャップが生じ始めた」(岡田氏)
また、コロナ禍により、クライアント企業の働き方が変化。イトーキ自身も、場所を問わない働き方を推進している。そこで、「空間デザインとインダストリアルデザインの両部署の若手クリエイターが、もっと日常的にコミュニケーションを取れる仕組みを作らねば」と感じた岡田氏は、2022年9月、スマートオフィス商品開発本部の長尾氏にも声をかけ、社内を一気通貫するプロジェクトを開始する。
岡田氏と長尾氏が設定したプロジェクトのルールはこうだ。イトーキを代表する両陣営の若手デザイナーが自発的に交流、外部の人ともネットワークを作る施策を実施する。条件は、日本のどこに行っても構わないが、自己満足にならないよう、デザインの研鑽を積むこと。また、帰ってきたら報告会でアウトプットをする、というものだ。
お題は自由。デザイナー当事者たちに、いい意味で運用を丸投げにした。ワークスタイルデザイン統括部からは、岡田氏が自ら「若手で実績があって、クリエイティブマインドの高い人」を軸に3人選んだ。それが、営業本部 ワークスタイルデザイン統括部 第2デザインセンター 2ルーム 第1チームの永峯承受氏、営業本部 ワークスタイルデザイン統括部 第1デザインセンター 2ルーム 神奈川デザインチームの井澤沙綾氏、営業本部 ワークスタイルデザイン統括部 第2デザインセンター 3ルーム 第2チームの海老原祐介氏だ。
スマートオフィス商品開発本部は、プロダクト開発統括部やソリューション開発統括部の各部門からの推薦となった。スマートオフィス商品開発本部 プロダクト開発統括部 プロダクトマネジメント部 第1企画室 第1チームの近藤聡美氏、スマートオフィス商品開発本部 プロダクト開発統括部 プロダクトデザイン部 第2チームの深谷壮麻氏、スマートオフィス商品開発本部 ソリューション開発統括部 ソリューション開発部の大高万奈氏が選ばれた。
6人が初めて顔合わせをしたのが、2022年10月3日。そこから隔週ごとにメンバーが集まり、何をしたいか、どこに行くのか、プロジェクト名は何にするのかなどをディスカッションしたという。大高氏は「同じ社内とはいえ、はじめましての状況からプロジェクトがスタートした。1年経った今では、メンバー同士で気軽に仕事が頼める状態になった」と語る。
徳島でのワーケーションに決めたポイントは、細かく言うと5つある。1つ目は、同社は「瀬戸内国際芸術祭2022」のパートナー企業で、実証実験としてワーケーションを経験していたこと。クリエイティブ職とワーケーションは相性が良いという結論が出ていたとともに、メンバーの井澤氏は実証実験にも参加していたという。
2つ目は、日々忙しいデザイナーが「日常業務の延長上にいる」と感じられずに済むくらい、会社から遠いこと。また、デザイン以外のアート、音楽などの周辺領域が学べること、メタバースやモバイルワークなども含めた時代の最先端を走る地域であること、SDGsやLGBTQなど、トレンドや社会課題を捉えた取り組みに触れられることなども考慮したという。
近藤氏は、「決め手の1つは、徳島の藍染文化が有名だったこと。藍染仕様の家具が他社から発売されていることもあり、実際に自分たちで手を動かしながら、文化的背景と実情を知りたかった。また、最先端なテクノロジーとアートの取り組みにも触れたかった。メンバーから、13種類45分別で町民自らゴミを持ち込むゼロ・ウェイストセンターのある上勝町や、デザインや地方創生で知られる神山町が挙がり、それならば今回は徳島に行くのが一番刺激的だ、とまとまった」(近藤氏)
プロジェクト名は、6人でSAUNOAに決めた。フィンランド語で「サウナに入る」という動詞だ。風変わりな名称になった理由について永峯氏は、「さまざまなバックグラウンドを持つデザイナー6人が徳島に行くと、現場で熱くセッションすることもあれば、オフの場でデザインを発散させることもある。これは何かに似ていないかと話し合った時に、あくまでも隠喩として『サウナ』が出てきた。暑いところに入って、水風呂に入って、外気浴してリフレッシュする。自分たちでも言いやすくするためにも、社内的に通しやすくするためにも、1つのキャッチーなワードとしてSAUNOAと付けた」と語る。
イトーキの繁忙期は1〜3月。その時期を避ける形で、実際に徳島でワーケーションをすることに決めた。期間は5月17〜19日、実質3日間の工程だ。
実際に現地に赴いて、メンバーはどう感じたのか。井澤氏は、「情報化社会が進み、インターネット上であらゆる情報が得られる時代だが、やはり現地に行って藍染師さんや地方創生を実際に担うNPO法人の方と実際に話してみること、自分の目で見ることの大切さを痛感した」という。
深谷氏は、「今、徳島の情報はさまざまなメディアで確認できる。SDGsや地方創生など、行政が直接絡んでいる取り組みばかりだ。一般的に取り組みは、公共になればなるほど、規模が大きくなればなるほど、アウトプットが丸くなる。しかし、徳島の取り組みはどれも尖ったまま世に出ている。何がポイントで尖りが生まれているか、短期間では知り得なかったが、熱意がアウトプットに影響している印象を受けた。最終的には人の思いが大事と感じた」と話す。
また、海老原氏は、「クライアントとの会話の中で、ワーケーション、テレワークは頻繁に出てくる。実際に体験していないと、説得力に欠けてしまう。今回ワーケーションが初体験できたので、自分ごととして語れる」と語る。
永峯氏は、「上勝町のゼロ・ウェイストセンターは、深呼吸できるくらい空気の澄んだゴミ集積所という触れ込みだった。実際に行って深呼吸してみないと、本当かわからないが、それが現実だという体験のインパクトの大きさを感じた。また、イトーキの『vertebra03』(バーテブラ03) というプロダクトが、現地の『Watanabe's』という藍染ブランドとコラボレーションし、張り地と足などの木部に藍染を施す、商品の新たなプロトタイプを生み出せた。実際の販売には至っていないが、イトーキのエントランスに展示したサンプルや動画、プロジェクト資料を見た方々から、『いつ発売するのか?』といったお問い合わせをいただいている」と話した。
イトーキは、社員が働く場所に裁量制を採用しており、制度としてはワーケーションを自由に選べる状況だ。極論、「明日から沖縄で働きたいです」と言えば、働ける環境があるという。
制度が整っている一方で、もう一つ気になるのは、企業内でのワーケーションの予算。長尾氏によると、「総務部が大きく予算を取ったのではなく、各部署内から融通した少額の持ち出しだけだった。宿泊も現地アポイントもメンバーたちが自分で手配し、交通費と宿泊代に少し足したぐらいで済んだ」とのこと。
「むしろ帰ってきてからの報告会が、動画あり、写真のきれいな資料あり、藍染のプロトタイプありと非常に好評で、報告会のおかわりが続き、メンバーが少し大変そうだった。乱暴なくらいのお題の出し方だったが、地方創生、社会課題、SDGsとバランスの良いアウトプットができた」(長尾氏)
既に、次回に向けた第2回のプロジェクトも始動している。「2023年11月末、第2期生でキックオフを実施した。メンバーは1回目と同じ、スマートオフィス商品開発本部と、営業本部ワークスタイルデザイン統括部からの推薦だ。まだ何も決まっていないが、第1期生と第2期生の交流会も企画しており、相談相手がいることになる。おそらく1回目の成功を感じて、ワーケーションになる気はしているが、(アウトプットの形は)第2期生に委ねたい」(長尾氏)
ちなみに、第2回のプロジェクト名はどうするのだろうか。長尾氏が「1期生にプロジェクトの命名権があると思うけど、SAUNOAでいいよね?」と問うと、メンバーは笑うのみ。業を煮やして、長尾氏が「もう、SAUNOAを全体のプロジェクト名にしようかと思っている」とまとめた時に耳に入った小声のツッコミが、プロジェクトリーダーと第1期生の仲の良さを感じさせた。
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